第16話 おもてなしは珍騒動の始まり④
キャロラインは、レジナルドの友人たちを呼んだことを早くも後悔し始めていた。こんなに悪い意味で個性豊かな面々とは思っていなかったのだ。
人となりを探って犯人の手がかりを見つけてやろうという目論見が達成されるより先に、キャロラインの精神が壊れてしまいそうだ。こうなったら一刻も早くお帰り願いたい。
「おいたわしいです、キャロライン様……こう言うのも何ですが、レジナルド様のご友人は、揃いも揃ってしょうもない方たちですね。シンデレラの意地悪な姉みたいです。私の素敵な主人を侮辱するなんて、実に嘆かわしいです」
ジーナも見るに見かねたのか、寝る前にキャロラインの髪を梳きながら慰めの言葉をかけた。これだと、夫の友人だからと言って親交を深めるのは到底無理な気がする。
(そもそも、結婚のお祝いに来たのよね? 新妻の私はもっと祝われるべきなんじゃないの?)
結局どこへ行っても他人の尻ぬぐいばかり。実家にいた時からそうだった。自分はそういう星の元に生まれたのだと諦めるしかなさそうだ。
とはいえ、彼らは好き放題やり過ぎである。わがままなサマンサ、サマンサよりましかと思いきや実はもっとこじらせていたノーラ、サマンサにべったりのロナルド。唯一ジャックだけは、まだよく分からないところがあった。
(一人くらいはまともであって欲しいけど)
ノーラに詰められていた時、ジャックの姿はどこかへ消えていた。食事の時もボロを出すには至っていない。どこか冷淡な人だなという印象を抱いたが、それ以上の情報が集まっていない。もしかしたら彼が犯人なのか? ジーナによると意外な人物が犯人になりやすいらしいが、その法則で言ったらジャックは十分怪しかった。彼のことがもっと知りたい。
そのチャンスは翌日にやって来た。3日目、一行は近くの湖でボート遊びをすることになった。これはレジナルドの提案によるものだった。前日、きつく叱りすぎたかしらと心配していたキャロラインは、夕方になり上機嫌で帰って来たレジナルドを見てほっとした。そこでレジナルドが「仲直りのしるしに明日ボート遊びに行こう」と言い出したのだ。
あそこはいい眺めだし、翌日も天気は良さそうだし、みな喜んでくれるだろう。キャロラインも二つ返事で賛成した。
翌日、一行は周りを散策しながら湖のところまで行った。木々はだんだん色づき、鳥のさえずりが耳を心地よくくすぐる。秋の乾いた風が頬に当たり、絶好の外遊び日和と言えた。冬になるとボート遊びはできなくなるので、ちょうど今の季節でよかったとキャロラインは思った。
湖に着くと、早速ロナルドがサマンサをボートに誘った。二人がボートに乗るのを見送っていると、今度はジャックがキャロラインに「一緒に散歩でもどうです?」と誘ってきた。
それだとノーラが一人になってしまうが、ノーラが先に「私は木陰で本を読むのでお二人でどうぞ」とつんとした口調で言ってきた。もうキャロライン相手に取り繕うつもりはないらしい。お言葉に甘えてキャロラインとジャックは湖の周りを歩き出した。
キャロラインはパラソルをくるくる回しながら周りの風景を眺め楽しんでいた。静かな場所だと思ったら、鳥のさえずりはうるさいくらいだし、ちゃぷんちゃぷんと水が岸に当たる音もよく聞こえ、感覚を研ぎ澄ませると新たな発見があるものだ。そんなことを考えていると、ジャックが口を開いた。
「初日からサマンサがご迷惑をおかけしてすいません。レジナルドは常に輪の中心にいたので、彼が抜けたことに未だ慣れないんですよ」
キャロラインはおや、と思った。こんな常識的なことを言う人は初めてだ。もしかしたら4人の中で一番まともな人かもしれない。
「いいえ、私も不慣れなことが多いですから、知らないうちに皆さんに不自由な思いをさせていると思います。でも終わりよければ全てよしですわ」
「あなたの忍耐力には敬服します。正直レジナルドにはもったいない。あなたならもっといい人がいたでしょうに」
「何をおっしゃいますの? デレク殿下に婚約破棄された私を拾ってくださる方なんていませんわ。レジナルド様には感謝しております」
キャロラインは社交スマイルを前面に出して答えた。
「何をおっしゃいます。あなたのような美しく聡明な方が、この先レジナルドに泣かされるかと思うと我慢ならないのです。あいつは、一人の女性で満足できる男じゃない。本人も、自分は結婚に向いていないとよく言っていた。それがなぜいきなり……」
あれ? 雲行きが怪しくなってきた? とキャロラインは訝しがった。レジナルドが表向き病気で臥せっている時に、この人は何を言い出すのだ?
「あら……夫がそんなことを……?」
こういう時どう答えたらいいのか分からなくてキャロラインはあいまいな笑みを浮かべた。もしかしてこれは口説かれているというやつなのか?
