第一三五話 ものづくり
妖精たちの使えるコマンドスキルを網羅した私。
けれど未だ見習いの域を脱することは出来ず、妖精師匠たちに半人前と認めてもらうための新たな課題が早速提示された。
その内容とは、私が『自主的に新たなおもちゃを制作する』というものだった。
他者にアドバイスや意見を求めることは許可されているけれど、原則として私の力と技術でそれは作り上げなくちゃならないらしい。
妖精師匠たちの技術ときたら、現代地球の精密機器でさえ再現できないような不思議現象を軽々と起こせてしまうレベルだ。
それらは単純にコマンドを付与したパーツを一個仕込めばいいってものではなく、付与パーツを幾重にも幾重にも組み合わせ、無数の相乗効果を駆使することで初めて完成する奇跡めいた作品群なのだ。
修行を始めて一月にも満たない私は、確かにコマンドこそ覚えはしたものの、それを十全に活用できるとはとても言えなかった。
そりゃまぁ、コマンド一つでも十分に強力なものは多い。例えば武器に用いるのなら、刃の部分に加熱のコマンドを付与しておくだけで随分凶悪な武器に生まれ変わるだろうさ。
だけどそんな使い方は、妖精たちの作業を見続けた私にとって今や、あまりに原始的だと断ずることが出来る。
妖精師匠たちならこんな使い方はしない。きっとあーしてこーして……と、経験の浅い私にだって多少の工夫くらい思いつけるのだ。
だからただコマンドを付与することが出来る、という程度ではコマンドの使い手とは到底呼べない、正に見習いでしか無いわけだ。
そんな見習いを脱し、半人前になるための課題がおもちゃの自主制作なのである。
これを通して自らの未熟さを知り、あんなことがしたい、これがなくて困る、こうするにはどうやれば……といった多くの疑問と発見を繰り返しながら、付与パーツの組み方を学んでいこうというのがこの課題の目的らしい。
話を聞いた段階から、困難な道であることは想像に難くない。だが、同時にきっとやり甲斐もあるのだろうと思う。
私は課題を言い渡された直後から悶々と考えていた。
一先ず夕方なのでオルカたちにご飯を届けて、一緒に夕飯を食べてきた後、ひとっ風呂浴びておもちゃ屋さんに帰宅。
そこから再び机に向かい、頭を悩ませる。
何を悩んでいるのかと言えば、一体どんなおもちゃを作ろうかということだ。
自主制作ってことは、やっぱり自分で考案した何かが良いのだろうけれど、かと言ってこの世界の子どもたちってどんなおもちゃを喜ぶのかよく分からない。
だから師匠たちの作ったおもちゃを参考にしようとしたのだけれど、どれも高度すぎてむしろハードルが上がった気がする。
こんなすごい作品を手掛ける師匠たちに見せて恥ずかしくないような、そんなものを自分が作れるのだろうかと不安にもなった。
だけれど事前に、そこまでのクオリティは求められていないということは告げられている。というか、課題を通して成長するさまを見ることこそが目的なのだから、そう急いて考えるようなことではないとも言える。
とは言え仲間たちは今もダンジョンに泊まり込んで頑張っているっていうのに、そう悠長な構え方をするわけにも行かないという思いもあって、なんだか考えがまとまらないのだ。
「うぅぅ、どうしたら……」
と、不意に視界の端っこでピコンと最小化しているマップウィンドウが通知を示し、同時に頭の中に鳴る着信音。誰かが私に通話を求めてきているらしい。
相手は件の、ダンジョンに潜っているオルカたちであった。所謂グループ通話というやつだ。
通話への応答を念じると、着信音同様頭の中にオルカたちの声が聞こえてくる。
『あ、ミコト。今大丈夫?』
「うん、平気だけど。どうしたの? なにかトラブル?」
『違いますよミコト様。先程結局訊きそびれてしまったのですけれど、少しミコト様の元気がないように見えたので気になってしまって』
『なにか困り事があるなら遠慮なく言ってくれ。必要なら一度そちらに戻るぞ?』
す、すごいな。さすが過保護組の皆さんだ……ただでさえ仮面をつけてるせいで表情なんて分かんないだろうに、その上ご飯の時はコマンドをコンプして一区切りついたぞー! ってテンション上げてたんだけどなぁ。
私が考えごとしてるってバレてたのか。嬉しいやら、恥ずかしいやら、心配をかけて申し訳ないやら。
ともかく私は、どんなおもちゃ作りをしようか悩んでいることを通話でみんなに相談してみた。
どうしたら師匠たちに認めてもらえるようなおもちゃを作れるだろうか、と。
『ミコト、それはちょっと気負い過ぎじゃないか?』
