第16話 研究の成果


ルナの家の中へと入るともうすでに妹弟たちは寝ているようで家の中は静寂に包まれていた。こんな時間なのだから当たり前ではあるけれども。



「あ、あの...魔力欠乏症の治療薬が完成したって...本当なんですか...?」


「もちろんだよ...!治癒の女神様の確認も取れているから間違いないよ!」



ルナが妹弟たちを起こさないように小声で問いかけると、その音量に合わせてエイアも出来る限り小さな声で答える。するとルナが希望に満ち溢れた表情になり、勢いよく俺たちに向けて頭を下げた。



「代金は後で必ず払います!なので薬をお母さんに...!お願いします!!」



元よりそのつもりで来ていたのでエイアがルナの肩を持って顔を上げさせた。するとエイアは優しい笑顔でルナの顔を見つめた。



「もちろん私たちはそのつもりでここに来たんだよ。さあ早く行こう」


「...!!ありがとうございます!!!」



そのエイアの言葉を聞いてルナは改めて深く頭を下げた。そして俺たちはルナの母親のいる部屋へと入っていった。



「お母さん...!ちょっと起きてくれる...?」


「......ん、どう...したの...?」



部屋に入ってすぐにルナは母親の寝ているベッドへと近寄って優しく母親を起こした。彼女の母親はか細い声でゆっくりとルナに問いかけた。



「実はね、エイアさんがお母さんの病気を治す薬を完成させて持って来てくれたの!」


「...え、エイア...が...?」



エイアの名前を聞いた途端、ルナの母親はゆっくりと首を横に向けてこちらの方へと視線を向けた。その様子を見たエイアはすぐに彼女の側へと駆け寄って声をかける。



「ジェナ...もう大丈夫。私たちが作った治療薬を飲めばあなたの病気は治るから...!」


「え、エイア...あ、なた...」



何か言いたそうな感じではあったが多くの言葉を発せるほどの元気がもうルナの母親には残っておらず言葉に詰まってしまっていた。その様子を見かねたルナとエイアは急いでルナの母親の上体をゆっくりと優しく起き上がらせた。



「ジェナ...今はもう喋らなくていいからこれを飲んでゆっくり休みなさい」



エイアはそのように話しかけると俺から治療薬を一本受け取って彼女に飲ませた。ゆっくりとゆっくりと咽ないように細心の注意を心がけながら彼女の口の中に流し込む。



「さて、あとはゆっくりと寝てなさいね」


「...あ、りがと...う」



ルナの母親は小さな声でエイアにお礼を告げると静かに眠りについていった。俺たちはしばらくこの場で彼女の経過を見届けることにした。



「ルナちゃん、これが治療薬ね。毎日1本必ず彼女に飲ませて。私も定期的に様子は見に来るけど何かあったらすぐに私に伝えに来ること、いい?」


「わ、分かりました!本当にありがとうございます...!!」



ルナはエイアから治療薬の小瓶が入ったバスケットを受け取るとお礼を言って部屋にある棚の上に置いた。俺は万が一のことが無いように一応そのバスケットの横に収納魔法から取り出した小さな魔道具をバスケットの側面にくっ付けておく。



「オルタナさん、これは何ですか?」


「これは俺の作った魔道具で設定した魔力の持ち主しかこの魔道具を取り付けた物に触れなくようにするものだ。設定されていない魔力の持ち主がこれに触ると対象者に麻痺効果を付与させて動けなくする。一応この治療薬は今のところ世界でこのバスケットの中にしかないからどこから情報が洩れて盗られるか分からない。念のための対策だ」



せっかく完成した薬をどこの馬の骨とも知らん奴に奪われるのは勘弁したいからな。まあ流石にそんなことはないだろうけれど、備えあれば患いなしということだ。


ということで俺はこの魔道具にルナとエイア、そして俺の魔力を設定して魔道具を起動させた。起動させても特に見た目で変化はないから変に勘繰られることもないだろう。



「エイア、どうだ容体は?」


「...ええ、特に問題はなさそうね。魔力放出量も徐々に減っているし効き目は確かよ」



エイアはルナの母親をじっくりと観察しながらそう答えた。彼女も視覚で魔力を確認できる技術を会得しており、そのことからも彼女の有能さが伺える。



「とりあえず今日はもう大丈夫そうだから、私たちは帰りましょうか」


「ああ、そうだな。ルナ、夜遅くにお邪魔した」


「いえ!お母さんのために来てくださったんですから感謝しかありません...!!」



そう告げて俺たちは母親の眠っている部屋を出た。そしてゆっくりと物音をたてずに玄関の扉のところまでいき、外へ出る。



「お二人とも本当にありがとうございます...!もしかして前に二人で共同研究をしていると言っていたのって...このことだったんですか?」


「ああ、そうだ」



俺が簡単にそう返事を返すとその言葉を聞いたルナの目からポロポロと涙が零れ落ちていった。



「ほ、本当に...ありがとうございます...!パーティを組んでいただいただけでも本当にありがたいのに、まさかお母さんの病気のことまで...」


「気にする必要はない。これも俺がやりたくてやったことだ」



そのように返事を返すと隣でエイアが肘で俺を突いてきた。ルナには聞こえないほどの小さな囁き声で「カッコいいこと言っちゃって~!」などと言ってきた。


このテンションのエイアは面倒なので俺は無視してルナに話しかける。



「まあ実際のところ、今回は俺じゃなくてエイアが一番の功労者だ。俺はただ彼女と一緒に治療方法の理論を作り上げただけに過ぎない。今回の件で何かを礼をしたいならエイアにするといい」


「ま、まあ私の作業量が多かったのは事実だけど...オルタナの考えた基礎理論がなければ治療薬を作ろうとも思わなかったのだからお互い様よ」



今回の共同研究を通して、俺はエイアと何だか戦友のような新たな絆が出来たような気がした。こんな必死に前人未踏の挑戦をしたのなんて何年振りだろうと少し懐かしい気持ちが湧きあがってくる。


あの時も一緒に研究していた子たちがいたのだけど、今も元気でやっているだろうか。俺はエイアにふと昔の仲間たちのことが重なった。



「エイアさん、それにオルタナさん。改めてお二人ともありがとうございます!!治療薬の代金は改めてお支払いしますので...!!」


「あ、ルナちゃん。そのことなんだけどね...」



薬の代金という言葉を聞いて思い出したかのようにエイアがルナに語りかける。結論から言うと俺たちはルナから治療薬の代金を貰う気はないのだ。


この治療薬は正真正銘出来立てほやほやの物であり、治癒の女神様の承認を貰っているとはいえ未だ実際に誰か魔力欠乏症患者を治療できたという事実は存在していない。


女神様の承認を偽ることは出来ないので他の誰も治療薬であることには疑う余地はないのだが、実際に治った人がいるのとそうでないのとでは大きな違いがある。だから今回、ルナの母親にはその治療薬によって完治した実例第一号になって欲しいのだ。


治療薬を投与し始めてからどのような経過を過ごし、どのくらいで完治に至ったのかという実際の記録が欲しいのだ。その情報は治療薬と同等に価値のあるものなのだ。


そういうこともあって二人で話し合った結果、ルナからは治療薬の代金を貰わずに彼女の母親の完治までの経過に関する情報をお願いしたいということになった。



「...なるほど、そういうことなんですね。おそらくお母さんも大丈夫だと言ってくれると思うので、ぜひよろしくお願いします!」


「そうね、ジェナには明日にでも私から説明するわ」



そういうことで俺たちはルナの家を後にした。俺とエイアは二人でゆっくりと静かな帰り道を歩いていたが、お互いに無言ながらも共に同じ達成感をひしひしと感じていたと思う。


ここしばらくの間、二人で共に築き上げてきたものがようやく花開いたのだから干渉にも浸りたくなるというものだ。



そうして無言のまま俺たちはエイアの店に帰ってきた。俺は彼女にしっかりと休むよう念押しし、ちゃんと休むところを見届けてから店を出る。下手したら彼女、完成したという高揚感で作業をしかねないからな。



俺もここしばらくはお母さまに遅くなると伝えてはいるが、あまり遅くなりすぎると心配してしまうので早く家に帰ることにした。


とりあえず治療薬も完成したことだし、ルナの母親の経過観察や治療薬の発表や販売などは基本的に全てエイアが行うことになっているので俺の出る幕はほぼないだろう。


ただ俺の作ったもので誰かが喜んでくれる姿を見るというのはやはり嬉しいものである。冒険者として誰かの笑顔を見るのとはまた違った感覚で、少し久しぶりの感覚でもあった。




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