第一〇話 早いもので一週間
早いもので、この世界に転生したあの日からもう一週間が経つ。
その間結局オルカは、どうしても私が一人で行動するのを認めてくれなかった。試しにちょっとだけ! ちょっとだけ! と私が無理やり一人で狩りをしていたら、木陰からこっそり様子をうかがうという保護者っぷりを発揮。過保護すぎませんか……?
そんなにくっついてくるのなら、いっそのことがっつり協力して貰おうと思い、一週間の内にオルカと二人でギルドの仕事は勿論のこと、スキルの検証なんかにも精を出した。
その結果、驚くような発見も色々あったのだけれど、あんまり驚いたのでソフィアさんには報告していない。絶対面倒なことになるから。
それに私にとっては切り札になり得るものだからね、義務でもないのに誰かにホイホイ話すようなことではない。まぁいずれ報告するつもりではあるけれど、折を見てという感じだ。
そんな私は現在ギルドの個室で、そのソフィアさんとテーブル越しに向かい合って座っている。私の隣には保護者ポジションが板についてきたオルカも座っている。
さて、冒険者資格を取りに来た時以来の個室なわけだけれど、これがどういう状況かと言うと要はソフィアさんに直談判をしに来た、ということになる。
というのも、私が冒険者になってからもう一週間になるのに、一向に彼女が昇級試験を受けさせてくれないのだ。
現在、私の冒険者ランクは最下級のFランク。
あ、余談になるが、謎のアルファベットはどうやら、この世界にそれに類似する文字があるらしく、私の脳みそが勝手にそう翻訳をかけているに過ぎないらしい。実際の発音なんかはまるで異なるっていう、かなり不思議な感じなのだが、まぁ意味に齟齬はないし、不都合もないから異世界アルファベットってことで聞き流しておこうと思う。
で、ランクの話だが。
Fランクというのは新米も新米、研修生のようなものであり、本来ならギルドの仕組みと僅かな実績が確認できれば、すぐにでもEランク試験に臨めるらしいのだ。オルカもそう言ってたし、他ならぬソフィアさんもそれは認めている。
なのに! どうして! 私は未だに試験すら受けさせてもらえないのか!
と、受付で散々駄々をこねた結果、ここに通された。
「率直に申し上げると、ミコトさんのHPに問題があるんです」
「む……まぁ、低いですけど」
「冒険者登録時の値が、驚きの3ですよ? 死にかけてます。何もしてないのに死にかけです。ゾンビと言われても信じてしまいます」
「言いすぎじゃありませんかね……?」
「私も信じるかも」
「ちょっと!」
オルカまで乗っかって私のゴミステータスをバカにする! え、薄々低いとは思ってたけど、3ってそんなにヤバいの? この体、ゾンビに設定した覚えはないんだけど!
「はぁ……まぁでも、Eランクへの昇級試験に挑戦させてくれないのは、それが理由なんですね?」
「はい。なにせ命に関わることですから。実技試験の際も、バームさんにきつく言い含めていたんですよ? あの娘は一撃で死ぬから、絶対攻撃を当てないでくださいって」
「試験の意味よ……」
「事実だから仕方ない」
「ぐうの音も出ない……」
私がどうしてもお金がないというものだから、半ば温情で実技試験を受けさせてくれたのだとソフィアさんは語る。スキルの効果をこの目で確認したかったとかではないんです! と熱弁していたが、そこはスルーした。
しかし蓋を開けてみれば、ステータスからは信じられないような動きを見せ、冒険者としての資格ありとして合格をもらえた。
が、それでもHP3というのは動かぬ事実。
なのでソフィアさんは、もうずっとFランクのまま常駐依頼を細々と続けてれば良いんじゃないの? って考えだったらしい。投げやりだぞ!
実際それが私のためでもあると考えてのことだから、あまり強く文句も言えないのだけれど。
しかし! しかしだ!
私だって何も考えず昇級試験を受けさせろ、だなんて言いに来たわけではない。
そもそも私は自分のステータスを確認できる、【ステータスウィンドウ】ってスキルを有しているんだ。
ゴミステータスのままなら、流石の私だって分を弁えるというものだ。それにもし無謀だというのなら、オルカが黙っているはずもない。オルカママの過保護っぷりを舐めちゃダメなんだぞ!
