第3話 身にあまる報酬 ③ もの言わぬ餞別
「選べ! そいつをよこして死ぬか、それともよこさないで死ぬか」
髭面の男は下卑た笑い声を上げながらこちらに問う。悪役が板についていて清々しいほどだ。
「なにが可笑しい!」
おっと顔に出ていたらしい。
「知ってる? シンデレラってのは運命の王子様以外に捕まったりしないの」
〈
右脚を後ろに引いて大きく蹴り出し、絡みつくワイヤーごと振り切った。たまらずワイヤー、そしてその大本の車両もその動きに追従する。こうなればこっちのものだ。
そのままの勢いで男たちの周りを周回すると、巻き上げられるようにワイヤーが男たちに絡みついていく。あっという間に男たちはひとまとまりの団子状態になった。
纏わりついてたワイヤーは摩擦によって真っ赤になり、最後には白く燃え尽き溶け落ちる。
「残念だけど、この靴はちょっとあんたには似合わないわ」
髭面の男の額には青筋が浮かんでいる。歯軋りでいまにも歯が砕けそうだ。
「くっそ!! おい早くこれを切れ!!」
「無茶言わないでください! 切れないって言ったのはアンタでしょ!」
「そんなの関係ないんだよ!!」
まったく、仲の良いことだ。さて、結構な騒ぎになってしまった。警察もすぐ来るだろう。
私も早く離れるとしよう。
「おい! ガキ!」
こちらに聞こえるくらいの囁き声で、ボスはぼくの名前を呼んだ。ぼくが振り向くと顎で後方の車を指し示す。
「あの車の後部座席から黒いケースを持って来い。それがあればこいつを切れるかもしれねぇ。
そしたら約束の一千万は払ってやるよ」
生唾を飲み込む。こいつはさっきぼくを裏切った。でも、手段なんか選んでられない。
そうだ、金が必要なんだ。
「……わかった」
後部座席を開けると言っていた通り黒いアタッシュケースが入っていた。持ち上げるとずっしりと重い。なんとか引きずり出してボスのところに向かった。
黒いケースを見てボスはニンマリと口角を上げる。
「よーしいい子だぁ。それを開けると特注の工具が入ってる」
言われた通りにケースを開けるとそれは鈍い光放ち、ケースに収まっていた。
「それだそれ! さあ!! それで早く――」
鈍い音があたりに響く。ぼくが振り上げた工具がボスの頭部を捉えた音だった。ボスは悲鳴を上げる暇もなく気を失う。周りの男たちも突然の出来事に声が出せないでいた。
心臓を打つ速度が速くなっているのが自分でもわかった。
「はぁ……はぁ……。もうお前には頼らない。金は、自分で死んでも稼ぐ」
「へー、やるじゃん」
こちらを振り返ったエラが小さく笑った。そして彼女は再び前を向き歩き始める。
その後ろ姿を慌てて追いかけた。
「待って、さっきのことちゃんと謝らせてくれ! まだ――」
唇にエラの人差し指が触れた。
「さっきので気は済んだ。ぶん殴る件、チャラにしてあげるよ。アンディ」
「……また、会えるか?」
エラは小さく微笑むと、幾重のライトに照らされた舞台から姿を消した。
サイレンの音が近づいてくる。
深呼吸をひとつしたあと、背筋を少し伸ばした。
窓から入ってくる風が優しくカーテンを押す。
ここは最新の設備が揃っている病院ではないが、先生は金のないぼくたちにとても親身に接してくれるし、なによりここからの景色はこの街でも出色の美しさだ。
母さんの病気にもきっと効いてくれる筈である。
いつものように朝一番に母親に会いに受付を訪れると、先生がそわそわとした様子で事務員さんの後ろに立っていた。
「アンディくん! 待っていたよ!」
そう言って先生は、ぼくに分厚い小包を差し出してきた。
「? なんですかこれ?」
「君の知り合いという方から今朝方預かってね」
小包には「アンディへ」とだけしたためてある。丁寧に封を開けると、中には束になったお金がいくつも入っていた。それを見て先生が目を見開く。
「! ちょっと見せてもらっていいかな……うん、うん! これだけあれば大きな病院で手術を受けられるよ!」
「! ホントですか?」
でも、誰がこんな大金を。今のぼくにとって身にあまる大金だ。
まさか――。
「……もしかしてこれ、丸メガネをかけたおさげの女の人が持ってきましたか?」
「え? えーっと、どうだったかなー?」
先生はとぼけて顔を逸らす。受付の女性は小さくため息を吐いた後、訳知り顔でぼくの頭を撫でた。
「坊や、それを聞くのは野暮ってもんよ」
グラバー商会の社長室。
その主であるグラバーが慌ただしく部屋の隅々をひっくり返し、棚という棚、引き出しという引き出しを漁っている。
「なあエラ。金が一千万ほど合わないんだ。なにか知らないか?」
ゴミの山からグラバーが顔を出す。
「知らないわ。日頃ちゃんと掃除しないのがいけないんじゃないの?」
いつものカップにポッドからお湯を注ぐ。間に合わせのインスタントコーヒーにしては悪くない香りだ。
「おいおい、この事務所はお前の事務所でもあるんだ。掃除しないのはお互い様だろ。
たまには掃除してくれてもいんじゃないか?」
「イヤよ」
グラバーは唇を尖らせ作業に戻る。
報酬をケチった罰だ。
ゴミを押し退けて作った隅の小さなスペースで、私は熱いコーヒーを一口啜った。
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