第七話 今日の宿

 ギルドへ戻る道すがら、隣を歩くオルカさんに訊いてみた。

 結局あの抗争は何だったのか。私を襲ってきたあの男は何者だったのか、と。

 帰ってきた答えは思いがけないもので、私は困惑を禁じ得なかった。

 

「あれはあなたを攫おうとしたならず者たちと、あなたに近づこうとした冒険者たちの争い。あなたを襲ったのはならず者の方」

「え……っと。意味がよく分からないんだけど。そもそも私なんかを巡ってどうして争いが起こるんです? あと、是非ミコトって呼んで下さい」

「……なら私も呼び捨てでいい。敬語もいらない。多分、年もそんなに違わないから」


 名前で呼び捨て合う仲になったぞ! 憧れのあの娘と急接近☆ 今日の占いはダントツ一位で間違いないな。死んだり襲われたりして散々でもあったけど。

 仮面で顔が隠れているのをいいことに、口元を引き締めるでもなくニヨニヨしていると、オルカが話の続きをしてくれる。

 

「ギルドに居るときから気になってた。ミコトは絶対、苦労する人だって。今日のギルドは完全に空気がおかしかった。皆ミコトのことを意識してたから」

「確かに視線は感じてたけど、私なんかに近づいてもメリットなんて無いと思うけどなぁ」

「それくらい、あなたの容姿はその……ヤバい。とても外を歩ける見た目じゃない」

「ぅごっ、なにその破壊力のある言葉……」

「い、良い意味で!」


 あわあわと焦って訂正するオルカ。かわええ、何だこの人! おじさんたまんないんですけど!

 それはそうと、どうやら私が全身全霊で作成したこの体は、この世界基準では簡単に男たちが争うほどヤバいらしい。

 いつの間にかどうせモブくらいの見た目でしかないって思い込んでたけど、そうじゃなかったようだ。私の造形した嫁は、この世界に美しいものとして受け入れられた。それは造り手として嬉しいけどさ。

 罪な女だぜ……なんておちゃらけられないレベルって、流石に行き過ぎだ。本気で顔を晒して外を歩けない。

 だとすると、この仮面と外套は必須アイテムってことになる。

 

「あの、申し訳ないんだけど。この仮面と外套、代わりのものが見つかるまで貸しておいて貰えないかな……? こんな調子だと私、仕事にならないし」

「構わない。というかあげる。私のお古で、申し訳ないけど……」

「家宝にします!!」


 ということは何だ、この仮面は以前オルカが着けていたってことか!? 道理でいいにほひがすると思った!!

 はぁはぁ……じゅるり。おっといけないヨダレが……はぁはぁ……。

 

 それから取り留めのないことを話しているうちに、いつの間にかギルドまで戻ってきていた私達。

 オルカとは思いがけず話しやすくて、言葉をかわす内に随分と気持ちが落ち着いた。


 空はすっかり赤く染まり、石畳の地面には長い影が落ちている。

 夕闇の迫る空の下でもギルドのシルエットは威風堂々としており、見上げて圧倒されてしまうような迫力があった。

 今更だが、そう言えばドンパチやっていた冒険者たちは大丈夫だろうか。

 不本意ながら原因は私にあるらしいし、冒険者たちは要するに不逞の輩たちから私を守ろうとしてくれた、ということなのだろう。

 結果危ない目には遭ったけど、彼らがいなければそれどころじゃなかっただろうし。

 まぁ、彼らも下心でこっそり私を尾行してたのだと思うと、正直素直に感謝するのに引っかかりも覚えるのだが。

 

 ギルドを見上げたままぼんやりしていると、それを不思議に思ったのかオルカが声をかけてくる。

 

「……どうしたの?」

「うん。さっき戦ってた冒険者さんたちがちょっと気になって」

「ああ。冒険者は自己責任。特に今回は、自分で判断して動いたこと。ミコトが気にする必要はないよ」

「そう、かぁ。そういうものか……」


 ギルドがちゃんとしてるもんだから、冒険者って半ばギルドスタッフのようなもの、みたいに思ってたけど、どうやらやっぱり自己責任を問われる生き物のようだ。まぁそれは日本の社会人も変わらないか。

 ギルドが関与するのは、ギルドを介した事案にのみ。今回のような、一応冒険者の端くれになった私がピンチになっても、やってたことは常駐依頼だし。それは自己責任の範囲内であり、そしてドンパチやってた冒険者たちもまたギルドとは関係のない自己の判断で行動した、ってことなんだな。


 ただまぁそれで救われたのも事実なんだし、もし顔を合わせるような機会があれば、やはりお礼の一つも言わねばとは思った。ぶっちゃけ距離も結構あったし人が入り乱れてて顔なんて見えなかったけど。


 思考に区切りをつけ、オルカに続いてギルド内に入る。

 屋内が明るいことに、ちょっと驚いた。そう言えばこの世界には電気なんて無いじゃん。と、日が傾くに連れ思い出したのだ。なのに照明が灯っている。色のついていない自然な灯だ。

 見上げればなんだか蛍光灯じみた光源が設置されている。多分魔道具ってやつだ。

 魔法文明。なるほど、文明ね。漠然としか考えていなかったその響きを、今少しだけ実感できた気がした。

 

「私は私を褒めてあげたい。あんな事があっても、ちゃっかり薬草だけは手放さなかったのだから!」

「ミコト、偉い」

「ありがと! オルカも私を救ってくれて、偉い!」

「! ……うん」


 少し頬を赤らめ、もじもじするオルカ。くっ、たまらん!!

