第39話 危険な選択



ギルド長から謎の魔物の討伐を頼まれた俺はルナたちの元へと戻って事情を説明することにした。説明を終えると何故かアイリスが少し訝しげな表情をしていた。



「オルタナ様、本当にその魔物の魔力でこの魔物たちはアンデッド化したのでしょうか?」


「確証はないが、状況的に考えてそうとしか考えられない。他の原因として考えられるのはこの戦いによって発生して周辺に滞留した魔力だが、もしそれが原因ならばこれほどのアンデッドが発生するわけがない」



アンデッドがこれほど大量発生するには膨大な魔力と死体が一か所に集まっている場合で、自然にそのような状況が発生するのは非常に稀である。この戦いほどの規模で辺り一帯に放出された魔力では到底足りない。


となれば消去法で考えればその謎の魔物の魔力しか現段階では当てはまらない。



「オルタナさん、私もご一緒します!」


「ルナ、よろしく頼む。騎士団長、護衛を放り出す形になって申し訳ありませんが王女殿下のことをしばらくお願いします」


「それについては心配ご無用です。このような状況であれば仕方がありません。どうかお気を付けて」



騎士団長は目の前に迫るアンデッドを容易く斬り裂きながらこちらへと視線を向ける。そんな彼の背中はとても頼もしく輝いて見えた。



「では、行ってき...」


「お、お待ちください!」


「ど、どうされましたか王女殿下?」



突然アイリスが討伐へ向かおうとする俺たちを大きな声で引き留める。そんな彼女の顔は何やら思いつめたような不安そうな表情になっていた。



「...私、その謎の魔物の正体が分かるかもしれません」


「それは一体どういう...?!」



まさかの発言に俺は勢いよくアイリスの方へと振り返る。そしてすぐに詳しい話を聞くために彼女の元へと駆け寄った。



「...詳しい話を聞かせてもらえますか?」


「ええ、もちろんです。お二人は約300年ほど前にこの国で起こったとある大騒動についてご存じでしょうか?」


「もしかして勇者様と賢者様のお話の事でしょうか」



ルナの回答にアイリスは無言でゆっくりと頷いき、そのまま話を続ける。



「ルナ様が仰った通り勇者と賢者の話、王国に災厄をもたらした強大な魔物を倒したという昔話がありますがそれに出て来た災厄の魔物...もしかしたらそれかもしれません」


「...どうしてそう思うのでしょう?」


「これは王族のみに伝わっている話なので決して他言はしないで頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」



アイリスがいつになく真剣な表情で俺たちに向かってそのように告げる。俺もルナも、そして騎士団長も真剣にゆっくりと頷いた。



「実はその災厄の魔物は王国直属の魔法士だった者によって異界から召喚された魔物、『禁魔獣』と呼ばれる存在だったのです。そして過去の文献に書かれていた内容によりますと、その禁魔獣は特殊な魔力を内包していてその魔力に当てられた死体が即座に強力なアンデッドと化して襲い掛かってきたと...」



確かにその話が本当であれば今の状況とかなり合っている。だが何故ここに300年前の異界の魔物が現れたのだろうか。



「禁魔獣...その可能性が高いという訳ですね」


「私も文献でしか読んだことと先ほど聞いた話が似ていると感じたぐらいで確証はありませんが...」



アイリスの言う通り相手の正体に関して今の状況では確かなことは何も分からない。結局のところ可能性でしか話すことが出来ないのである。


ならば結局のところ、俺が出来ることは同じである。



「例の魔物がその禁魔獣とやらであろうとなかろうと私には討伐するだけでしょう。ルナ、より一層気を引き締めていこう」


「はいっ!」



アイリスからの情報を元に改めて気を引き締め例の魔物の元へと向かおうとする。しかし再び背後から大きな声でアイリスに呼び止められた。



「お待ちください、オルタナ様!」


「今度はどうしました?」


「わ、私も連れて行ってください...!」



俺はすぐには返事をせずにゆっくりとアイリスへと近づいて優しく話しかける。



「王女殿下、申し訳ありませんが流石に今回は連れていくことは出来ません。相手がその禁魔獣かどうかは分かりませんが難易度Sを優に超える魔物であることは確実です。どうかご理解下さい」



口調は優しく言ったつもりではあるが暗に「あなたは戦力外です」という厳しいことを言ったことには変わらない。そのことがちゃんと伝わってしまったのか俺の言葉を聞いたアイリスは顔を俯かせてプルプルと小刻みに震えていた。


少しの罪悪感を抱きながらもこれが正しい選択であろうと思う。



「......わ、分かっています!」



いつになく真剣な声色のアイリスが非常に感情のこもった声を上げる。何だか普段と雰囲気が違うと肌で感じ取った俺は再び彼女の方へと視線を移す。



「私が足手纏いであることは十分理解しております。ですが!もし仮に相手が禁魔獣だったとしたらこの中で一番情報を持っているのは私です。私が付いていけば情報でオルタナ様のサポートが出来るかもしれません。それに...それに...私はもうこれ以上、私の力不足で大切な方を失いたくないのです!!!」


「お、王女殿下...」



彼女の言葉を聞いた騎士団長が彼女の気持ちが伝わったのか思わず言葉をこぼしていた。もちろん俺も彼女の必死な想いは痛いほど伝わってきていた。


それに確かに彼女の言い分にも一理ある。もし仮に禁魔獣だったとしたら情報が全くない中で勝てるかどうかは正直厳しいところになるだろう。


そんなところに文献で多少の情報を知っている彼女がいればかなり戦況には影響するだろう。



だがしかし、そんな危険なところに連れて行くわけには...



そんな時、俺の元に騎士団長が駆け寄って来た。彼は必ず王女殿下を危険なところに行かせるわけにはいかないだろうからアイリスを宥めてくれるだろうと思っていたのだが、彼の口から発せられた言葉は予想外のものであった。



「オルタナ殿、どうか私と王女殿下を共に連れて行ってください」


「えっ、騎士団長...どういう...?」


「普通であれば、王女殿下の護衛としてそのような危険なところに行くことは到底看過できません。ですが私個人としては殿下に二度とあの4年前の時のような悲しみを味わってほしくないのです。それにどんな危険が殿下に迫ろうとも私がこの命を懸けてでも守り抜けば問題はありません。どうか殿下の思いを汲んではもらえないでしょうか?」


「あ、アレグ...」



まさかの騎士団長がアイリスの同行に賛成するとは思ってもみなかった。彼がここまでいうのだから僕が死んだと聞かされた時のアイリスの悲しみは相当なものだったのだろう。


その姿を想像するだけで俺の中にあった僅かなモヤモヤが肥大化していって心がズキズキと痛みを発し始めていった。



「...分かりました。では王女殿下、相手が禁魔獣であった場合には奴の情報をよろしくお願いします。ですが、私か騎士団長が逃げろと指示をした場合は我々を見捨ててでも必ず逃げてください。そこだけは必ず守っていただきます」


「わ、分かりました!お願いします!!」


「ルナ、王女殿下のことを頼む。俺と騎士団長に何かあった時は殿下の安全を最優先にして一緒に逃げてくれ」


「分かりました。必ず守り抜きます!」



微かに目に涙を浮かべていたアイリスは力強く頷いた。ルナも俺を見捨ててでもという指示に少し不安そうな表情を浮かべたが、すぐに頼もしく返事をしてくれた。


心の底からアイリスを同行させるのに賛成できたわけではないが、何かあれば俺がこの体を賭して守り抜けばいいだけの話だ。必ず魔物も倒してアイリスも無事に帰し、そしてこの街も守り抜く。


守りたいものすべてを守るためにここまで強くなったんだ。その力をここで発揮しなくていつ発揮するんだ、俺!!!



俺はそのように強く心の中で決意し、4人で謎の魔物のいる方へと向かっていくことになった。





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