シンデレラアクト
理猿
第1話 身にあまる報酬 ① 一億のバゲージ
古い雑居ビルの二階。その一角の塵ひとつない応接室で二人の男が机を挟んで相対している。
「一億で頼む」
恰幅のいい男が手元のアタッシュケースを開くと、札束がぎっしりと詰まっていた。
「おお……」
それを見た事務所の主人であるデナーロ・グラバーも一瞬息を呑む。咳払いをひとつして座り直した。
「たしかに。で、依頼内容は?」
男は身を乗り出してくる。まるでグラバーを品定めするかのようだ。
「逃がして欲しい奴がいる。できるか?」
「もちろん。お安いご用ですよ」
グラバーは間髪入れず答える。
「百万だ」
散らかった社長室とは名ばかりの部屋。不釣り合いに立派な椅子に座るグラバーが札束をこちらに向かって雑に投げてきた。それを一瞥し、ゆっくりと視線をグラバーに移す。
「……依頼内容は?」
「とある子供を目的地まで連れ出してくれ。いまそっちの部屋に待たせてある」
「いやって言ったら?」
こちらに右手を出して続く言葉を制する。
「エラ、うちのモットーは?」
またこの問答だ。
「……いつ――」
「そう! 『いつでも』! 『どこでも』! 『どんな手を使っても』! だ!」
グラバーはこちらの言葉を遮り、つらつらとモットーを述べる。グラバーの後ろには、その三箇条が立派な額縁に収まって高々と掲げられていた。
「迷子のペット探しから要人の護衛まで。普通なら誰も受けないような依頼でも『はい、喜んで!』と二つ返事で受け入れる。それが我々グラバー商会だ! そうだろう?」
グラバーは得意気な顔でそう続けた。
「子供は苦手。他の人に頼んで」
「おいおい、他の奴なんていないことはお前もわかってるだろ? グラバー商会はおれとお前の二人三脚。お前には全幅の信頼を置いているんだぜ」
そう言って気安く肩を組んでこようとするので、一歩引いてそれを避ける。グラバーの右腕は空を切った。
「……報酬が不満か? しょうがない、特別に百万上乗せしよう。今回だけだぞ」
上着のポケットから一束取り出し、こちらに向かって投げてくる。これで机の上の札束は二つになった。わざわざ胸ポケットに仕込んでいるということはこちらの反応も織り込み済みということだろう。
グラバーの
「悪いな。次の依頼だ。今回の資料と地図はそこにあるから目を通してくれ。タイムリミットは今夜零時まで。
魔法が解ける前に、よろしく頼むよシンデレラ」
「その呼び方はやめて」
私の言葉を最後まで聞くことなく、グラバーは一張羅のジャケットを羽織り颯爽と事務所を後にする。
壁に掛かった時計は十八時を少し過ぎていた。
隣の応接室へ入ると、年季の入った革張りのソファに少年が座っていた。年齢は十歳前後だろうか。服装は年相応だが、あまり良いものは着ていない。
机にはグラバーが精一杯用意したであろう飲み物やお菓子が手をつけられずに残っている。少年がこちらに振り向く。
「こんにちは、お姉さん」
「えっと……あんたがアンディ?」
手元の殴り書きされた資料に目を落として名前を確認する。
「そうだけど……今どき手書きの資料なの? ギズモとか持ってない感じ?」
「……ええ、気持ちがこもってて最高でしょ?」
そう言って肩をすくめた後、資料を隅の屑入れに放り投げる。見事に受け止めた後、屑入れは情けない音を立てて横に倒れた。どうせ読めたものではないのだからあっても大差ない。
「さっさと支度して。時間がないわ」
「待って。どうやって目的地まで行くの? その歳で車は運転できないでしょ? タクシーとか? まさか自転車とか言わないよね?」
少年は訝しんだ顔でこちらを見る。彼の反応はもっともだ。運び屋なんてのは屈強な男、少なくとも大人がやるのが普通である。
それに比べて私はまだ十五歳であるし、学校帰りの今、野暮ったい丸眼鏡をかけた冴えない女子学生にしか見えない。この反応は至極当然であるといえる。
まあ、それは常識で言ったらの話だ。
「私が担いで走っていく」
「……はあ?」
「パンプキンス」
『ハーイ。呼んだ? エラ』
左前髪につけた髪飾りから陽気な返答が返ってくる。カボチャ象った髪飾りのパンプキン・パンプキンスだ。あー、髪飾りというのは少し正確ではない。彼は髪飾りの姿をしているがちょっとだけ特別な機械である。
『今日もいい感じに決まっているね。気分はどう?』
「パンプキンス、無駄なおしゃべりはいい」
アンディの視線が私とパンプキンスの間を往復している。
「
「まったく、せっかちは嫌われるわよ。――パンプキンス」
『オッケー! ――〈
パンプキンスはさっきまでの弾むような口調とは一変し、機械的に言葉を発する。すると、彼はその姿をみるみると変えていった。溶けるように液状化したかと思うと、繊維状に変化しながら私の両脚を包み込むように巻き付く。そして、ブーツを思わせる透き通る純白の装甲へと姿を変えたのである。
「
伊達眼鏡を外し、頭に掛ける。
「車なんかより速いから心配しなくても大丈夫よ、少年」
「……必殺技とか撃てる?」
「さあね」
そう言って私は肩をすくめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます