第15話 治療薬の開発


エイアとの共同研究を開始してから俺はかなり忙しくなっていった。週の半分はルナとの冒険者活動、そしてもう残りはエイアとの研究の日々。


忙しくはあるが非常に充実した日々を過ごしていると実感していた。



一緒に研究をしていて思ったのだが、やはりエイアはかなり優秀な薬師であるとともに優秀な魔法薬研究者だ。魔法薬の生成における手際の良さや技術の高さはこの国でもトップクラスではないだろうかというレベルだった。


どうして王立学園での研究を辞めてしまったのか疑問なほどだ。エイアは自分のことをあまり話そうとしないので彼女の様子から何となく察するしかないのだが、研究が嫌になったという訳ではなく、何か別の...おそらくは人間関係が辞めた原因なのかもしれない。


まあ研究者における人間関係の問題と言えばおおよそ見当がつく。おそらくは貴族などとの研究における利権争いとか上下関係とかだろうな。


彼女、そういうの一切気にせず自由に研究にだけ没頭していたいタイプだろうし。そういうところで衝突したりしたのかもしれない。




そういえばこの共同研究のことは一応ルナには伝えておいた。ただ研究内容に関してはエイアとの相談の結果、やはりちゃんと成果を上げてからじゃないと伝えるのは止めておこうということになった。


エイアもルナに変な期待を持たせて無理だった場合に落ち込ませてしまうのは良くないと思っていた。ただ俺たちは当然、研究結果が結局無理でしたで終わらせるつもりは毛頭ない。


ルナに知らせるのは成功してからでも遅くないという判断だ。

所謂、一種のサプライズみたいなものだ。






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そうして共同研究が始まってから3日目、ついに試作品第一号が完成した。この第一号は俺の理論を基本そのままにエイアが魔法薬を調合したものである。


もちろんこれで成功してくれれば一番なのだが、今回は俺もエイアも理論の穴や問題点の洗い出しを兼ねたものであると認識している。



「さあ、これを治癒の女神に献上しましょうか」



そして俺たちは店の奥に置かれている祭壇へと試作品とその情報が書かれた紙、そして白紙の紙一枚を持って行った。その石で造られた祭壇には九神が彫られており、その造形からは神々しさを感じられる。


そうして持ってきたものを祭壇の上へと置き、二人で祭壇に向かって手を合わせて膝をついた。



「治癒の女神エイル様、薬師エイアの名において新たな魔法薬を調合いたしました。どうかこの薬をご確認いただければ幸いに存じます」



エイアが祭壇に向かってお祈りを捧げると祭壇が眩しく光り輝き、一瞬俺たちの視界を全て奪った。そして光が収まるとそこに置いていたはずの試作品や紙がすべてなくなっていた。



「さて、女神様のお返しがあるまで休憩しますか~!」


「ああ、祭壇は俺が見ておくからゆっくり休んでくるといい」



エイアは「後はよろしく~」とウィンクをして仮眠をしに行った。彼女に薬の調合に関しては一任してしまっているから正直、かなり肉体的な負担を強いてしまったいると思う。だから休める時にはしっかりと休んで欲しい。



ちなみに先ほどの儀式は何なのかというと、治癒の女神様に新しい薬を献上してその薬が人に使っても安全かどうか、そしてこちらの想定通りの効果が見込まれるかの確認をしてもらっているのだ。


前世の世界で言うところの所謂『治験』の段階である。

この世界では全て治癒の女神様がそれを行っているのだ。



なぜ女神様がそのようなことを行っているのかと言うと、本当に会った話かどうかは分からないが物語としてこのように伝わっている。




───昔々、人々は新しい魔法薬を生み出すために試行錯誤していた。傷を治す魔法薬に身体能力を向上させる魔法薬、やがては不老不死を目的とした魔法薬の研究まで様々なものを生み出そうと必死になっていた。


そうなると新しく作った薬が安全かどうかを確かめるためには実際に誰かに使ってみないと分からないということで、薬師たちはまだ安全性を確認できていない薬を処刑が確定している罪人など死なせてしまっても罪に問われない者たちで試し始めた。


ただ必要とする被験者に罪人の数が追い付かず、ついには罪のない人にまで手を出すようになってしまった。その結果、多くの人が犠牲となってしまったのだ。


その様子に怒った治癒の女神が多くの罪なき人々を犠牲にした薬師たちに天罰を下し、そのような悪行を辞めさせた。


その後、治癒の女神は天啓として「今後、新たな薬は全て私に納めなさい。そして私が安全性を確認し、私からの許可を得た薬のみ販売および使用を認めよう」ということが告げられた。


そうしてそれからこの世界では薬師は人に対して女神の許可なしの薬は使用できなくなり、全ての薬師が治癒の女神に新たな薬を献上して許可をもらうようになったのでした。




という訳で俺たちもそれに則って治癒の女神に安全性と効果の確認を行ってもらっているのだ。それをしないと天罰が下ってしまうからな。


ちなみに献上してから長くても1時間ほどで返って来るらしい。毎日毎日新しい薬が生み出されているわけではないにしても、この世界すべての新薬を確認しているのだから女神様も大変だろうなと思う。


本当にご苦労様です。



そうしておよそ30分ぐらい経過した頃、再び祭壇が激しく光り輝き出した。そしてその光が収まると祭壇の上には試薬とその情報が書かれた紙、そして何かがびっしりと書かれた紙が現れた。


