第6話 龍の卵 ③ 殻の中身

「おいおい、先客がいっぱいだな」

 新しく手に入れたマップデータのお陰で難なく目的の空間にたどり着くことができた。中心部がさらに深く縦に空いており、その縁にぐるりと一周デッキが設置されている。私たちの眼下の開けたスペースでは数十人の大人たちがなにやら作業をしていた。

「これは……研究施設? なんでこんなところで」

「ふーん……なるほどな」

「なにがなるほどなの?」

 男はニヤリと笑う。グラバーといい、この男といい、私が付き合いのある大人の男はすぐ私を子供扱いする。

「おいおい、怖い顔するなよ。いいか? あっちのメガネのガリガリはサリエル・ベッツ、その奥の太った爺さんはアーロン・ベッカム、モニターの前にいる女史はイリーナ・テラー――」

 男はすらすらとフロアにいる人々の名前を挙げていく。即興で嘘をついているそぶりもない。

「なに? あんたの知り合いか何か?」

「ちがうちがう。

 あいつらはみんな行方不明になってる研究者だ。工学・医学・分子生物学、ほかにもさまざまな分野の有名どころがいっぱいだ。

 四龍カンパニーのライバル企業のお抱え研究者もいれば、権威のある大学教授もいる」

「行方不明って、……誘拐しているってこと? こんだけ儲かってるなら金を積んで引き抜けばいいんじゃないの?」

 マックスは首を横に振る。

「四龍カンパニーは強引なやり方で会社を大きくしてきたから敵も多いんだ。黒い噂の数も両手両足の指の数ではとても足りない。少なくともあいつらクラスの研究者が金に釣られてヘコヘコついていくメリットはないんだよ」

 そこでマックスは一呼吸置く。

「――つまり噂のドラコエッグの正体は、あの無理やり攫ってきた優秀な頭脳たちだったってことさ」

「……なんとも夢のない話ね」

「都市伝説なんてそんなもんさ。で、どうするの? 君が言う夢のお宝としてのドラコエッグはないわけだけど」

「ドラコエッグはなかった、で帰ってもいいけど……。手ぶらで帰るのも癪ね」

 マックスは私の答えに満足したのか、口角を上げると両の手を勢いよく叩いた。

「よし! じゃあ、これからはドラコエッグ強奪作戦じゃなくて、研究者救出作戦だ!」

「なんかもっとかっこいい作戦名はないの?」

「文句があるなら君が――」

「ネズミはお前らか」

 背後から野太い声がする。

 振り向くとデッキの柵ごと吹き飛ばされて宙へと放り投げられた。体中に痛みが走るが、そんなことに気を取られている暇はない。

 床までの距離はおよそ三十メートル。このまま落ちたら即死だ。

「パンプキンス!!!」

 私の一声でパンプキンスが脚へと〈硝子の靴シームレス・ブーツ〉を纏わせる。左右を見回すと一緒に飛ばされたマックスが気を失っていた。まったく、ここぞというときに頼りにならない。右腕を精一杯伸ばし、辛うじて衣服を掴むことに成功した。

「離れて!!!」

 地面に向かって放った私の声に、研究者たちは蜘蛛の子を散らすように四方へと身を隠した。高電圧装置などの危険な装置を避け、なるべく広いスペースへと勢いよく着地する。着地の衝撃で高そうな機器がいくつか壊れてしまったがそんなことを気にかけている暇はない。散々儲けているのだ、また新しいのを買ってくれ。

 ひと息ついて見上げると、熊のような大男が殴った柵は爆発でもあったかのように吹き飛んでいる。とても常人の膂力ではない。

「マックス」

 応答はない。彼はまだ気を失っていた。

 気絶しているマックスの頬に平手を一発入れる。なんとも情けない声を出して彼は目を覚ました。

「いてて……」

「四龍カンパニーは動物園も経営してるんだっけ?」

「ん? 戦車から洗剤まで売ってるんだ、いかれた熊の一頭飼ってても不思議じゃないな」

 階下に降りてきた熊男はぐるりと首を回してこちらを捉えた。唸り声をあげながらゆっくりとこちらに近づいてくる。

「アンタ麻酔弾とか持ってないの?」

「猟師じゃないんだから。でも実弾はさっき弾かれたし、効くかな? 本当に熊みたいだ」

 さっき吹き飛ばされるまでのわずかな間に撃っていたのか。それも警告もなしに。

「……あんたも大概いかれてるわ」

 腰を低く構える。熊男までの距離は目算で十メートルほど。こちらに襲いかかってきたら〈硝子の靴シームレス・ブーツ〉の出力を最大にしてあいつの腹に思いっきり蹴りをお見舞いしてやる。鉛玉よりは多少効果があるだろう。

 熊男が歩みを止める。そして、ゆっくりと口を開いた。

「いま大人しく捕まったら命だけは助けてやるぞ」

「それが不意打ちで突き落としたやつのセリフ? 笑わせないで」

「檻に入るのはあんただよ、四龍カンパニーの最高警備責任者シギー・ウルズ。その体も違法な肉体改造かな? うーん、調べがいがありそうだ」

 熊男あらためシギー・ウルズはピクリと反応を見せる。マックスはまたしても相手の名前を言い当てたらしい。なんとも記憶力のいい男だ。いや、これは――。

「……さっきから気になってたんだけど、あんたもしかして――」

「ん? ああ、言ってなかったか? おれの仕事は潜入捜査。凄腕捜査官のマックス・ケーナインだ。以後よろしく」

 親指を立ててポーズを決める。まったく、同業者かと思えばとんだ狸だ。

「ごちゃごちゃごちゃごちゃと、ここで殺しちまえばお前らが誰かなんて関係ないんだよ!」

 こちらのやり取りに痺れを切らしたウルズの右拳が飛んでくる。その拳が振るわれる度にこの部屋にはガラクタが次々と増えていった。彼のパンチの威力は相当なものだ。しかし一方でその攻撃は大振りで隙だらけである。

 相手が腕を振り下ろすタイミングを見図り、腹部へと右脚で思いっきり蹴りをお見舞いする。ウルズはくぐもった声を上げその場で膝をついた。

 しかし、それも束の間。ウルズは先程よりも殺気立って立ち上がってくる。

「呆れた。車の二、三台は廃車にできるくらいの威力はあるんだけど。本当に人間?」

「ふんっ! なんの意味もなくこいつらを飼ってるとでも思ってるのか?

 我々がより強大で、より絶対の力を得るためにこいつらには日夜ここで研究をさせている。普段の生活のなかでお前たちもその研究成果を甘受しているんだぞ? 感謝して欲しいくらいだ。

 そして、同時に日々恐ろしく強靭な兵器が生み出されている。

 この体もそうだ」

 興奮もあってか、ウルズは自らの演説に酔いしれるようだ。

「そう。あなた熊じゃなくてモルモットだったのね。失礼したわ」

「君はどうして人の逆鱗に触れていくんだい?」

「お互い様でしょ」

 ウルズはおもむろに懐から赤い液体で満たされたシリンジを取り出し、自らの左上腕に突き刺す。彼の皮膚にはみるみる血管が隆起していった。目元などはもはや仮面かなにかを被ったかのように血管で覆われている。

「マックス。あなたはそこで見てて」

「おい! 待てって!」

 制止の言葉を振り切って私は駆け出した。

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