「ソフィアさん。私もこの一週間、遊んでたわけじゃないんです。ちゃんと努力し、自分を磨きました。その成果を見ては貰えませんか?」
「そうは言っても、一週間程度で何が変わるっていうんですか。確かにステータスは努力や経験などに応じて値が伸びますけれど、一週間で劇的に伸びただなんて例は、そう聞くものではありません。ましてミコトさんは元が低いですし……」
「いいからほら、鑑定です! 鑑定すれば分かります!」
「……まぁ、そこまで仰るなら構いませんが。鑑定料は頂きますよ?」
「えっ」
冒険者登録時は無料だったが、それは冒険者を増やそうという取組に基づくサービスの一環であり、以降は別途料金を取られるらしい。そういうのは先に教えといてもらえませんか……。
まぁいいでしょう。お金もそこそこ稼いであるので、鑑定料くらいじゃ揺るぎませんとも!
ソフィアさんは面倒くさそうに部屋をでていくと、面倒くさそうに水晶玉を持って戻ってきた。やる気を出せよ!
「言っておきますが、いくら装備を重ねてもステータスに直接影響が出ることはありませんからね? 装備とはアクションを起こす際に適宜効果を発揮するもので、武器なら与えるダメージに威力補正を乗せますし、防具ならダメージを受けた際にそれを軽減します。常時腕力が上がったり、体が固くなったりするものではないのですよ」
「そこら辺はオルカから教えてもらってるので、ちゃんと分かってますよ」
「……嫌に自信がありそうですね。まぁいいでしょう、計測をどうぞ」
訝しがるソフィアさんに見守られながら、私は水晶玉に手をかざした。
以前のように、発光色で読み取りとその完了を知らせてくれる。やはり不思議だなぁ。
読み取りの終わったそれを抱えて、結果をプリントアウトしに出ていくソフィアさん。程なくして戻ってきた。
が、顔色がおかしい。
彼女らしからぬ乱暴な所作でバタムッと扉を勢いよく閉め、テーブルの上にバンと私のステータスが書かれた用紙を叩きつけた。
そして、わなわなと震えながら叫ぶようにして問うてくる。
「こ、こ、この数値は一体何事ですか‼」
「ふふふ……内緒です! だが不正はないのです!」
「言いなさい! 喋りなさい! スキルですね? スキルの効果なのでしょう!?」
「あ、あわわ、ソフィア落ち着いて……」
ソフィアさんに胸ぐらを掴み上げられ、ガックンガックン頭を揺さぶられる。酔いそうだ……うっぷ。
いつものクールで淡々とした彼女はすっかり消し飛び、スキルへの知識欲が彼女を狂わせている。こんな人に喋ってなるものか!
あ、でも、喋らないと、吐きそう……うっ。
テーブルがガタガタ揺れた拍子に、ステータス結果を書き出した用紙が床へひらりと落ちた。
そこには――
――――
name:ミコト カミシロ
job:プレイヤー
HP:39
MP:32
STR:30
VIT:30
INT:9
MND:9
DEX:5
AGI:24
LUC:8
――――
「いいですかミコトさん。ステータスの最高値が30に届く冒険者は、一人前として活躍できる実力を持つとされています。ランクで言うとCに相当するんですよ(ただしHP・MPは他の値の約三倍が大まかな目安とされていますが)。たった一週間やそこらで到れるような値ではないんですがね!?」
「オ、オルカから聞いてます」
「うん。教えた」
「じゃぁ何なんですかこれは!」
地面に落ちた紙を拾い上げ、ベシっと私の顔面……を覆う仮面に貼り付けてくるソフィアさん。痛くはないけど、衝撃で頭が揺れる。
「スキルでしょう? どんな効果なんですか? というかどれの効果なんですか? 言いなさい教えなさい! ほら早く!」
「ひぃぃ……助けてオルカ」
「ごめん。これは手がつけられない……」
結局本当に吐くまで頭をガックンガックン揺らされた。そう、二つの意味で吐くまで……。
お手洗いから戻ってきて尚仮面の下で青い顔をする私を、背中を擦りつつ介抱してくれるオルカ。すまないねぇ、お見苦しいところを見せちゃってごめんねぇ。
「信じられない……いえ、信じますけど。【完全装着】が、まさかそんな効果だったなんて……!」
「私も初めて知った時は、すごく驚いた」
「私は寧ろ、装備がステータスに影響しないのが普通だってことにびっくりでしたけど……」
ソフィアさんの説明にあったように、この世界の装備という概念は、ステータスに数値を加算するようなものではなかった。
あくまで、装備というアイテムが使用される際に、限定的に効果を発揮するというリアル指向な仕様だったのだ。
だがまぁ、考えてみれば当たり前の話でもある。剣を持ったから怪力になる、なんて道理は普通あり得ないだろう。盾を構えても、盾に当たらねばダメージを軽減することなんて普通できないのだ。
ところが、である。
私の持つ【完全装着】というスキルの特性は、検証を行ってみた結果、装備の持つ能力をステータスに反映させるらしいことが判明したのである。
その効果により、防具や服などの物理ダメージ軽減効果は、積もりに積もって私に一端の冒険者レベルの物理防御力を授けてくれた。
舞姫という、普通に片手剣四本分の装備のおかげで攻撃力も同じく上がった。
そして問題だったやたら低いHP面においても、装備のおかげで問題なくカバーすることが出来たのである。
まぁそれでも、ステータス値的には一般人に毛が生えた程度でしかないのだが、しかし以前の十倍以上に数値が増したと言えば、その凄さが伝わるのではないだろうか。
「どうですか、このステータスなら昇級に問題はないと思うんですけど」
「……はい。仰るとおりです。些か釈然とはしませんが、そういうことならばミコトさんのEランク昇級試験は明日にでも行えるよう手配しておきます」
「よっし!」
「よかったね、ミコト」
「それはそれとして」
ギラリとソフィアさんの目が怪しく光る。何を言い出すのか、予想できる。他のスキルについて聞きたいって顔に書いてあるもん。
だから彼女が何かを言い出す前に、私はオルカの手を引いて部屋を飛び出した。
背中に恐ろしい気配を感じながら、私達はそのままギルドを後にする。
時刻はおおよそ一〇時くらいか。
仕事をこなす時間は十分にあったので、私達はいつも通り薬草を集めたり、モンスターを狩ってドロップ品を集めたりして、夕方再びギルドに顔を出した。
するとカウンターではもの凄く不機嫌そうなソフィアさんが、能面のような顔で淡々と仕事をしていた。
触らぬ神に何とやら。私達はなるべく関わるまいと、そそくさと買取手続きを済ませ、帰路につくのだった。
★
食堂で美味しい夕飯を頂き、部屋に戻った私達。
魔道具の光源に照らされる屋内は、不便を感じないほど明るい。宿の各部屋にも設置されているくらい、光源となる魔道具の普及率は高いらしい。ただ、燃料となる魔石は消耗品なので、利用するには別途お値段を上乗せするか、自前で賄う必要がある。
もちろん冒険者である私たちは自前で調達しているため、余計な出費を抑えることが出来ている。
この一週間、色々あった。スキルの検証をしたり、装備を揃えたり、生活雑貨を集めたり。
ああ因みに今の私の装備は、かっこいいロングマフラーとズボン、それにオレ姉のところで買った仕込み刃付きの篭手なんかを買い足した感じだ。
パンチラをご希望の諸兄におかれましては、誠に残念なお知らせと存じますけれど。足を怪我したら大変だからとオルカが絶対穿きなさいって、結構丈夫そうな長ズボンを買ってくれたのだ。そうしたらもう、穿かないわけには行かない。
おかげさまでステータスは十分に上がったのだし、私としては満足している。
でもそれより何より、一番の事件は間違いなく、実は公衆浴場なるものが存在していると知ったことだろう。
初日、オルカも私と一緒にこの部屋で頭と体を洗ったのだが、あれは単に付き合いでそうしてくれただけだったらしい。
お風呂に入りたいとぼやいた私に、オルカはこともなげに言ったのだ。公衆浴場があるけど、行く? と。
そこは、夢の国だった。
ちょっと控えめに想像してみて欲しい。等身大フィギアの美少女、美女たちが集う浴場を。
そんな彼女らが無防備に……あ、ダメ。これ以上の想像を禁じます!
私にその気は無いはずなんだが、初めて訪れた時の衝撃は計り知れないものがあったとだけ……。
そんなわけで、今日も夕飯前に公衆浴場で汗を流してきたわけで。現在はさっぱりした状態で寝支度を整えているところだ。
流石にもうマッパで寝るようなことはしていない。下着の替えも揃えたし、寝間着も買った。
オルカは下着で寝たがるから、ならばお揃いの寝間着を着ないかと提案すると、嬉しそうに食いついてくれた。というわけで今は、オルカも私と色違いの寝間着を着ている。
デザインはシンプルでありながらもフリルがあしらわれていて、なかなか可愛らしいものとなっている。オルカは些か恥ずかしがりながらも喜んで着てくれているみたいだ。
クールな見た目にそぐわぬ可愛い物好きという、王道をきっちり押さえているそのギャップ。さすがオルカだ!
などとオルカの寝間着姿をほっこり眺めていると、不意に彼女が口を開く。
「ミコト、ちょっと聞いて欲しい」
「ん? どうしたの?」
「明日の、昇級試験のことについて話しておこうと思って。それと一応、気をつけて欲しいこともある」
オルカは毎晩寝る前になると、情弱を極めし私に色々と授業をしてくれる。
オルカがいなかったら、私は今でもこの世界についてなんにも知らないままだっただろう。今はおかげさまで最低限の常識くらいはある……つもりだ。
それで今日は、明日の試験について何か教えてくれるらしい。私は自分のベッドで姿勢を正し、聞く体勢を整えた。
「私がEランクになる時に受けた試験の内容は、同行してくれる先輩冒険者の見ている前で、実際にモンスターを何体か倒すことを要求された」
「ふむふむ。ちゃんと実戦で戦えるかを確認するってことだね」
「そう。今回も同じかは分からないけど、多分似たようなものだと思う。油断さえしなければ、ミコトなら簡単にクリアできるはず」
「参考になるよ。ありがとうオルカ」
オルカに太鼓判を押してもらえて、実はちょっと緊張していたのが随分ほぐれた。
Fランクは所詮研修生。Eランクからが本番だと言われれば、その内容に身構えてしまうのも仕方がないと思う。
でもオルカの言うような内容であれば、この一週間で実際狩りも行ったことだし、問題なくクリアできるはずだ。
私が内心で安堵していると、しかしオルカの話はまだ終わりではなかったようで。
「だけど注意して欲しいことが別にあるの。とても確率は低いけれど、稀にモンスターの中には強力な個体が現れる」
「! そ、そうなの? 色違いポ○モン的な……アレは別に強いわけじゃないか……」
「変異種、特異種、唯一種。これらが強力な個体となる。変異種はまだ、なんとかなるかも知れない」
「特異種と唯一種っていうのは?」
「どっちも出会ったらすぐに逃げて。逃げ切れるかはわからないけど……」
「そ、そんなに……」
変異種とは、ポップする際に何らかの要因か、はたまたランダムでモンスターが強力だったり、特殊な能力を持ったりして文字通り変異した種類のことを言うそうだ。ただ、それほどバカみたいに強化されるわけではないので、戦力をきちんと揃えれば対処できるらしい。
問題は特異種だ。変異種より更に珍しいイレギュラーで、モンスターが力をつけて上位種へ進化する際突然変異を起こしたものが、特異個体になるらしい。
その力は強大で、たった一体の特異種に村や町が滅ぼされたという事例も少なくないらしく。災害のようなものなのだそうだ。
そして唯一種。ユニーク種とも呼ばれる強力無比な個体。
種族の中で一体しか存在しないと言い伝えられている唯一個体。その力は絶大で、特異種を遥かに凌駕する脅威度を誇る。しかも倒したところで世界のどこかにまたポップするという、最も危険で、最も厄介なモンスターなのだと。
これらは常駐依頼としてギルドに張り出されているが、一定ランクに満たさねば挑戦することさえ許されない。
まして特異種以上は要求ランクが最低でもBという、恐ろしい存在なのだと。
今の私じゃ、敗北イベント待ったなし。敗北=死、なので、とにかく出会わないように気をつけなければならない。もしも出会ってしまったなら、死にものぐるいで逃げなくては。
オルカはいつになく真剣に注意を促してきた。
「でも大丈夫。遭遇する確率は本当に低いから、もし出遭うとしても変異種くらいだと思う。しかもこの辺のモンスターは弱いから、変異してもミコトでも倒せる程度のやつしか出ないはず」
「そっか。変異種は元のモンスターが弱いならそんなに恐れなくていいってことか」
「うん。ただ、特異種からはその常識が通じなくなる」
「むぅ……で、でも、出会う確率は殆どないんだよね?」
「そう。そもそもイレギュラーだから、よっぽど運が悪くない限り平気」
「あああ、なんかちくちくフラグを建設してる気がするけどね……」
一抹の不安を覚えながらも、しかし何が出たってオルカがいてくれるなら何の問題もないと私は高をくくった。
そう。どうして急にオルカがこんな話をしたのか、その意味を深く考えもしないままに。
そうして試験前夜は静かに更けていくのだった。
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