第四話 次の試験へ

 お姉さんの圧に負けて、まんまとステータスウィンドウについて説明してしまった私。

 おお……おおお……と、子供のように目を輝かせるお姉さんを見ていると、なんだか……許せるっ! って気持ちになってきた。というか実際思ってたほどのスグレモノでもなかったしな。

 ホログラムっぽい表示には感動したけど、確認できるのは名前、ジョブ、ステータスにスキルくらいのもの。

 鑑定の手間を考えると間違いなく便利ではあるんだけどさ、同時に所詮それだけとも言える。だから知られて困ることも今のところはないかなぁ、と。

 

「とても、可能性を感じるスキルです……!」

「えっ」

「初期レベルの時点でそれだけの情報を得られるというのなら、レベルが上っていくとどうなるのか……とても興味があります!」

「! ステータスウィンドウが、成長……?」


 てっきり、ステータスウィンドウは成長しないタイプのスキルだと思っていた。ゲームなんかでもそういう、習得した時点で完成しているスキル、なんてのはザラにあるし。

 でもお姉さんは当たり前のように成長を期待している。

 ということはまさか、この世界のスキルはどれも成長するのが当たり前、という仕様なのだろうか? だとしたら、私までワクワクしてくるんだが!

 

「検証です。検証をしましょうミコトさん!」

「ちょ、お姉さん落ち着いて。検証もいいですけど、私は冒険者になりに来たんです! それはまた今度ということで」

「冒険者? 何の話をして……っあ。……すみません、完全に失念していました」

「おいギルド職員……」


 筋金入りというのは、こういう人のことを言うのかも知れない。スキルに夢中すぎるよこの人。

 ともかく本題を思い出して貰えたようで良かった。私自身危うく忘れるところだったのは内緒だが。

 お姉さんは未だになんだかソワソワしているけれど、話題はようやく私の冒険者登録の件へ戻ってきた。

 スキルも判明したし、その中には当たりスキルもあった。ステータスはゴミ呼ばわりされたけど、これならワンチャンあるのではないか?

 

「本来であれば、ミコトさんのような低ステータスの方を冒険者にすることは出来ません。実技試験を行うまでもなく、お断りさせて頂くところなのですが。例外もあります」

「有用なスキルの有無、ですね?」

「はい。ミコトさんの【プレイヤー】というジョブはとても希少なものである可能性が高いため、スキル鑑定の案内をさせて頂きましたが、その結果とても興味深いスキルの所持を認めることが出来ました」

「そ、それじゃぁ……!」

「スキルの詳細が不明なため、鑑定結果のみの判定は意味を成しません。よって、実技試験を受けて頂きます」


 よっし! どうやらスキルのおかげで門前払いは回避できたようだ。

 差し詰め一次試験突破、というところだろうか? だが、次の実技試験とやらがどんなものか。実技とは一体何を審査されるのか。不明なことも多く、安心はできない。

 気を引き締めて望まなくては。

 

「因みにですが、もし実技試験で落ちたとしても、スキルの検証結果は教えて下さいね……?」

「え。それは、どうしてでしょう?」

「……教えてもらえますよね?」

「…………」


 この人、もう完全に興味がマナーとかタブーとか常識とか、そういう大事なものを超越しちゃってる。

 目が語ってるもの。教えるまで逃さねぇぞって。早く検証してこいって。

 

「なんでしたら、検証実験にお付き合いしますよ?」

「いや、結構なので」

「いえ、お付き合いしますので。むしろ勝手に検証を始めたら許しませんので」

「怖い怖い! グイグイ来るこの人!」


 くそぉ、私好みのきれいなお姉さんの中身が、まさかこんなやべぇ奴だったとは。

 こうなれば多少無理矢理にでも、話題を次の試験とやらに向けるしかない。


 しばらくの押し問答の後、仕事である以上折れるしかなかったお姉さんは渋々試験の担当者を手配するべく席を立ち、部屋を出ていった。試験はお昼からになるだろうから、私はその間自由にしていていいとのこと。

 因みに、部屋を出ていく間際にお姉さんが、血走った目でこっちを見て、「絶対に逃しませんからね……?」と凄まじい迫力で残していった一言には、条件反射で短い悲鳴が出てしまった。私らしからぬ女の子らしい悲鳴だ。勘弁してほしい。



 ★

 


