第2話 身にあまる報酬 ② 魅力的なエサ

 街は眠らない。

 すっかり夜だというのにそびえ立つビル群は昼間以上の明かりをたたえていた。その夜景を跨ぎ、ビルの間を縫うように進んでいく。

「なあ、もっと安全な手段はないのか!?」

 アンディが背中に必死にしがみつきながら叫ぶ。

「荷物が贅沢言わないで。目的地まではこのビルを突っ切るのが一番早いの」

「パルクールじゃないんだからさ! うっ……」

 アンディが苦悶の表情で口許を押さえた。

「! ちょっと勘弁してよ!?」

「うう……あそこで下ろして」

 アンディは弱々しく近くのビルを指差す。仕方ないので束の間の休憩を取ることにした。ビルに降りるとそそくさと陰になるところへと消える。

「胃の中空っぽにしてよ。私にかけたら行き先はあの世に変更だから」

「うるさい……こっちは客だぞ」

「客は依頼に来たおっさんで、アンタは高い荷物。勘違いしないで」

 さっき貰った札束を二つ取り出す。

「文句があるならこの依頼はナシ。はい、金なら返すわ」

「二百?……今回は一億払うって言ってたけど」

「はあっ!?」

 報酬が依頼料の二パーセントとは。あの男もいい根性をしている。脳裏にグラバーのふざけた顔が浮かんだ。

 それと同時にふと疑問が湧く。

「あんたみたいなガキを逃がすために一億? なにか隠してる? ボンボンかなんかなの?」

 アンディがすっと目を逸らす。

「……さあね。当ててみなよ」

 なにかがおかしい。まあうちに来る依頼なんてロクなもんじゃないのはいつものことだが。

「うーん……。一番単純なのはあんたがその金をかける価値があるほど重要な人物であること。

 それこそどっかの金持ちや政治家の息子とかね。小汚い服はカモフラージュの線もあるけど。まあ、隠せることと隠せないことがあるわ。これはなしね。

 なにかに秀でてるって可能性も……うーん、なさそう。

 次に考えられるのは――」

 二十時を告げる色鮮やかなライトアップが一斉に街に灯る。私たちが立っている屋上も眩しいくらいにはっきりと明るくなった。

 遠くのビルの屋上でキラリと一瞬なにかが光る。金属の反射。銃だ。こちらを狙っている。

 アンディへと一気に間を詰め、その頭を地面に押さえつけた。その横を鋭い風切り音とともに銃弾が掠めていく。

「――ってところかしら」

「……!」

 

 

「バッカ野郎! ハズしやがったな! どうすんだよ!」

「だからさっさとやっちまえばよかったんだ! 俺は言ったぞ!」

 少し離れた雑居ビルの暗がりで、双眼鏡を覗いて数人の男たちが言い合いをしている。

「肝心のところで使えねえ。あいつはクビだ!」

「そんなのは後でいい! 次だ次! あいつら追いかけるぞ!」

 口々に言葉を発して、我先にと男たちは押し合いながら出口に向かった。

 

 

 呆然としているアンディを右肩に抱える。こんなところにいてはいい的だ。

 踏み出そうとした次の瞬間、重力から解放される。足元のビルが何者かによって爆破され、崩壊を始めていたのだ。空中で体勢を整え、崩壊する瓦礫を足場にして既のところで脱出する。眼下の人混みへと着地すると、悲鳴を背に人波を縫って大通りへと抜け出した。

「な、なんで……?」

 呆然とした顔でアンディがこちらをまじまじと見る。

「やっぱりあの金は釣り餌だったわけね」

「……あいつら、おれのことも殺す気だった」

「あんたがどんな奴らと付き合おうと勝手だけど、バカと付き合うのはやめときな」

「……ごめん……ありがとう」

「礼はいらない。これが済んだらぶん殴ってやるから覚悟しといて」

「待てえええ!! お前ら!!」

 野太い声のする方を見ると、武装した男たちが違法に改造された車両で追走して来ているのが見えた。なんともむさ苦しいパレードである。

「チッ、口閉じといて!」

 出力を上げて更に加速する。パレードもこちらを見失わないようにスピードを一気に上げた。

 側道へと進路を変更しようとすると、警告音とともに一方通行を知らせるホログラム標識がポップアップする。それを無視して更にスピードを上げて進んだ。

「あっちだ! 絶対逃がすんじゃねぇぞ!」

 追う男たちも私に合わせて進路を変更してくる。しかし、男たちの目の前には私ではなく、輸送用の大型車両が立ち塞がった。悲鳴は衝突音に掻き消される。

「ったく、ちゃんと前見とくことね」

 頭上で交差する道路にぶらさがりながらその様子を確認する。もう追手はいないようだ。

 橋桁からひらりと高架の道路に着地する。残念なことに、そこにも男たちが待ち受けていた。周りを囲む車のフロントライトが眩しい。

「はあ……しつこい男は嫌われるわよ」

「おれみたいなのは顔が良くない分、しつこくいかなきゃいけないんだよ、『灰かぶり』ちゃん」

 集団のリーダーであろうか。恰幅のいい髭面の男が話す。

「あんたが今回の黒幕? 目的はなに?」

「ふんっ……とぼけるなよ。それだよそれ」

 髭面の男は丸々と肥えた指で私の脚を差す。ニヤけた顔で続けた。

「一夜にして街ひとつ廃墟にした悪魔。灰にまみれて佇む少女を見て、誰が呼んだか『灰かぶり』。

 まるでおとぎ話だ」

「おとぎ話? 法螺話の間違いでしょ」

「だが、その話を聞いたとき、おれはピンときたぜ! その脚の機械、間違いなく稀代の天才科学者ヴェルナ・“マザー”ワンドの科学兵器。〈W.A.N.D.〉ワンドだ。

 それが欲しくない奴がいるか?

 おれたちが使っても、高値で売っ払ってもいい。それを手にするためなら一億なんてはした金だ。

 それなのによ――」

 髭面の男がアンディを睨みつける。

「ったく、そこのガキがもっと上手くやってたら今頃祝杯を上げてたのに。報酬はなしだクソガキ! お前も母親も勝手にくたばっとけ!」

「そ、そんな!」

 髭面の男が右手を上げる。男の背後の車両たちから無数のワイヤーがこちらに向けて照射された。

「!」

 量は多い。だが、たいしたことはない。

 脚を踏み出した一瞬、視界の隅にアンディが映る。気付いたときには彼を押し出し、ワイヤーの群れから逃していた。数本のワイヤーが無防備な私の右脚を捉える。

 そして、なんとも情けない姿で転んでしまった。

「ハッハッハッ! 油断したな、灰かぶり! そのワイヤーはお前を捕まえるための特注品だ。決して切れやしねぇ!

 選べ! そいつをよこして死ぬか、それともよこさないで死ぬか」

 こちらを見下ろして、髭面の男はニタニタと笑った。

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