第4話 ︎︎シンデレラオーディション!
「今日は演劇部はおやすみなんだけどね。三城さん……だっけ。どうしても部室を開けてほしいって言われて」
︎︎ナイス雪。さすが私の幼馴染。顔が広い友人は最強デッキだ。
「はい。あの……どうしても、先輩にしか話せないことがあって」
「俺にしか?」
︎︎この先輩、こんな柔らかそうな顔して一人称「俺」なんだよな。「ギャップ萌えじゃん〜」って女子が騒いでたっけ。
︎︎演劇部部長。
︎︎通称「演劇部の王子」。
今年3年生で、確かA組だっけ。入部からわずか1ヶ月足らずで主役を務め、以降その座を誰にも譲ったことがないという実力派。
我が校が唯一誇れる「文化部」が演劇部なのだ。あらゆるコンクールを総なめにし、全国高等学校総合文化祭(略して全国総文)には毎年常連校となっている。
そんな演劇部の部長を1年生の頃から務めている水無瀬先輩の実力は、推して知るべしだろう。
加えてそのルックス。栗色の柔らかそうな髪に垂れ目気味のとろける瞳。身長が高いわりに柔和な雰囲気を漂わせる彼は、本当の本当に……どこかのサイコパスとは違って、王子様然としている。
………………なぜ私がこの先輩に関してこんなに早口長文で語れるかと言うと、もうお分かりだろうが、調べつくしたのだ。
入学したあとの演劇部の新入生歓迎公演で先輩にひとめぼれした私は、その後あらゆる伝手を辿って調べつくした。
正直灰田のことを笑える立場ではない。……まあ私は先輩の住所も体重もBMIも知らないけどね。
調べつくしたといっても、ほとんど入学して速攻人脈作りに勤しんでいた雪の知り合いを辿ったのだが……幼馴染が陽キャってお得だなと身に染みた。
「あの……今度の先輩の引退公演のことで、お話があって」
「俺の、というか3年生だけどね」
そうだった。先輩しか目に入ってなかった。
「……すみません。それで、ですね……今度の引退公演の演目って、その」
先輩は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに笑って答えてくれた。
「ああ、『シンデレラ』だよね」
そう。今度の先輩の――3年生の引退公演の演目は、「シンデレラ」。
何の脚色もアレンジもしない、正真正銘みんなが知っているあの「シンデレラ」である。
ちなみにペロー童話版。
「緊張するなあ。ほら今まで恋愛ものの演目、やったことないから」
演劇部、というか校内の暗黙の了解がある。
「恋愛ものは絶対やらない」
多様性を尊重するため、価値観を押し付けないようにするため、という論理の破綻もいいとこな建前があるが、私は違うと思う。
先輩の相手役が全校生徒の共通敵になることを防ぐため。
要は嫉妬である。
でもいいルールだと思う。私も先輩が誰かと嘘でも恋愛するとか絶対無理。学校辞める。
本人に自覚があるかは知らんが、なんせ学園のアイドルとして君臨している「水無瀬零」を誰かが独り占めするとか万死に値する行為だ。
……まあ私はその「万死に値する行為」を実現させないと足切り落とされるのだが。どっちにしろ死ぬんじゃないの? わたし。
「でもね、言い出したのは俺だからね。『シンデレラの王子役』、ちゃんと演じきってみせるよ」
そんな暗黙の了解を破る不届き者がいた。
水無瀬零本人である。
「あの、なんで急に、なのかはわかりませんけど……恋愛ものなんか、それも『シンデレラ』なんかやりたいって言いだしたんですか」
先輩は一瞬悲し気な顔をしたが、質問に答えることなく「ないしょ」とだけ口にした。
「それでさ。俺にしか話せないって、どういうこと? 演目が『シンデレラ』の理由?」
「ああいえ……それは、べつに」
なんでこう私は好きな人に対しても愛想がないんだろう。自分で自分が嫌になる。
私は本題を話すために、胸に手を当てた。先輩は不思議そうな顔で私を見つめている。
「今度の演目、『シンデレラ役』は演劇部外でも、募集してるんですよね?」
先輩は、一瞬驚いた顔をしたが
「うん……俺は、いつも通り部内でオーディションにって言ったんだけどね。なぜかそうなっちゃった」
首の後ろを掻いて恥ずかしそうに俯く先輩。先輩からしたら「なぜか」だと思うが、私含め女子連中からしたらラストチャンスなのだ。
