第8話 靴磨きのシューメイカー

 事務所のドアノブを回すが開かない。鍵がかかっている。グラバーからは特に連絡もなかったが、どこかに出掛けたのだろうか。

 スペアキーもない。だから旧世代のシリンダー錠ではなく生体認証式のものにすればいいと提案したのに。

「どこかで時間でも潰すか。パンプキンスどう思う?」

 応答がない。あのおしゃべりのパンプキンスがだ。

「パンプキンス?」

 パンプキンスがボンッと音を立てる。黒い煙を上がった。

「あー……」

 最近だいぶ無茶をしていた。知らぬ間にダメージが溜まっていたのだろう。

「しょうがない。あそこに行くか」


 

 六番通りの地下へと降りる階段を進んだ先、狭い部屋が並んだ住居群。通称「ネズミ街」。その一角、看板も何もない店が今回の目的地だ。

 扉を開けるとカビ臭い空気が押し寄せてくる。両脇の壁にはよくわからない機械やら工具やらがみっちりと隙間なく飾られている。その真ん中、丸椅子で背を丸めて新聞を読んでいる小柄な老父、それがこの店の主であるシューメイカーだ。

「……いらっしゃい――ってエラか。壊したのか?」

 眉を歪ませ、口元にたくわえた白い髭を撫でる。その見た目はさながら童話に出てくるドワーフのようだ。 

「ちがう。壊れたの」

「壊したやつは決まってそう言うんだ。壊れた機械みたいにな」

 そう言って鼻を鳴らすと店の奥へ消える。物音を立てたかと思うと、年季の入った工具たちを持って戻ってきた。形状はさまざまだが、私にはその違いはわからない。

 彼は無言でこちらに右手を出す。私はパンプキンスをその上に置いた。

 シューメイカーは早速作業に取り掛かる。

「まったく、お前たちは道具の扱いが本当に雑だ。そこらのガキのほうがよっぽどモノは大事に使う。ついこの前もメイジーが来て――」

「へー、メイジーが来たの? 元気だった?」

「すこぶる。相変わらず無口な子だよ」

 そう言ったあと、しばらく沈黙が続く。シューメイカーは見惚れるほどの手際でパンプキンスを分解していった。その手が止まることはない。

 さて、ここにいてもしょうがない。どこかで時間を潰そうか。

「……一週間前の四龍カンパニーの件、あれはお前がやったのか?」

 ドアノブに手をかけようとしたその時、彼はポツリとつぶやいた。

「……そうよ。よくわかったね」

 彼が先ほどまで見ていた新聞には、事件から一週間経った今でも四龍カンパニーの記事が一面を飾っていた。叩けば叩くほど埃が出るのだから記者連中も大喜びだろう。

「あんなバカなことを企てるのはグラバーのバカ野郎くらいだ。いつまでもあんなのと仕事しないほうがいいぞ。仕事は真面目で地味なものに限る」

「心配してくれてるの? でも、こんな珍品の修理をしといて真面目で地味はないんじゃない?」

 顔のパーツがぎゅっと真ん中に寄る。彼は嫌なことを思い出す時、決まってあの顔をする。

「ワンドの婆さんには残念ながら借りがあるんだ。文句言うなら修理代三倍にするぞ」

「冗談。真面目で地味な仕事、感謝するわ」

 


 二十分ほど経った。シューメイカーの手が止まり、聴き慣れた電子音が鳴る。

『やあ、シューメイカー! 久しぶりだね! また少し老けたかい?』

「十年前から変わっとらんよ」

 起き抜けにパンプキンスは彼に話しかけ、シューメイカーは笑いながらその問いに返した。その表情は柔らかい。私相手にも少しは愛想よくしてもらいたいものだ。

「パンプキンス、起きて早々で悪いが〈W.A.N.D.ワンド〉が動くか試してくれるか」

『オッケイ』

 言うが早いかパンプキンスは私のところに飛んできていつものように脚へと靴を纏わせる。

「うむ。問題なさそうだな」

「ありがとう、シュー爺。支払いは電子決済で――」

 シューメイカーが左手で私のギズモを制した。

「? タダでやってくれるの?」

 私の問に首を横に振る。

「違う。お前に依頼がある」

「依頼?」

 彼がそんなことを言うのは初めてだった。仕事の話をすると、帰ってくる言葉は「早く辞めろ」がお決まりだった。

「メイジーが来た話はさっきしたな?」

「ええ」

「その時に次の仕事の話をしてたんだが、アイツはと言っていた」

 クジラ――。

「……そう、今度は遠洋漁業にでも行くのかしら」

「とぼけるなエラ」

 シューメイカーがこちらの目をまっすぐに見据えてくる。

「クジラと言われてピンとこないお前じゃない。アイツは〈ホワイトホエール〉を落とすつもりだ。

 これがどういう意味か、わからないわけじゃないだろう?」

 ご名答。

「そんなのわかってる。だからこそにわかには信じられないわ。

 ひとつでも落としたら、この街に、世界に、どれだけの影響が出るかなんてあの子が想像できないわけがない」

「信じずとも事は起こる。どんな手を使ってもいい。メイジーを止めてくれ。

 それが依頼だ」

「はあ……。修理代にしてはだいぶ無茶な依頼ね」

 シューメイカーは鼻を鳴らす。

「派手な仕事なんてそんなもんだ」

 

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シンデレラアクト 理猿 @lethal_xxx

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