第40話 人とは言い難いもの


俺たちは飛行魔法を使い、魔物たちの群れを空から抜けて森の奥深くに佇んでいる謎の魔物の元へと向かっていた。


ルナとアイリスには飛行魔法を教えていたから良かったのだが、騎士団長に関してはそもそも魔法があまり得意ではないとのことなので俺が風魔法を駆使して騎士団長を運ぶことになった。


魔法を覚えたてのルナとアイリスがいるのでそこまでのスピードが出せないが、地上を進むよりも遥かに早く例の魔物の元へと辿り着けそうである。




そうして徐々に例の魔物へと近づいていくにつれてどんどん周囲の異様な魔力が濃くなっていき、とても不気味な様子を醸し出していた。



「こんな魔力、普通の魔物ではありえないな」


「やはり禁魔獣なのかもしれないですね...」



出来ればアイリスの言っていた禁魔獣とやらではない方がありがたいのだが、この様子だとその希望は叶いそうにないな。



さらに森の中を進んでいくと、森の中でちらほらとアンデッドの姿を見かけるようになった。ここでアンデッドが発生しているということはもう確定といっていいのかもしれない。



「オルタナ様、これは...」


「ええ、禁魔獣で確定かもしれません」



アイリスの話だと昔勇者と賢者が倒したとされる禁魔獣はとある魔法士によって召喚されたという話だったが、今ここに出現しているということは今回も誰かによって召喚されたとみていいだろう。


誰が一体どんな目的で禁魔獣を召喚したのだろうか。何か得体のしれない思惑が裏で蠢いている気がする。



「とりあえずルナと王女殿下、アンデッドは見つけ次第魔法で倒していきましょう」


「「分かりました」」



そうして俺たちは禁魔獣に向かう途中で見つけたアンデッドは手当たり次第に討伐していくことにした。アンデッドは首を切り落とすか、光魔法で浄化させれば倒せるのでそこまで脅威ではない。


ルナもアイリスも光魔法による浄化を使えるので彼女たちにとっても問題ない相手ではある。



ここで片付けておかないと本命と戦っている最中に邪魔をされては面倒なことになりかねない。一応アイリスによると文献には書いてなかったらしいが、もし禁魔獣に自身の魔力によってアンデッド化したものを操る能力がありでもしたら数的優位を取られてしまう可能性もあるからな。



アンデッドを倒しながらさらに奥へと進んでいくことおよそ5分、俺たちはついに目的の場所へと到着した。



「あいつが禁魔獣...」


「獣...と言うより人に近いですね」


「もしかして禁魔獣ではないのでしょうか?」



強烈なほど異様な魔力があたりに立ち込め、目の前には人型のシルエットを中心とした半球状の可視化された魔力溜まりが出来ていた。


濃密すぎる魔力はこうやって特殊な目を通さなくても見えるように可視化する場合があるのだ。


この濃すぎる魔力溜まりのせいで探知魔法が阻まれていたのだろう。これほどの魔力を放出する魔物...今までに聞いたことも見たこともない。



「皆さん、今から私が奴に近づきます。何が起こっても大丈夫なように戦闘の準備をしていてください」


「「「分かりました」」」



俺の指示と共に騎士団長が剣を構え、ルナは支援魔法の準備を始める。そしてアイリスはルナと共に後方で魔法を発動できるよう準備を整える。



「では支援魔法を使います」


「頼む」



ルナは準備が整うとすぐに全員に使える全ての支援魔法を施した。やはりいつ見ても見事な手際で強力な支援効果だと感心する。


そして付与が終わったあと、すぐにアイリスとルナに魔力ポーションで魔力を全回復させておくよう伝える。



そうして完全に準備を整えたのを見届けた俺はみんなに目配せをしてからゆっくりと目の前の魔物の方へと近づいていく。


徐々に近づいていき、俺の手が半球状に可視化された魔力溜まりに触れた。



「「「「?!」」」」



次の瞬間、先ほどまで微動だにしていなかった人型のシルエットがピクッと反応を示した。その直後、半球状の魔力溜まりが一気に萎んでいった。


異様な魔力が全て人型の魔物へと吸い込まれていき、ついに今回の事件の元凶となった魔物が全貌を露わにした。



「な、何だあれは...?!」



人型ではあるが人とは到底言い難くとても不気味な様相の魔物。真っ黒で全身は非常に強固そうな装甲にも似た表皮に覆われ、二足歩行ではあるが手が4本あり、顔は目がなく大きな口があるのみであった。



「真っ黒な体に目が存在しない顔...文献に書いてある禁魔獣の特徴と同じです」


「そうか、やはりあれが禁魔獣...」



先ほどまで辺り一帯に漂っていた異様な魔力が今では一切なくなり、すべて目の前の禁魔獣に集約された。そんな奴からはとてつもなく不気味な、死のオーラと言ってさ差し支えない圧を感じている。



