第4話 龍の卵 ① 竜巣に入らずんば

「ドラコエッグを奪ってこい?」

「人聞きが悪いな。ちょっとナイショで貸してもらうんだ」

「一緒よ」

 早朝のカフェテリアは適度に人が少なく居心地がいい。出来立てのカリッと仕上がったクロワッサンも少し濃い目に淹れられたコーヒーも――少し熱めだが――私の好みだ。まさに理想的な場所と言っていいだろう。目の前にこいつが座っているということを除けば、だが。

 グラバーはこちらの嫌味を無視して続ける。

「近年急成長してきたコングロマリットである四龍スーロンカンパニーの最重要機密情報、誰が呼んだか〈龍の卵ドラコエッグ〉。現行機の性能を遥かに凌ぐスーパーコンピューターやいまだかつてない人工知能、はたまた超極小の精密機械などなど、その正体ははっきりしない。お前も聞いたことくらいあるだろう?」

「もちろん知ってるわ。有名な都市伝説だもの、それ。でも所詮は都市伝説。急激に膨れ上がった企業に噂話はつきものでしょ?

 まさか信じてるの? そんなのを」

 コーヒーを一口啜る。まだ少し熱い。まったく、朝食の時間くらいこの男は静かにしてくれないものだろうか。

「都市伝説じゃない。ドラコエッグはある」

「……根拠は?」

「いい依頼があった。これは受けなきゃ損だ。依頼があるんだからない訳がない、だろ?」

「それはある根拠じゃなくて、あって欲しいっていうアンタの願望でしょ」

 彼はわざとらしくため息をつく。右手にフォークを手にしてクルクルと回し、芝居がかった口調で続けた。

「火のない所に煙は立たない、種が撒かれてなければ芽はでない。そして、龍の巣には卵があるのが世の常だ。そうだろう?」

 そう言いながら見事なサニーサイドアップの目玉焼きにフォークを突き刺す。半熟の黄身がトロリと純白の皿へ溢れた。

「ドラコエッグはある」

 こうなってしまってはなにを言っても無駄だ。この男はそう言う男だ。

「はぁ……報酬は?」

 彼ははニヤリと笑って胸ポケットから小切手を差し出してきた。金額に目を落とす。まあ、悪くない金額だ。

「こんなにアタシに分け前をくれるなんて、よっぽど金払いのいい客みたいね」

「お前の活躍のおかげで評判がいいからな。電話も鳴り止まないし、おかげで寝る暇もない」

「そう、昨日事務所に帰ったらソファで気持ちよさそうにイビキをかいていたのは誰だったかしら」

「――とにかく、ほかの奴らも嗅ぎつけているかもしれない。早急に対応してくれ」

 彼は残ったパンで皿についた黄身を拭き取ると、一口でそれを飲み込んだ。

「それじゃあ、よろしく頼むぞシンデレラ」

「それはやめて」

 グラバーはそう言い残すとムカつくくらい颯爽と店を出た。

 テーブルには私ひとり。会計? もちろん私だ。


 四龍カンパニーは街の中心部から少し外れたところに拠点を構えている。

 高さ三◯◯メートルほどの細長いビルが四棟、東西南北の対角線上に配され、ところどころに建物を行き来するための回廊が渡っていた。真っ黒な外観は少し離れたところから見ても異彩を放っている。四龍スーロンタワーズと名付けられたそのビル群はまさに雄々しい四匹の龍が首を伸ばしているようだ。

「さて、どうしようか」

 グラバー手製の分厚い資料の束に目を通す。そこにはどこで入手したのかわからない図面も一緒に綴じてあった。

「パンプキンス。この図面をデータ化してくれる? 終わったら展開して」

『オッケイ、任せて』

 ものの十数秒でパンプキンスは図面データを空中に展開した。通路、ダクト、人が通れそうなところをひと通り洗い出す。あとは各ブロックを隔てるセキュリティをどう掻い潜るかだ。

 四龍タワーズは各タワーが下層・中層・上層に分けられ、各階層を行き来するためには権限を持ったセキュリティカードが必要になる。

「ドラコエッグはどこかしらね」

『普通に考えたらセキュリティが一番厳重なエリア上層階になるんじゃない?』

 その意見はもっともだ。私もそう思う。

「だからこそ、じゃないかもね」

『? どういうこと』

「これを見たらみんなそう考える。ここにある情報だけではね」

 もう一度図面に目を通していく。地下エリアは二階まであるが、該当の図面にはいくつか少し不自然な部屋割りになっている箇所がある。

「あの天を衝く龍の首は囮。ドラコエッグは……地面の下にある。とかどう?」

 地面を足で叩く。

『なるほど。試してみる価値はありそうだね』

 表向きの地下エリアの用途は地下一階が倉庫、地下二階に中枢のビル設備が集約されている。となればそこに行き着くまでに不自然でない装いはビルの設備員や警備員ということになる。それか――

「あれが使えそうね」


 

 四龍タワーを構成するひとつである東龍柱イーストタワー、その搬入口から荷物に紛れて中に入る。途中異物を検知するゲートがあるがパンプキンスにかかれば欺くのは容易だ。

 中に入ったらあとはこっちのもの。防犯カメラの位置は把握している。素早く死角となる位置に隠れて通路を伺う。

「パンプキンス準備はいい?」

『いつでも』

 視線の先にはフロアを滑る六脚自動人形ヘキサロイドがいる。ヘキサロイドは六本の脚を持った自律型ロイドだ。後部にアタッチメントを持ち、状況や用途によって様々なものを取付けることができる。このビルでの用途は大きく三つ。清掃と警備そして運搬だ。

 運搬用のヘキサロイドにはアタッチメントで大きなカーゴがついている。人ひとりは余裕で入る大きさだ。

 死角から運搬用ヘキサロイドに近づき、パンプキンスをかざす。小さく電気が走ったかと思うとそれは動きを止めた。

『もういいよ』

 急いで後ろのカーゴから荷物を除く。十分なスペースが空くとその中に滑り込みハッチを閉めた。

「動いていいわよ。パンプキンス」

『オッケー』

 ヘキサロイドはゆっくりと動き出した。これは我ながら冴えていると思う。さすがに、十代の女では施設職員に変装したところでどうしても違和感が出てしまうだろう。

 図面にあった目星をつけた箇所に来ると、搬入用の大きなエレベーターがあった。ビンゴだ。ヘキサロイドが何体かエレベーターの到着を待っている。彼らもも人間も移動手段は変わらない。その群れに混ざって〈図面にない場所〉に向かうことにしよう。

 図面に載っていた地下二階を過ぎてさらに潜る。しばらくすると地下五階でエレベーターは止まった。

 エレベーターが止まりドアが開くと、ヘキサロイドは散り散りにどこかへと向かっていく。

 さて、まずはこのフロアの全体像を把握しないと――。

 高い金属音が鳴った。

 誰かがこのヘキサロイドに向かって銃を撃っている。

「なんだなんだ。この時間そいつはこのフロアにいないハズだぜ」

 ハッチの隙間からグレーの清掃服の男がハンドガンを構えてこちらを牽制しているのが見える。

 そして気になるのは今のセリフだ。

 まさかこの男、ヘキサロイドの運行時間と順路を把握しているのか? とにかく、カーゴに隠れて後手に回るのは愚策だろう。ゆっくりとハッチを開けてその男に相対した。

「あんたこそ何者なの?」

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