すぐに俺は仮眠を取っているエイアを起こしに行き、二人で返ってきたものを確認することにした。



「おっ、女神様から薬の結果が帰ってきているわね。う~ん、安全性は問題ないけれども効果がイマイチか...」


「ただ、これなら方向性は間違っていなさそうだな。理論の細かな調整や薬の材料や調合方法を試行錯誤すれば良さそうだな」


「ええ、これは燃えて来たわ!私たちは確実に今までの誰よりも魔力欠乏症治療のゴールが見えているのよ!!」



仮眠を取ったことでかなり休めたのかテンションが高いエイア。彼女の言う通り、女神様からの情報によれば俺たちはちゃんとゴールまでの道筋を歩んでいるのだろう。


そのことが分かっただけでもかなりの成果だ。



「よしっ、オルタナ!これからもっと詰めるわよ!!」


「ああ、望むところだ」



そうして俺たちは再び薬の研究へと没頭していった。自分たちのやっていることが間違っていないと分かったことで二人のエンジンにさらに火が付いたのだ。






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そうしてこの日から数週間後、試行錯誤を繰り返し、壁らしい壁にぶち当たることもなくついに俺たちは魔力欠乏症の治療薬を完成させることに成功した。


もちろん治癒の女神様の承認済みである。



「やったわ...ついに私たち、完成させたわ...!」


「エイア、お疲れ様。君のおかげだ」


「何を言ってるの、私たち二人の成果でしょ?」



俺たちは顔を見合わせて互いの健闘をたたえ合う。

そして拳を突き合わせる。


ずっと作業尽くしだったエイアはかなり疲労が溜まっていただろうに今この瞬間の彼女は満面の笑みでとても澄み渡った表情をしていた。


その表情を見て、俺も達成感で心が満たされていった。




「それじゃあ、早速ルナちゃんのところへ行きましょうか!」


「...もちろんそうしたいのは山々だが、君は少し休んだ方が良い。最後の方はあまり休めていないだろ」



俺はエイアの体調を思ってまずは休むことを提案するが、その言葉を聞いた彼女は途端に鋭い目つきでこちらを睨んできた。



「オルタナ、こうしてる間にジェナ...ルナちゃんの母親の容体が悪くなったらどうするわけ?それに私は彼女たちが苦しんでいる姿をずっと見続けているの。治療薬がようやく目の前にあるのにすぐに渡しに行かないっていうことが出来ると思う?」



彼女は真剣な眼差しでこちらを見ている。エイアもルナと同じくらいルナの母親のことを心配し、そして薬師である自分が彼女たちを助ける術を持たないことがとても悔しかったのだろう。


そんな気持ちが彼女の目から伝わってきた。




「...はぁ、分かった。だが気休め程度だが疲労回復の魔法はかけさせてもらうぞ。君まで倒れてしまっては元も子もないからな」


「ありがとう、オルタナ」



俺は彼女に疲労回復の魔法をかける。この魔法は多少の疲労感や体の疲れを取ることが出来るのだが、今の彼女の満身創痍状態には先ほど言った通り気休め程度にしかならないだろう。


だが使わないよりはマシだろうと思う。



そうして俺たちは治療薬の入った小瓶を何本か持ってルナの家へと向かう。辺りはすでに真っ暗になっており、街には人の気配はほとんどなかった。


時間的にはギリギリだがルナもまだ起きているだろう時間なので少し小走りで向かう。やはり途中でつらそうなエイアを見かねて無理矢理ではあるが彼女を背負って向かうことにした。


最初は恥ずかしがっていたが、俺が「少しは休んでいろ」と真剣な声色で伝えると次第に大人しくなっていった。ここから彼女の家までは数分ほどかかるのでほんの少しだが目を閉じて休んでもらうことにした。



そして数分後、俺たちはルナの家の前へと到着した。到着するや否やすぐにエイアが俺からすぐに飛び降りて家の扉をノックし出した。



「ルナちゃん、起きてる?エイアよ」



すると家の中からドタドタとこちらへと駆けてくる音が聞こえ、その直後ゆっくりと家のドアが開いた。すると中から寝間着姿のルナがひょっこりと顔を出した。



「え、エイアさん!?こんな時間にどうしたんですか...?ってオルタナさんもご一緒なんですか?!」



ルナは突然の訪問に動揺を隠せていなかった。こんな時間に普通家に来る人なんていないのだから動揺して当たり前である。そのことについては本当に申し訳ないと思う。


だが、事情が事情なので今日のところは許してほしい。



「ルナちゃん!ついに出来たんだよ!!」


「な、何がですか...?」



異様なテンションのエイアにルナは少し引き気味であったが、そんなことはお構いなしにエイアは大きな身振り手振りでルナへととっておきの朗報を伝える。



「魔力欠乏症の治療薬が完成したんだ!!!」


「...えっ、えええええええええええええ?!?!?!?!」



ルナにとってあまりにも予想外のこと過ぎて思わず大きな声が出てしまった。その直後、自分が出してしまった大声に気づいてすぐに口元を抑えて恥ずかしがる。



「え、エイアさん!とりあえず中に入ってください!!オルタナさんも!!」



俺たちはルナに連れられ彼女の家へと入っていった。俺は家の中へと足を踏み入れながら開発した薬がちゃんと効いてくれることを切に願っていた。

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