しかも今回の演目は恋愛もの。先輩の相手役になれる、このチャンスは二度とめぐってこない。
「チャンスの神様は前髪しかない」、ほんとそうだなと思う。
だからこそ、言わないといけない。
どんなに恥ずかしくても、どんなに夢見がちだと笑われても、口にしなきゃ始まらない。
だって私、このままじゃ足、斬られちゃうんだから。
「私に、『シンデレラ役』やらせてください。……いえ、やります。オーディションでも、組織票でも、なんでもやってやります。っだから!」
だから。
「わたしのこと、覚えておいてください。
なにか言われる前にバンっと扉を開けて部室を出た。持ち前の脚力を活かして思いっきり階段を駆け下りる。
「あ! りお! もう用事は終わったのかい? そんなに急がなくても僕は君を置いていったりしないよ!」
うるせえお前に用はない灰田。
律儀にずっと待っていた灰田を通り抜けて下駄箱に向かう。少しして、ぜえぜえと息を切らした様子の灰田が追い付いてきた。
「き、きみ……ぼくは、こうみえてもね……か弱いんだ。すこしは加減してくれたまえ」
「その割には足速いじゃんあんた」
「ガラス職人の息子に運動神経は求めないでくれ……」
こいつガラス工房の息子だったんだ。だからあんなに綺麗なガラスの靴なんて作れたんだ。
「職人なら体力ありそうなイメージだけど」
「……黙秘権を行使する」
あ、そうっすか。
「とにかく! 用事はもう終わったな? 終わったね? よし帰ろうさっさと帰ろう。演劇部でなにしてきたのかは帰り道で聞こうじゃないか」
そう言って彼は私のローファーを下駄箱から出して私の前に揃える。
「? どうした? さっさと履いて帰路につこうじゃないか」
「…………へんな気遣い」
靴を履いて校舎を出る。灰田が右手を差し出してきたがあしらって彼の半歩先を歩く。
「それで? 演劇部でなにを話してきたんだい?」
「あんたのことだから盗み聞きしてたんじゃないの?」
「君が僕以外の男と話している現場なんて見たくもないし聞きたくもない。よって僕は何も知らない」
「……今度の引退公演のシンデレラ役のこと」
「……? ああ! シンデレラオーディションのことだね」
は?
「シンデレラオーディション?」
「部室棟の1階の掲示板に貼ってあるじゃないか。オーディションのお知らせ」
まじか。知らなかった。
「君は陸上部だから部室もグラウンドにあるからね。普段あそこには用がない。おまけに今日はなぜか慌てて飛び出していったから見る暇もなかったんだろう」
「見落としていても仕方ないんじゃないかな?」と彼は私の左手を握った。
「どさくさに紛れて手をつなぐな」
「いくら君が水無瀬先輩を好きだからと言って、『協力者』の僕と仲良くしないわけにはいかないだろう?」
いけしゃあしゃあと言う彼は、そのまま手をつなぎながら、何やら考え込む素振りをした。
「とりあえず当面の目標は、君が『シンデレラ役』を勝ち取って、水無瀬先輩との距離を縮めることだね」
「そうだね。それが一番現実的かも。っていうか私がやりたいし」
「それなら尚良い。君は君がやりたいことをやるのが一番だからね」
一度手酷く振った相手とこんな話をしているのは、なんというか、すごくムズムズする。
「『私、絶対にシンデレラ役やります』って啖呵切って出ちゃった」
「どうしよっかな」なんて灰田に言ってもしょうがない愚痴をこぼすと、意外にも彼は食いついた。
「ああ、それなら大丈夫だ」
「なんで」
彼は自信満々に、楽しくて仕方がないというふうに笑った。
「だって君には、この僕がついてるからね」
「それに」と彼は続ける。
「君にはその『ガラスの靴』がある。全校生徒探しても、シンデレラの代名詞であるそれを持っているのは君だけだ」
「君以上に『シンデレラ』にピッタリな子は、ほかにいると思うかい?」
「…………なにそれ」
なんだそれ。
何の根拠もない。オーディションがそんなに簡単にいくものか。舐めてんのか。
ほんっとにこいつは。
笑っちゃうくらい馬鹿で、純粋で、
良い奴だな。
「あっそ、まあ、これから1年? だっけ。よろしく」
「灰——いや、とおる」
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