「とりあえず、近づいてみ...」



騎士団長が剣を構えながらゆっくりと禁魔獣との距離を詰めようとした次の瞬間、少し離れたところにいたはずの禁魔獣が一瞬にして騎士団長の目の前まで距離を詰めて来た。



「騎士団長!!」



辛うじてその動きを視認した俺はすぐに騎士団長の方へと寄ろうとするが間に合わず、禁魔獣の強烈な拳が彼を直撃した。


騎士団長を吹き飛ばすとともに強烈な風圧が吹き荒れるが、俺はルナとアイリスから距離を話すためすぐに禁魔獣に攻撃を仕掛ける。



「はっ!」



ルナの支援魔法と自身の強化魔法、そしてさらに魔力のこもった拳で禁魔獣に強烈なボディーブローを食らわせる。しかし禁魔獣は俺の拳が直撃したにもかかわらず、思ったよりも吹っ飛ばずに10mほど離れたところで踏ん張って耐えていた。


俺はその隙に禁魔獣を囲むように土魔法で強固な岩石を生み出し、その周りも何重にも強固な岩石を作り出してまるで巨大な箱のように奴を閉じ込めた。



「ルナ、殿下!騎士団長の様子を...」


「大丈夫です!」



奴が岩石の牢獄から出てくるまでの間に吹き飛ばされた騎士団長の様子を確認するようにルナたちに頼もうとしたが、その瞬間に後ろから近づいてくる気配と共に騎士団長の声が聞こえた。



「大丈夫ですか?」


「ええ、何とか。辛うじて防御できましたが、ルナ殿の支援魔法がなければかなり危なかったです」


「気を付けてください。あいつは攻撃力も防御力も俺の知っている難易度Sクラスの魔物とは比較になりません」



先ほどの攻撃は今まで戦ってきた中で一番強かった魔物にもかなりのダメージを与えることが出来るほどの威力があったにもかかわらず、今のあいつは何事もなかったかのようにピンピンしている。


これは想像以上に厳しい相手になりそうだ。



「ルナ、王女殿下!今すぐ街に帰ってギルド長に報告を!!」


「お、オルタナさん...!!」


「でもオルタナ様たちは!」


「早く行くんだ!!!」



俺はすぐに彼女たちにこの場から離れるように告げる。アイリスに禁魔獣の情報を逐次聞きながら戦えたら有利に事を運べるかもしれないと考えて連れてきたが、正直こいつは俺の見積もりが甘かった。


ルナたちを守りながらあいつと戦って勝てるかどうか怪しいと感じてしまったのだ。



俺の言葉に一瞬戸惑いを見せた彼女たちだったが、俺の滅多に出さない大声に驚いたのか体をビクッと反応させたのちにルナがアイリスの手を引いて一目散に街の方向へと向おうとした。


しかしアイリスが途中でルナを制止して立ち止まり、こちらへと向き直って大声で叫ぶ。



「オルタナ様!禁魔獣は文献によると刃を通さない体で、勇者様の聖剣か賢者様の使う魔法だけがダメージを与えられたとのことです!!それと禁魔獣は回復力が凄まじく、頭を潰しても再生したとの記述もありました!!どうかお気を付けて!!!」



アイリスは自身の持っている禁魔獣の情報を伝えて再びルナと共に町へと向かって飛んでいった。


最初の思惑通りにはいかなくなったが、アイリスがここに到着するまでの間に少し教えてくれた事と最後まで俺たちに情報を思い出して伝えてくれたことには感謝しかない。


彼女たちが無事に街に着けるように...

いや、彼女たちが安心できるよう必ず勝つ。



「騎士団長も王女殿下と一緒に行ってください」


「いえ、私はここで命を懸けてでも殿下たちが街へたどり着くまでの時間を稼ぎます。そのために私はここに来ているのですから」



彼は濁りの無い真っ直ぐな目をしてそう告げる。



おそらく彼の実力ではあの魔物に及ばないだろう。足手纏いというほどではないが、最悪の場合だと死んでしまう可能性だって十分にある。


ここでアイリスたちと共に逃げても責められることはないだろう。

だとしても彼はここで自身の責務を全うしようとしている。


確実に王女殿下を安全なところまで逃がすために。



「王女殿下たちが街に着いたら教えます。なのでそしたらあなたも逃げてください」


「分かりました。ではそれまで全身全霊で耐えきる所存でいきます!!」



そうして俺たち二人が再び戦闘態勢を整えている間に微かに聞こえていたドンッドンッという衝撃音が地響きと共に徐々に徐々に大きくなっていた。


そうして次第に目の前の岩石の牢獄にヒビが入り始め、あっという間にドラゴンですら脱出が難しいほどの強度に仕上げたはずの牢獄が破られて禁魔獣が大きな口をニターッとさせながら出てきた。



そうして本格的に禁魔獣と俺たち二人の戦いが始まった。




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