 あの部屋に留まるのが恐ろしかったので、早々に出てきてしまった。

 扉をくぐり、廊下を少し歩けばロビーである。普通に出入り口から入った時と奥から出てくる時じゃ、なんだか印象が違って見えるのは何なんだろうな、

 時計がないため正しい時刻はわからない。だが朝と言うにはもう随分遅い時間なのは確かだろう。

 そのためか屯している冒険者の数も先程より随分減ったように見受けられた。

 

 それでも、ロビーに出た途端視線を感じてしまう。ギルドに似つかわしくない丸腰の女子が居れば、そりゃ気にもなるか。絡まれないよう気をつけないと。

 なにせ私、ステータスをゴミ呼ばわりされた女なので。

 と、不意に飲食スペースからいい匂いが漂ってきて、空腹を感じてしまう。そうだった、無一文だった。

 これじゃぁ試験に備えて腹ごしらえ、なんて出来るはずもなく。せめて水くらいどこかで飲めないだろうか。

 水がなければ流石に生きていけない。恥を忍んで飲食スペースに行ってみよう。

 

 四人がけの丸や四角いテーブルが幾つも設置されているそこは、流石に専門の食事処や酒場なんかと比べると席数は少ないのだろう。けれど冒険者達やギルドスタッフが利用する食堂としては十分な広さが確保されているように思えた。

 ただ、荒くれ者の集う冒険者ギルドの一角としては、思いがけず小綺麗だった。

 もっとこう、壁や床にヒビが入っていたり、血痕が残ってたりっていうのを想像していたんだが、そんなこともなく。

 まばらに居る冒険者らしき客も、真面目にパーティーで話し合いをしていたり、別のお一人様もおとなしく軽食を口に運んでいる。

 ちょうど手が空いているのか、暇そうにしている給仕の女性を見つけ、私はおずおずと声をかけた。

 

「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが」

「はいはい、なんでしょ?」

「ここのお水は、有料なのでしょうか……?」

「……は?」


 給仕のお姉さんはポカンとして首を傾げると、何を言ってるんだコイツは、みたいな視線を向けてくる。

 やめてくれ。私も恥を忍んで質問しているんだ。そんなおかしな奴を見るような目をこちらに向けないで!

 だって、水を下さいって言って、あとからお金取られるってなったら詰むだろ! 確認は大事だろ!

 

「いや、お水は無料で出せますが……」

「ホントですか! ならお水下さい!」

「……あ、はい」


 だからその憐れみの目を止めてくれ! 今の私にとっては、お水を飲める場所を発見できたことは重要なことなんだ! ちょっと声が弾んじゃったって仕方ないだろ!

 給仕のお姉さんはすぐに、木製のコップに水差しで水をなみなみと注ぎ、差し出してくれた。

 受け取った私は、思いがけずのどが渇いていたのか、グビグビとそれを一気に飲み干してしまう。味は普通。いや、水道水より美味しい気がする。

 でも、あるでしょ。なんかやたら水が幾らでも飲めちゃうときって。今がそんな感じなの。

 だから、そんな同情するような目を向けないで! いくらでも飲んでいいんだよ、みたいな顔しないで!

 

「おかわり、いる?」

「……お願いします」

「いいんだよ。たくさんお飲み」


 ぐぬぅぅぅ……ありがとうございますっ! また来ます!

 もう一杯も飲み干した私は、礼を述べて踵を返した。

 見ていろ、今に冒険者としてお金を稼いで、ちゃんと料理の注文をしてやるんだから!

 

 

 ★

 

 

 ロビーに戻ってみると、スキルマニアのお姉さんがキョロキョロしているのが見えた。

 なんだ、私が部屋を出たのに気づいて探し回っているのか? だとしたら怖いんだが……。

 

 などと考えていると、不意にバチッと目が合ってしまう。

 案の定お姉さんはパタパタとこちらへ小走りで寄ってきて、ガシッと腕を掴んでくる。

 

「よかった、まだいらっしゃいましたね。実は試験の手配が思いのほか早く済みましたので、ミコトさんさえ良ければすぐにでも試験を始めることが出来ます。如何しますか?」

「それは有り難いんですけど、なんで腕を掴むんですか。っていうか、お姉さんが試験を楽しみにしているように見えるのは私の気のせいでしょうか」

「それはミコトさんの気のせいですね。それでは訓練場へご案内しますので、ついてきて下さい」


 ついてこいと言っておきながら、結局がっしり腕を掴まれたまま先程通った廊下を通り、ギルド裏手にある訓練場へ連行された。

 これ絶対、自分が警戒されてるっていう自覚があるんだ。分かってるなら控えてほしいんですけど!