「え」
すると返ってきた意見は、思いがけないものだった。
『おもちゃのことはよく分からないけど、大事なのはミコトが作りたいと思ったものだとか、欲しいと思うものを作ることじゃない?』
『例えば、ミコトさまの世界にあったもので再現したいもの、なんかでもよろしいんじゃないですか? ココロも見てみたいですし!』
「私が、欲しい物……再現したいおもちゃ……!」
一つ、ひらめきが降りてきた。
それは生前プレイしていたゲームや、観たことのある昔のアニメ、それに先日の模擬戦。それらから生じた思いつきだったのだろう。
「そうだ……ダ○ボール戦士を作ろう!」
ダ○ボール戦士。それは手のひらに乗っちゃうほど小さなロボットを遠隔操作して戦わせるという、フィクションの中のおもちゃ。ダンボールどこ行った! でお馴染みのやつである。
実際発売されたのはプラモデルで、リモコンでの操作なんか出来なかったらしいけど、ああいうのを作ってみたいって思ったんだ。
それというのも、先日私のスキルで巨大なゴーレムを操り戦ったときの感覚が、さながら巨大ロボットを動かしているみたいでドキドキしたからだろうか。
あの時は仲間たちとの模擬戦ってことで、ちょっと複雑な心持ちではあったけれど、それはそれとしてゴーレムを動かすのは楽しかった。
なら、ゴーレムの代わりになるような小さいロボットを自ら手がけられたら、きっと楽しいと思ったんだ。
『ミコト、何か思いついたの?』
「うん。みんなのおかげでね! ありがとう、気にかけてくれて」
『何をおっしゃいますか! ココロの頭の中は、八割程が常にミコト様で埋め尽くされておりますよ!』
「や、そこはもうちょっと別のことに思考を割こうか」
『ともあれ、悩みが晴れたのなら良かった。物ができたなら是非私たちにも見せてくれよ?』
「勿論! すごいの作るから、楽しみにしててね!」
斯くして作りたいおもちゃのイメージも見えたことで、私は制作に向けて一層熱中していったのである。
★
指針も定まりおもちゃ作りの制作に取り掛かった私。
けれど実際、一体どこから手を付けていいかすらわからない有様で、早速行き詰まりそうになった。
が、一先ず外側から作ろうということにし、先ずはクラフトを駆使しての模型作りからスタートした。
「なんかプラモ……いや、どっちかって言ったらフィギュア作ってるみたいだな……」
模型作りのために用いた素材は、銅のインゴットだった。像と言ったら銅像だよね! なんて安直な理由からである。
まぁ実際、クラフトスキルは素材アイテムを加工するものであって、ただのオブジェクトアイテムを加工するスキルではない。
そのためその辺の石ころを変形させて模型作り、なんてことは出来なかったのだ。
勉強部屋の素材棚には妖精たちが色んな素材を置いてくれているので、それを使わせて貰っている。
っていうか妖精たちは、一体どこから素材を調達して来ているのか……謎だ。
と思ったら、どうやら素材を集めるためのおもちゃがあるのだという。
もうそれ、おもちゃって呼んで良いのかすら疑問なんですけど。まぁ妖精師匠たちがそういうのであれば、間違いはないのだろう。
それらの作業用おもちゃたちは、人が立ち入らないような秘境に派遣されており、そこでコツコツと素材を集めたり、使える状態に加工したりしているらしい。
そしてこのおもちゃやさんの資材部屋に転送されてくるのだと。
なんだかとんでもない話である。超技術だ。正にオーバーテクノロジーと言えるような技術が普通に用いられているものだから、私としては呆気に取られる他ない。
ともかくそんなわけで、ありふれた素材から希少な素材まで自由に使ってくれていいというお言葉も頂いているため、貧乏性の気がある私はミスリルだとかアダマンタイトだとかを尻目に銅をこねこねしているわけだ。
しかしながら私の作る模型自体は、妖精師匠たちにとても評判が良い。
というのも、私にはどうやら立体物をデザインする才能があるようで。
そう言えば私のこの体は、ゲームのアバターだと思って3Dモデルを頑張って手掛けたのだったか。まぁあれに関しては各種パラメーターを細かくいじって、好みの形に近づけていくだけの作業だったんだけどね。
それにしてもいま思い返すと、滅多矢鱈かってくらいに項目が多かったっけ。まぁおかげで、とことん私の美的センスを注ぎ込むことが出来たんだけどね。
とは言えそのせいで、仮面を着けて生活を送る羽目になっちゃったんだけどさ。
