第5話 龍の卵 ② アリアドネの糸
「あんた何者なの?」
「こっちのセリフだぜお嬢ちゃん。それにそこは荷物しか入っちゃいけないんだ」
清掃員の姿に身を包んだ男がこちらにハンドガンを構えながら話してくる。
「アタシは仕事があるの。掃除しているだけなら見逃してあげる。でなきゃ掃除されるのはあなたよ」
「おいおい、物騒だな。そもそも一般人はこのフロアまで入れないはずだぜ。おまえ同業者か?」
「……だったらなに?」
沈黙が流れる。「パンプキンス」と声を上げようとしたその時、男は構えていた銃を下ろした。一体どういうつもり?
「よかったー! 出られなくてどうしようかと思ってたんだ」
「は?」
男はいきなり大きな声をあげる。その顔はさっきまでとは打って変わってあまりに情けない。
「なに? あんたもドラコエッグを探しに来たんじゃないの?」
「もちろん! 依頼でな。ただ俺みたいに優秀な人材でも上手くいかないときもある」
「……なるほど、じゃあさっきのロイドの群れも迷子の不審者を捜索しにここまで来てるってことね」
最悪だ。せめて優秀な同業者であって欲しかった。男はこちらの気持ちなどお構いなしにべらべらと話を続けている。
「しっかし、迷宮に迷い込んだおれを助けてくれたあんたはさながら慈悲深きアリアドネだ。おれの名前はマックス。なあ、お嬢さん、キミの名前は?」
「はあ……、好きに呼べば?」
呑気なやつだ。今の状況がわかっているのだろうか。
「つれないねえ」
視界の端、男の背後にヘキサロイドが映る。あいつらはネットワークで情報を共有することができる。一台に見つかったらその情報はあっという間に拡がってしまうだろう。これ以上こちらの情報を与えるわけにはいかない。
「パンプキンス!」
『了解。――
私の脚をパンプキンスが包む。ヘキサロイドへと一気に加速して間を詰める。こちらの姿を捉えられる前に次々と蹴りを入れていく。あっという間にそこにはガラクタの山ができた。
それを見ていた男が高い口笛を鳴らす。
「すごいなアリア! なんだそれ?」
「アリア?」
「好きに呼んでいいって言っただろ? アリアドネからアリア。いい名前だろ?」
「……勝手にして。それとこれのことも教える気はないから。
まったく、早くドラコエッグを見つけないと。派手に暴れすぎた。あんたのせいでね」
「優秀な俺に失礼な発言だよ。それは」
男は両手を八の字に広げて肩を竦める。妙に様になっているのがまた憎たらしい。
「そう、優秀だと冗談もうまいのね」
「よく言われるよ」
ヘキサロイドの異変を嗅ぎつけてここに援軍が来るのは時間の問題だ。すぐにドラコエッグへの手がかりを見つけなければ。おそらくに見つかっているのはまだこの男だけだろう。
こいつを囮にするか?
どうする?
明かりが抑えられた室内、窓もない壁は数えきれないほどのモニタで覆われている。そこへ熊のような大男がドタドタと大きな足音を立てて入ってきた。男はすぐ近くにいた監視員の襟首に両手で掴みかかる。いまにも噛みつきそうな勢いだ。
「おい! ネズミはまだ捕まらないのか?」
「つ、追跡していたロイドの信号が消えてしまって――」
「言い訳は聞いてない! どんな手を使っても捕まえるんだ!! わかったか!!!」
「は、はいいいいい!!!」
そう言って監視員を乱暴に放り投げ、大男は肩をいからせて部屋を後にした。残された監視員たちは青ざめた顔をして慌ただしく動き出す。
「何をしてるんだ? アリア」
さっき破壊したヘキサロイドの山を漁る。私の考えが正しければ、ここを切り抜ける切り札はここにあるはずだ。
「あんた私と会った時、『ここを通っているはずはない』って言ってたわよね」
「ん? ああ、ヘキサロイドのことか? あいつらは基本的に決められてルートを時間通りに走行しているからな。ここに入る前に調べたから間違いない」
「そう、そこよ。あいつらはこのフロアを問題なく捜索していた。とういうことは、こいつらはマップデータを持っている。この地下を攻略する手がかりを。……あった! パンプキンス」
『はいはい』
「! なるほど、確かにその通りだ!」
パンプキンスを基盤の所へ持っていく。電気信号を介し情報を読み取るのにさほど時間はかからなかった。
いま読み取ったデータを空中に展開する。いま私たちがいるのが地下五階、最深部はここからフロアを三つ降りた広い縦長の空間になっている。これで情報は申し分ない。
「おし! じゃあ行こうか!」
マックスは声を弾ませた。こちらに近寄ってくる彼を手で制する。
「役立たずはいらない。言ってる意味、わかる?」
マックスの眉毛は左右でひとつの大きなNの字を描く。
「おいおい、知らないのか?」
「何を?」
「昔々、アリアドネが助けた男はのちに迷宮の怪物を倒して英雄になったんだぜ」
「……で?」
「恐ろしい迷宮を進むなら頼りになるおれを連れて行ったほうが絶対にいい」
頭が痛い。本当に私の周りにはロクな男がいない。
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