 ……それはそうと。創作物なんかを見ていても思うんだけど、ギルドに設けられた訓練場って一体誰が利用するもんなんだろうね。冒険者がここを利用することって、そうあるとは思えないんだけど。

 

 お姉さんは私の腕を引いたまま、訓練場の広場ではなく、近くにあった扉を開き、私を連れ込んだ。

 こんな場所に私を連れて来て何するつもりよ! ひどいことするんでしょ! 薄い本みたいにっ!!


「それではまず、武器を選びましょうか。木剣から棍棒、木製ナイフにメリケンサックと大抵のものは揃っていますよ。勿論全て訓練用の非殺傷武器ですが」


 私の期待……じゃない、不安をよそに、そこは訓練に用いるレンタル装備が収納された倉庫だった。

 中は埃っぽく、薄暗い。ある意味期待通りの場所だったが、予想以上にお姉さんノリノリである。


 武具に目を向けてみると、確かに多彩な武具が陳列されている。

 ゲームなんかで見るような武器や鎧を立てかけるインテリアが、ごく当たり前のように並んでおり、胸躍る内装を作り出していた。

 日本ではまず見ないような光景だ。感動すら覚える。


 だが、お姉さんが私をここに連れてきたのは、ただ試験に用いる装備を選ばせるため、ということもあるまい。


「つまりお姉さんは、【万能マスタリー】の効果を確かめたくて仕方ないってことですね」

「何の話ですか? いいからまずはスタンダードに木剣を装備してみて下さい」

「どうでもいいですけど、自分のお仕事とか大丈夫なんです? 装備選びにまで付き合って貰えるのは、実際ありがたいとは思いますけど」

「趣味と実益を兼ねた素晴らしい仕事……ではなく、これも歴とした私の業務内活動なので、ご心配は無用ですよ」


 まぁお姉さんがそういうのなら、ここは流れに身を任せよう。それに装備と言われてもどうしていいか分からないしね。

 実際、スキルの効果を知ることは私にとっても重要なことだ。そのためには寧ろ良い機会だとも言える。

 

 私はギルド職員らしからぬお姉さんのはしゃぎっぷりを生暖かく眺めながら、次々に渡される武器の具合を確かめていった。

 そして気づく。不思議なほど、どの武器もしっくり来る。どんな風に扱えばいいかが、イマジネーションのように湧いて出てくる。まさかこれが【万能マスタリー】の効果なのかな?

 

 お姉さんに感じたままを伝えると、一層嬉しそうにそうですそれですそれがマスタリーの効果です! と手を叩いて喜ばれた。かわええ。クールで淡々としたお姉さんが見せるギャップは、ぐっっっ! っとくるものがある。

 ああ、私の中でこの人への好感度がブンブンブレまくっている。く、私の乙女心を弄んで、一体どういうつもり!?

 

「では防具も着けましょう! アクセサリーも特盛で!」

「え、あ、あの」

「いけますいけます、これもいっときましょう!」

「…………」


 調子に乗って手当り次第に装備品を追加していくお姉さん。楽しそうだなこの人。

 有無を言わさず次から次に装備を引っ張り出してきて、手際良く私に装着させる。

 まさかとは思うけど、【完全装着】ってスキルは装備の手際を補助する、みたいな効果なんてことはないだろうね?! それはあまりに地味で嫌なんだが。

 

 そんな具合にお姉さんの着せ替え人形としての自覚が芽生え始めた、その時だった。突然異変が生じたのだ。

 お姉さんがこれも持てますか? と、木槍を私に持たせようとした、その瞬間。私が一瞬掴んだ木槍は、唐突に黒い塵になって消滅したのである。

 

 私は信じがたい光景に固まった。がしかし、お姉さんは一瞬目を丸くはしたが、別段慌てもしない。

 あちゃ~、やってしまった~、みたいに目を泳がせている程度だ。

 ということは、今の木槍消滅現象は珍しいことではないのか?