ってまぁそんなことはよくて。ともかく立体物の造形センスには適正があるらしく。
私なりにかっこいいロボットをイメージしてデザインし、模型を幾つも試作してみたところ、これが妖精たちにウケたのだ。
その流れでこの模型にパーツを組み込んで、遠隔操作できるようにしたいのだという旨を語ってみたところ、ぜひ協力したいと手を上げてくれる師匠が多数。
当然のようにその中には、モチャコたちの姿もあった。
流石に直接なにか作ってもらうわけには行かないけれど、アドバイスだったら幾らでも求めていいらしいので、私は知りたいことや、こんなふうにしたいという希望を片っ端から紙に書き連ねていって、それらを一個一個妖精師匠たちに質問したり、相談したりして、少しずつ模型の中にパーツを詰め込んでいったのである。
また、模型の外側にしても形が決まればもっと良い素材で作り直したりもする。今はまだ、全てが試作の段階なのでそのままだけど。しかしそのうち素材から何からこだわりを追求していけたら良いなと思っている。
そんな感じで、あっという間に一週間が過ぎた。
寝る時間さえ削った、濃密な一週間だった。
しかしその甲斐あって、とうとう自立二足歩行が可能なロボットが形を成したのである。
一応リモコンで動かせるわけだけれど、まだまだ動作もぎこちなく、出来る動きだって限られている。
師匠たちから言わせれば、『微笑ましい。我々にもそんな時代があった……』という程度の稚作ではあるけれど、私にとっては分からないことを一つ一つ調べ上げ、技術として組み込んで出来た初めての成果だ。
上手くそれが歩いてくれた時の嬉しさときたら、思わず目尻に涙が浮かぶほどだった。
「はぁ……これがモノ作りの醍醐味かぁ……良いものだね」
「ミコトもついにそれを味わっちゃったね」
「ここから先はヤミツキよ?」
「ようこそこっち側へー」
魔法やスキルを使えば、大抵のことが思い通りになるこんな世界でも、特定の機能しか無いパーツを組み合わせて望んだからくりを作り上げるというのは酷く頭を使うことだし、難しい。
けれどだからこそ楽しいと感じてしまった。なるほど、妖精たちがとてつもない技術力を手にしているのは、この楽しさを全力でエンジョイし続けた結果なのだろう。
いつまでも子供のような無邪気さを損なうことがない妖精たち。だからこそ、どこまでも突き詰めることが出来る。
そう考えると、改めて彼女たちにはその技術を物騒な用途に用いてほしくないなと思ってしまう。
そしてそれは、その技術を教えてもらっている私自身にも言えることだ。
改めて、技術を学ぶ条件の一つとして挙げられたそれを思い出す。
『子供を悲しませるような使い方をしない』
という妖精たちとの約束。それだけは守らなくては、と。
そんなことを思いながら、よちよちとぎこちなく歩く私の作ったちっぽけなロボットを見る。
こんなんじゃ今のところ、子供を悲しませる云々以前の問題だなと、小さな溜息がこぼれた。
もっと頑張らないとな。というか、幾らでもまだまだ改良したい部分、取り入れたい機構、師匠たちに訊きたいことや教えてほしいことがあるのだ。満足には程遠い。
「はぁ……早く自由自在に動けるようにしてあげたいなぁ」
と、そこでふと、ひらめきが私の頭を殴りつけた。
それは一種の禁じ手なれど、思いがけないアプローチ。
うまくすれば今以上に、改良するべきアイデアを見つけることが出来るかも知れない、私ならではの検証方法。
「ダメ元だけど、使ってみるか……プレイアブル!」
私は、今の所フラフラよちよちと歩くことしか出来ない、その妖精と同じくらいの小さなロボットに向けて、プレイアブルのスキルを発動した。
本来これはモンスターや人など、生物に向けて用いるものだ。が、ゴーレムを操作したという前例もある。まぁゴーレムもモンスターではあるのだけれど。
しかしもしかしたらと思ったのだ。もしかしたら、この自作ロボットもプレイアブルのスキルで操作できたりしないかなぁ、と。
それが出来れば、より実感を伴って動作の不調や、もっとああしたい、こうしたいという要望も出てくるかと思って。
そしてダメ元で行ったその試みの結果、果たして私のロボットは……。
「あ、あ……! 動く! こいつ、動くぞ!」
つい有名なセリフがポロリしちゃった。
そう、つまりは動いたのだ。
私の作ったロボットは、私のスキルで操ることが出来る。それが判明したのである。
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