 ずっと眺めていたいけれど、とにかくこの努力の成果を買取カウンターへ持ち込まねばならない。


 ギルド内は賑わいを見せており、カウンター前も混雑している。

 私みたいに、仕事を終えて報告や素材を買取ってもらいに立ち寄った冒険者たちが集中する時間帯なのだろう。

 そう言えば仮面と外套のおかげか、全然視線を感じなくなっている。顔を隠しただけでこんなに変わるのか。そこまでの顔だったのか私……。

 ともあれこれなら安心してカウンター前の列に並べるというものだ。


 と思っていたら、オルカに手を引かれてギルドの隅っこに。

 何事かと思って訊いてみると、彼女は少し所在なさ気にしながら言った。

 

「私、人混みとか、人と喋るのとか苦手だから。いつもこうして、隅っこで気配を隠して混雑をやり過ごしてるの」

「そうなんだ。でも、私とは普通に話してくれるんだね」

「! そう言えば……ミコトはなんだか、平気みたい。なんでだろう?」

「波長が合うのかもね。運命だよ!」

「運命……そっか」


 なんてこと!! 普通ここは、スルーされたりツッコミ入れられたりするところなのに! さもなくば引かれて終わるところなのに!!

 ぅぉぉぉぉぉ、オルカの好感度が青天井なんですが、そんなにバク上げしてどうするつもり!?

 

「私も、実は昔外見のことで、よく絡まれたりとかしたから。それでミコトを初めて見たとき、心配になったの」

「ああ、それでこの仮面を?」

「そう。今は私もそれなりに実力がついたから、仮面に頼らなくても大丈夫だけど。ミコトには必要だと思って」

「うぅ……ぐぉぉ、なんて優しい子なんや……好きぃ」

「す、すき……?!」


 あああまたほら、そういうリアクションするんだもんなぁぁぁ! ダメよ! おじさん勘違いしちゃうから!!

 顔を赤らめ、ワタワタし始めるオルカ。あ、ダメだ、興奮しすぎて目眩がする。

 それにしても、オルカは確かにものすごい美人だ。私と同じような新人の頃はさぞ苦労したんだろうなぁ。

 それを思うと、私もへこたれるわけには行かないなって思える。

 前途多難だなって気が滅入りそうだったけど、勇気が出て来たぞ。オルカみたいな立派な冒険者になるんだ!

 

 それからしばらく、二人で他愛ない話を続けていると、いつの間にか人の波は落ち着き、カウンター前も空いてきた。

 オルカが、いつもより待っている時間があっという間に感じられたと嬉しいことを言ってくれて、危うく限界オタク化するところだった。危ない危ない。


 人がはけたのを確認し、私は薬草を握って買取カウンターの前に立った。

 カウンターには厳つい顔のおじさんが座っており、私の提示した薬草を確認していく。

 問題なく一六本全て買い取ってもらえたが、値段は一本一本異なるらしい。どんぶり勘定はしないんだな。

 そして気になる売却額だが。銀貨三枚! うん、うん……こう、異世界のお金だ! っていう感動もあるし、自分で稼いだんだ!! っていう達成感がある。

 その反面、これで何が出来るんだろう? っていう疑問も大きい。どれくらいの価値があるものなんだ? っていうか、これで宿に泊まれるかな? うーん。うーん。

 

「ミコト、買い取ってもらえた?」

「あ、うん。銀貨三枚! 私が初めて自分で稼いだお金だよ……!」

「そっか……頑張ったね」

「でも、私相場とかよく知らないんだ。これで宿って泊まれるかな?」

「! ……んー」


 オルカは少し難しい顔をしている。その反応だけで察しが付くよ。難しいんですよね!

 くぅ……だが、野宿だけは勘弁してほしい。あんな騒動があって、正直すごく恐い。

 こうなったらソフィアさんにお願いするしか無いか……。

 

「オルカさん! ミコトさんはどうなりましたか? 私の希少スキルは!」

「誰があなたのですか」

「その声は!」


 人もまばらになったせいか、カウンター向こうからオルカを見つけたのだろう。

 ソフィアさんが見計らったかのようなタイミングでバタバタとカウンターを抜け出して駆け寄ってきた。

 仮面のおかげで私だと気づかれなかったらしいが、声ですぐにバレた。

 

 お怪我はありませんかと体をあちこち調べられ、終いにはワンピース型の庶民服をめくられ、覗かれた。セクハラだぞ! あなたのも見せなさい!

