第17話 ルナの覚悟


魔力欠乏症の治療薬が完成し、早くも1週間ほどが経った。


エイアによるとルナの母親の経過は良好で体から放出される魔力量も安定して少なくなってきているらしい。それに合わせて体調も安定し始めており、以前と比べたらかなり良くなっていると聞いた。



定期的にエイアからそのような報告を聞いているのだが、報告を聞くたびにちゃんと治療薬が効いているということ分かってとても嬉しい。


最初は思い付きで始めたことなので、ちゃんと治療方法を確立できるのは正直五分五分の賭けだと思っていた。実際のところ、俺一人だったら完成まで持っていくのは不可能だっただろう。


俺は改めて自分だけで救える範囲の狭さを思い知る。今まではお母さまだけでも守れたらそれでよかったが、ここ最近は少しずつだがその最低限の範囲が広まってきている。


もっと精進しないと...



そういうこともあって俺はエイアとの共同研究が終わってからは今まで以上に魔道具の研究開発に力を入れることになった。自分の出来ることを伸ばしていこうという訳だ。






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そうして時間は瞬く間に過ぎ去っていき、ついに俺とルナがパーティを組んでから2か月が経とうとしていた。


ルナの母親の病気が完治したことでルナたち家族の生活のひっ迫具合も解消し、ルナの日々に余裕が見え始めた。そして俺たち二人での冒険者活動も徐々に慣れていったこともあり、そろそろ時間を作って彼女に攻撃魔法を教えようかと思っていた。


そんな時、ギルドに緊急の依頼が舞い込んで来たのだ。



「お、オルタナさん!!!オルタナさんかルナさんはいらっしゃいますか!!!」



俺たちがギルドの休憩スペースで今後の依頼頻度と魔法を教える時間について二人で話し合っていたところ、遠くから受付嬢のミーシャさんが大声で俺たちの名前を叫びながら周囲をキョロキョロと見渡している姿が見えた。



「はいっ!ここいます!!」


「ああ!!」



ルナが立ち上がって受付嬢の方に大声で呼びながら手を振っていると、こちらに気づいたようで何かを手に持ったままこちらに全力で走ってきた。



「よ、よかった...です!!こちらに...いらっしゃって...!!!」


「だ、大丈夫ですか?!とりあえず息を整えてください!!」



ルナはミーシャさんのあまりの慌て様にびっくりしていた。俺も普段から緊急の依頼だと言われて急いで呼ばれたりすることはあるが、ここまで取り乱している彼女を見るのは初めてに近いかもしれない。



「き、緊急の依頼です!こちらを見てください!!」



俺は何となく察しはついていたので冷静にミーシャさんが手に持っていた紙を受け取って内容を確認する。それはいつものように綺麗に清書された依頼書ではなくかなり殴り書きに近いものだった。


ルナと一緒に読んでいたのだが、その内容に彼女は絶句してしまっていた。



「そ、そんな...」


「そうです、以前ルナさんがいらっしゃったパーティ『業火の剣』が受けてくださった依頼と同じく生息域を外れて村や町を襲っているドラゴンの討伐なのですが...」



そこまで聞くと以前の内容と同じなのだが、今回は以前とは明らかに様子が違っているのがミーシャさんの様子からも明らかだった。



「今回はそのドラゴンの数が...確認されているだけでも5体だと...」



ルナは机の上に置かれた依頼書に視線を落として椅子に崩れ落ちるように座った。彼女の表情はとても青ざめており、おそらく先のパーティ解散の原因になったあの出来事がフラッシュバックしているのかもしれない。



「ミーシャ、今回は討伐だけじゃないんだろ?」


「はい、こんな短期間に二度もドラゴンが人里に降りてきて襲う事件が発生しています。それに二度目の今回は数が増えているということもあってギルドは何か緊急事態が起きていると判断し、ドラゴンの生息域に行って調査をお願いしたいのです」


「なるほど...」



確かにドラゴンは基本的に自分たちの生息域を出ることはない。彼らは縄張り意識が強く、自分たちの領域を大切にする種族である。


だからドラゴンの討伐依頼なんてのはほぼ見かけることはない。こちらからちょっかいをかけなければ彼らと戦うことはないのだから。


そんな彼らがわざわざ自分たちの領域から出て、積極的に人を襲うというのは異常事態である。ただ一匹だけであれば、数十年に一回ほどの頻度ではあるがはぐれドラゴンが人里に降りてくることは確認されているのでそれに該当すると思われていたのだ。


だがこの数か月の間に二度も、そして今度は5匹も領域から出てきたとなればはぐれドラゴンの暴走という事象には当てはまらない。


ドラゴンは龍王と呼ばれる何百年の時を生きる古龍が彼らの群れを統率していると聞くので、もしかしたらその長に何かあったのかもしれない。何にせよこれ以上ドラゴンが領域から出て来る前に対処しなければならないことは確かだ。