「私なら生涯一人の女性を愛しぬくと誓います。多数の女性を侍らせるレジナルドとは違うんです。ここに来てからあなたの献身とたおやかさに心を打たれました。どうか私に希望を与えてください——」
ちょっと待て待て。既婚者を口説く男性は想像上の生き物ではなかったのか? しかも新婚ほやほやの新妻相手に? 今まで男性に口説かれたこともなければ、この手の経験にとんと疎いキャロラインは、すっかり混乱してしまった。
ええと……と言葉に詰まっているうち、ジャックがずんずんと迫って来る。このままじゃ相手のペースに流される! と思ったその時、意外な方角から叫び声が上がった。
「ちょっと! このボート穴が開いてるじゃないの! 水が入って来たわ、どうしましょう!」
湖上のボートの上で、サマンサが混乱しながらわめいていた。ロナルドもパニックになっているらしく、二人とも不必要に動くお陰でボートがぐらぐらと揺れている。キャロラインはそれを見て頭が真っ白になった。助けなきゃ! でもどうしたらいい?
あわあわしながら見ていると、そこへ別のボートが彼らの元に悠然と近づいて来た。目を凝らすと、乗っているのはレジナルドで、オールを漕いでいるのは友達のようだ。
「お嬢様、助けにはせ参じました。お手をどうぞ。それともクソ生意気なガキの手なんて触れたくもありませんか?」
ほくそ笑みながら言うレジナルドを見て、サマンサは全てを察した。
「あなたね! あなたがボートに細工したんでしょう!? こんな悪戯をしてただで済むと思ってるの?」
「うるさいな。死なない程度に穴は小さくしてやったから感謝しろよ。水が入って来る速度もゆっくりだろ? これでも綿密に計算してやったんだ。で、どうするの? 乗るの、乗らないの?」
サマンサは、屈辱で歪んだ顔でレジナルドの手を取り、ボートに乗り込んだ。かと思ったら、レジナルドを勢いよく張り倒し、水面に落とした。
ぼちゃん! と大きな音と水しぶきを上げてレジナルドが落ちたのを見届けると、オールを漕いでいたサムに「早く出発しなさい!」とすごい剣幕で命令した。その迫力に圧倒されたサムは言われるがままに岸に向かって出発した。後には沈むボートに残されたロナルドと、水に浮かぶレジナルドが残された。
「ねえ、サマンサ!僕はどうなるの!」
無慈悲にもボートに残されたロナルドは悲痛な叫び声を上げた。
「あなた泳げないの? 私が下りてからボートを寄越すからそれまで待っていなさい! どうせすぐには沈まないでしょ!」
途方に暮れるロナルドを横目に見ながら、レジナルドは泳いで岸までたどり着いた。地元の子供と遊ぶようになってから泳ぎを覚えてよかったと思った。本当の子供時代には、そんなことをする暇もなかったのだ。
ずぶ濡れになりながら陸に上がると、キャロラインが手を腰に当て立ちはだかっていた。
「あ……」
キャロラインの鬼の形相を見てレジナルドは言葉を失った。そして、次の瞬間、強烈なげんこつをお見舞いされた。
「様子が変だったから何か企んでいると疑うべきだったわ! まさかこんな手の込んだ悪戯を仕掛けたなんて! 下手すれば大事故になったかもしれないのよ! 一体何を考えているの!」
「水に落とされたのは俺だよ! ちょっとはその心配もしてよ!」
「うるさい! 最初に仕掛けたのはあなたでしょ! なんでこんなことをやったのと聞いてるの!」
キャロラインの怒りは収まらなかった。これが本当の子供がやったというのならまだ分かる。でもレジナルドの中身は大人なのだ。大の大人がいたずらを仕掛けるなんて普通考えられない。そうでなくても、彼らには穏便に帰ってもらいたいと思っているのに、自ら騒ぎを起こすとは何事だ。
「こんなひねくれた悪ガキは寄宿舎にでも入れなさいよ! 今から教育しないと碌な大人にならないわよ!」
「結局お前はつま先くらいしか濡れなかったじゃないか。なのに俺はずぶ濡れだぞ!」
サマンサの叫びに反抗したらまたキャロラインにげんこつされた。
「うるさーい! もう帰りましょう! レ……エドワードはこれで終わったと思わないでね。おしおきはまだ残ってますから」
レジナルドは口を開きかけたが、キャロラインのすごい形相に阻まれて何も言えなくなった。こうして優雅なボート遊びは散々な結末を迎えた。
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コンテスト応募作品につき、既定の文字数に届きそうなので、途中ですがここで終わります。続きを読みたい方は☆を付けてくださると幸いです。またお会いできる日を心待ちにしています。
婚約破棄された令嬢が追放先で嫁いだ相手はスパダリ辺境伯(ただしショタ)でした 雑食ハラミ @harami_z
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