 

「あの、今何が起こったんです? 木槍が消滅しちゃいましたけど……」

「? もしかしてご存知ありませんか? 装備品というのはある一定数以上は身に着けられないんですよ。それを無理やり装備しようとすると、今のように塵となって消滅するわけです」

「な、何がどうなってそんなことに!?」

「詳しい原理は解明されていませんね。ただそういうもの、としか」


 なるほど、ゲームじみたこの世界だもの。もしかすると装備数に上限が設けられているのかも知れないな。

 それにしても、塵になって消滅とか……もし伝説級の装備をうっかり装備した時それが起こったら、目も当てられないよな。恐ろしい……。

 

 そうして結局、私は全身にくまなく防具を纏い、アクセサリーも身に着け、武器も盾も装備し。

 装備数上限ギリギリのまさに完全装備と言える出で立ちでもって、訓練場の中央に立っていた。

 

 少しすると、そこへ一人の男がやってきた。

 身長は恐らく一八〇センチを超えているだろう。がっしりとした体型で、いかにも歴戦の戦士然とした中年のおじさんである。その手にはしっかりと木剣が携えれている。

 お姉さんが、この人が私の試験を担当してくる試験官なのだと紹介してくれた。


「バームという。まさかとは思うが、お嬢ちゃんが審査を受けたいっていう新米か?」

「お恥ずかしながら、他に当てもなく、一文無しなもので」

「はーん、世知辛いねぇ。だが手抜きはしないぜ。冒険者になりたいってんなら、身を守れる力が要る。それだけじゃねぇ、自身を守りながら目的を果たす力もだ。お嬢ちゃんにそれが可能か、見極めさせてもらうとしよう」


 バームおじさんから放たれる、これまで感じたことのない威圧感。

 これが、戦士の放つ迫力か。ゾクッとする。とあるゲームのチャンプと対戦した時に感じたそれにも似ている気がした。世界もジャンルも全く違うけど、強者の風格というやつかも知れない。

 今からこの人と戦うわけか。……あれ、いや、そういうわけでもないのか? そういえば試験内容はまだ聞いてないな。こんな装備をくっつけられたのと、異世界冒険譚のお約束的に、すっかり模擬戦でもするつもりでいたんだけど。

 

「それじゃぁ試験内容の説明だ。先に述べたように、冒険者とは己自身を守る力は勿論のこと、尚且つ目的を達成する能力が求められる。その力と能力を測るべく、お前さんにはそこのソフィアを護衛し、この場から逃してもらう。俺はそれを阻もうとする敵役だ」

「お姉さん、ソフィアって名前だったんだ」

「あ、申し忘れてましたね」

「素敵なお名前ですね!」

「おい聞け」


 ムスッとしたバームおじさんの説明によると、私がやるべきことは悪漢であるバームおじさんの魔の手からお姉さんこと、ソフィアさんを守りつつ、この訓練場から逃がすこと。且つ、私自身も離脱すること。

 しかし当然実力差が歴然であるため、失敗すれば即失格というわけではないとのこと。

 目的はあくまで、私の能力を見極めることであるため、とにかくお前は必死に考え、行動し、ソフィアを無事に逃がせるよう全力を尽くせ、とのお達しである。

 

 私がこくこくと頷き理解したことを示すと、おじさんは少し間合いをとって早速始める旨を告げてきた。

 が、その前に確認してくる。

 

「試験内容は説明したが、そんな装備で大丈夫か? 絶対動きにくいだろ、機動力的に問題しかなさそうだが……今なら装備変更を認めてやらんでもないぞ?」

「いいえ、大丈夫です」

「なんでソフィアさんが返事すんの! まぁ、多分大丈夫だけれども」

「ホントかよ……まぁ、当人がそう言うなら構わんが。装備選びも冒険者の仕事のうちだからな」


 頭に革製のヘルメット、体に革鎧と、腕には盾と篭手。腰には太い革ベルトと、丈夫なズボンに頑丈なブーツまで履かされた。加えて首にはソフィアさんのネックレスを貸してもらい、武器は持てるだけ持った。

 普通に重量はかなりのものになっている。……はずなんだが、何故かちっとも重いとは感じないんだ。不思議なことだけれど、きっとこれがスキルの効果というやつなんだろう。それに動きにくいとも感じず、むしろ何でもできそうな気分ですらある。

 

「それじゃ、準備はいいな。これより、嬢ちゃんの実技審査を始める!」

「きゃー、あっかんにおそわれるー、ダレカタスケテー」

「…………」

「…………」

「……? どうしたんですか。早く始めて下さい」


 ソフィアさんの酷い演技を合図に、私の冒険者資格試験第二幕の幕が上がるのだった。

 これに落ちたら今日はごはん抜きだ! 頑張らねば!!

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