「分かった。その依頼受けよう」


「あ、ありがとうございます!!!では...」


「ただ、今回の依頼はパーティではなく俺個人で受けさせてもらう」



俺がその言葉をミーシャに伝えると依頼書を見つめていたルナが勢いよく顔を上げてこちらへと視線を向けた。彼女は少し震えた声で俺に話しかける。



「お、オルタナさん...!?私も...」


「...ルナ、今自分がどんな顔をしているのか分かっているのか?」


「っ...」



そう言って俺は収納魔法で手鏡を取り出して彼女に手渡す。それを受け取ったルナは恐る恐る鏡に映った自分の顔を見てみると自分でも驚くほどひどい顔をしていることに気づいた。



「わ、私......」


「今の君を一緒に連れて行くわけにはいかない。厳しい言い方にはなるが、先の件を思い出しただけでそのようになってしまうのなら大人しく待っていた方がいい」



ルナは俺の言葉に何も返すことなく俯いて黙り込んでしまう。そのような姿に少し罪悪感を感じるが、これは彼女のためでもあり仕方のないことだと割り切った。



「ではミーシャ、依頼の受注を頼む」


「...は、はい!分かりました!!」



ミーシャも少し心配そうにルナのことを見ていたがすぐに俺のギルドカードを持って依頼の受注作業に取り掛かってくれた。そして1分も経たないうちに依頼の受注処理が完了し、ミーシャが戻って来た。



「オルタナさん、受注完了しました」


「では、早速行ってくる」


「お気を付けて...!」



俺はミーシャから冒険者カードを受け取るとすぐに出口に向かって歩き始めた。ルナへの罪悪感がまだ消えず、俺はルナの近くを通り過ぎる時に彼女の方を見ることは出来なかった。


そのまま俺がギルドを出ようとしたその時、後ろから誰かが駆け寄ってくる音が聞こえてた。そしてその直後、大きな声が辺りに響き渡る。



「オルタナさん、待ってください!!!」



俺はその場で立ち止まって後ろを振り返るとそこには先ほどまでとは違う、力強い目でこちらを見ているルナの姿があった。先ほどまでとは目つきが違っていたが、まだどこか怯えているような雰囲気は残っていた。



「オルタナさん、私も連れて行ってください。お願いします」



彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめながらそう告げた。何かを決意したような様子に見えるがどこか脆さもあるような気がする。俺はそんな今の彼女にはこの依頼に同行させるべきではないと感じていた。。



「止めておいた方が良い。無理する必要は...」


「私は...!!」



俺が言い終わる前に彼女は力強い口調で叫んだ。そんな彼女を今まで見たことがなかったので少し驚いた。



「私は、いつも誰かに助けられてばかりで...前の依頼の時も、先日の薬のことも全部、私は何も出来なかった...」


「それは...」



俺はルナの言葉に何も返すことが出来なかった。俺はここしばらく彼女とパーティを組んでそこそこの時間を共にしてはいるがまだ出会って日が浅く、彼女が何を考え何を悩み何に苦しんでいるのかを全く分かっていなかったのだ。


そんな俺が、何も知らない俺が悩み苦しんでいる彼女に対して何を言えばいいのか全く分からなかった。



「オルタナさん、私はもう弱い何も出来ない自分のままで居たくないんです。だからこの恐怖も不安も全て自分の足で立ち向かって行きます!!だからこそ私も連れて行ってください、お願いします!!!」



ルナから発せられた言葉には一言一句、彼女の気持ちがこれ以上ないほどに込められていた。俺は彼女のことを思って今回の依頼に連れて行かないという選択をしたつもりだったが、どうやらそれは俺のエゴなのかもしれない。


彼女自身がここまで気持ちを固めて自分の恐怖に立ち向かうと宣言したんだから俺がこれ以上、そのことについて何かを言うのは野暮というものだろう。



「...分かった。そういう覚悟なら俺はこれ以上何も言わない。ミーシャ、悪いがこの依頼パーティで受けることに変更してくれ」


「...!ありがとうございます!」



そうして俺とルナは改めて二人パーティとしてこの依頼を受注することになった。ミーシャに依頼の受注処理をしてもらい、正式に俺たちパーティでこの依頼を受けた。



俺たちはすぐに出発の準備を整えて街を出る。街の外で誰にも見つからないように俺の出した魔道車に乗り込んで依頼の場所へと向かう準備をする。



「...覚悟はいいか?」


「はい、もちろんです!」



俺の問いかけに対してルナは真っ直ぐに俺を見つめて答える。今の彼女に対して全く心配がない...とは言えないが、少なくとも俺が全て守ってあげなければいけないほど弱い存在ではないことは確かだ。



この依頼がルナにとってどのようなものになるのかは分からないが、きっと彼女がよりよい冒険者になるためのいい経験になることを願うばかりだ。

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