 見かねたオルカがソフィアさんを窘め、ようやく平静さを取り戻すソフィアさん。コホンと空咳をつく。

 

「ご無事で何よりでした。大事がなくて何よりです」

「や、その。結構大事ではあったんですけどね……オルカが来てくれて助かりました」

「ミコトを助けられたのは、ソフィアが指示をくれたから」

「! お、お二人はもう打ち解けられたのですね……?」


 名前で呼び合う私達を見て、何やら衝撃を受けた様子のソフィアさん。

 曰く、担当について長らくオルカに心を開いて貰えず苦労したのだとか。

 この短時間で親しくなった我々に歯噛みしているようだ。何だこの優越感は! これが相性というものなのだ! オルカは私の嫁二号になる女ぞ!! 因みに一号は、この体なんだがね……。


 しかしそうか、オルカの担当受付はソフィアさんだったか。それで、ソフィアさんが私を心配して派遣してくれた、と。

 ことのあらましを説明すると、思わぬ騒動に頭を抱えるソフィアさん。

 こういう騒動をやらかしてしまうと、大衆に良からぬ印象を与える可能性があるため、ギルドへの依頼が減る恐れがあるのだとか。

 ギルドとしてはできるだけ、冒険者=荒くれ者、という印象を薄めたいらしい。

 道理でこのギルドも小綺麗で、冒険者たちも割とおとなしいわけだ。

 

「なんかすいません、私のせいで。あと、オルカを派遣して下さってありがとうございました」

「いえ、お気になさらず。これもスキルのため……コホン。担当受付の義務ですので」

「あはは……」

「ああそれと、ミコトさんの担当は正式にこの私が勝ち取りましたので、今後とも宜しくお願いします」

「あ、はい。こちらこそ」


 やると言ったらやる女。それがソフィアその人、というわけか。怒らせたらヤバそうな気がする。

 私が仮面の下で顔を引き攣らせていると、ソフィアさんが思い出したように問うてくる。

 

「そう言えば、薬草採取の方はいかがでした?」

「ああ、それなら。なんとか銀貨三枚で引き取ってもらえました」

「三千デールですか。むふ……」

「? デールってなんです?」

「「え……」」


 綺麗にソフィアさんとオルカの声がハモった。戸惑いの色が多分に含まれた声だった。

 あ、今だ! ここ! 私、またなんかやっちゃいました? ってこういう時に言うやつじゃない?

 

「ミコトさん。私もうすぐ上がれますので、そうしたら一緒に帰りましょう」

「え、なんで急にそんな話に?! いや、うーん、このお金じゃ宿に泊まれないってことですか?」

「……泊まれないことはない。でも安宿になるから、ミコトが泊まるのには安全じゃない」

「そもそも、通貨単位すら知らないようなあなたを野放しにしておいたら、私が今日安心して眠れません!」

「デールって通貨単位だったのか……」


 大きなため息が二つ聞こえた。ちょっと、問題児みたいに扱うのやめて貰えませんか! 無知なのは認めるけど、事情があるんだって!

 でも実際問題、安全が保証できないって言われては不安にもなる。くっ、ソフィアさん家にお泊りという甘美とも危険とも取れる誘惑が私を揺るがす!

 私の中のおじさんは、行け行け絶対行けと腕をブンブン振り回しているし、逆に中二少年は行くな、これは罠だと……いや、なんだ、鼻の穴を膨らまして、もじもじしながら申し訳程度に反対している。ムッツリじゃねーか!


「ミコトは宿に泊まりたいの?」

「え、あ、そうだねっ! ソフィアさんの家になんて、ぜ、全然泊まりたくないしっ!」

「……ちょっとショックなんですが」

「あ、ごめんなさい。あわよくば泊めてもらいたいです。でも、出来れば自分の稼いだお金で、ちゃんと宿に泊まりたいです!」


 こころなしかしょんぼりしたソフィアさん。くっ、ここでそういう可愛いところを見せてくるなんてズルいぞ! またそうやって私の心を揺さぶるのね!!

 仮面の内側で私が壮絶な葛藤を続けていると、不意にオルカが提案を述べた。顔が真っ赤だけど、どうした?

 

「それなら、その……私と相部屋で、どう? 今利用している宿は、女性専用だし。二人部屋を借りれば、安く済む……と、思う。その、ミコトが嫌じゃなければだけど」

「……っっっ決定決定! 大・採・用!!」

「なんだか釈然としません」


 僅かに頬を膨らませるソフィアさん。だが、無理だ! オルカが可愛すぎた! うぉぉぉぉ、リビドォォォォ!!

 渡りに船! 地獄に仏! 異世界にオルカだよ! 私は一も二もなく飛びついた。

 だけどよく考えたらオルカは人見知りだって言うし、今日知り合ったばっかりの他人に物凄い気を使わせてしまったのでは……。

 

「えっと、オルカ。ごめんね迷惑をかけて。なるべく邪魔にならないようにするから」

「大丈夫。……ミコトと居るのは、寧ろ……楽しい」

「ぐぬぬ……」


 斯くして、ソフィアさんにまた明日と別れを告げ、冒険者ギルドを出た私とオルカは共に宿へと足を向けたのだった。

 本日最大の懸念だった宿が確保できたことに、私は内心でもの凄く安堵していた。

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