第15話 おもてなしは珍騒動の始まり③
レジナルドの友人たちがアンダーソン邸に来て2日目の朝がやって来た。長旅でみな疲れたのだろう、全員そろったのは昼近くになってからだった。そうなることは大体予想できていたが、ホステス役のキャロラインとしては一緒に寝坊することもできず、身体は疲れていたがいつも通りの時間に起きて来た。
リビングに向かうと、眠い目をこするレジナルドと出くわしたので、彼もまた頑張って早起きしたのかと思うとおかしくなり、ふと目が合ったところでお互い微笑を交わした。
一夜明けても、サマンサはレジナルドを目にするとぷいと顔を背けた。子供相手にそこまで本気にならなくてもいいのに、どうせ中身がレジナルドと知ったら手のひらを返して媚びるんだろうなと思うと、キャロラインはげんなりした。大人げないのはレジナルドも同様で、ちょっとしたことでまたサマンサと口論になりかけたので、とうとうキャロラインは堪忍袋の緒が切れてしまった。
「エドワード、あなたは外に遊びに行ってらっしゃい。今日は天気がいいからいつものお友達と会えると思うわ。夕方までには戻るのよ」
「ちょっ、なんで俺ばかり!……分かったよ」
レジナルドは反論しようとしたが、キャロラインのピキピキした顔を見たら何も言えなくなり、仕方なく外へ出て行った。
「すいませんね、いい子なんですけど生意気盛りなので私も手を焼いているんです。どうか寛大な心で受け止めてあげてください」
レジナルドがいなくなった後、キャロラインは作り笑顔を浮かべながら言った。こんなこと本人が聞いたら怒りそうだが、中身が大人だと知らない者にとっては生意気に写るのは事実なので仕方ない。
やがて、サマンサが頭痛がすると言って自分の部屋へ戻って行った。次にサマンサが目当てのロナルドも手持無沙汰になって庭を散策してくるといなくなった。ジャックはいつの間にか姿が見えなくなっており、部屋に残されたのはキャロラインとノーラだけになった。
(実はこの時を狙っていたのよね……案外早くチャンスがやって来たわ)
良くも悪くも個性的なサマンサに対し、ノーラという女性は捉えどころがなかった。本人はどちらかと言うと地味な方で、いつもサマンサの相手役に徹しており、自分の意見を言う場面も少ない。レジナルドに聞いても「そう言えばよく分からない奴だな……」と言う始末だ。キャロラインにとって、サマンサよりもノーラの方が組みやすしと考えるのも無理はなかった。
「サマンサとロナルドは仲がよろしいようね。それとも、ロナルドがサマンサにアタックしてるのかしら?」
キャロラインは刺繍していた手を止め、本を読んでいたノーラににじり寄り声をかけた。話しかけられたノーラはびっくりした様子で本を膝の上に置いた。
「実はあなたとじっくり話がしてみたかったの。気が合いそうな感じがして」
同性の2人のうち、サマンサと比べたら誰でもそうなってしまうという方が正しかったが、そこはやんわりとオブラートに包んだ表現にとどめた。
「レジナルド様は交友関係が華やかだけど、私は社交は不慣れなのよ。だから落ち着いた会話ができる相手が欲しかったの。サマンサとの仲も取り持ってくださると嬉しいんだけど」
キャロラインがにこやかに言うのを、ノーラは無表情で聞いていた。
「それって、私に仲裁をしろと言うこと?」
「仲裁というほどのものでもないわ。ただ、サマンサは私に夫を取られたように思っているみたいだから、その誤解を解きたくて。あなたはただいてくれるだけでいいの。それで場の雰囲気が和らげば——」
「なぜ私がそんなことをしないといけないの?」
ノーラの固い声にキャロラインははっとした。どうやら様子がおかしい。何かまずいことを言っただろうか、すぐに火消しをしなければ。
「ごめんなさい。お気に障ったなら謝るわ」
「だって本当のことじゃない、あなたがレジナルドを取ったということは」
「へ? は?」
おろおろするキャロラインをノーラは冷たく睨みつけた。
「どうしてレジナルドと結婚したの?」
突然脈絡のない質問をされて、キャロラインは目を白黒させた。
「へ? 今何て言った?」
「結婚なんて興味がないと言っていたレジナルドが心変わりしたと聞いて、相手はどんな奴かと思って来てみれば、こんな冴えない地味女だったなんて。あなたのどこがよかったわけ? それともヘンリー殿下に押し付けられたの? さっき気が合いそうと言ったわね。あなたと私のどこに共通点があるのかしら? サマンサの影に隠れるおとなしい女だと思った? サマンサは、ああ見えて自分をちやほやしてくれる男が好きなだけ。ロナルドよりレジナルドの方がスペック高いから今はあなたに嫉妬してるけど、誰でもいいから崇拝されれば満足するのよ。でも私は違う。私は最初からレジナルドひと筋だった。だからずっとそばにいたというのに。」
ノーラは、普段見せることのない歪んだ形相で一気にまくしたてた。キャロラインは気圧されて何も言い返せない。一見地味で気が弱いと思っていたノーラが、実はこんなドロドロした情念を抱えていたなんて。キャロラインは自分の目は節穴だったと認めざるを得なかった。
「……あなたレジナルド様を慕っていたのね?」
「当たり前じゃない。慕っていたなんてレベルじゃないわ。愛していたの! それなのにあなたがかすめ取った。今までレジナルドに近づく女を寄せ付けないでいたのに、思わぬ形で取られるなんて」
ノーラはぜえはあと呼吸を荒くしながら言い切った。キャロラインにはかける言葉が見つからなかった。確かにレジナルドに恋焦がれていたわけではない。言わば政略結婚のようなものだ。ノーラのように一人の男性をずっと思う経験もなかったから、彼女の気持ちを完全にくみ取れないという事情も、後ろめたさを感じる一因となっていた。
(もしかして私が悪役? 物語で言うところの泥棒猫ポジションだったの?)
今まで思いつきもしなかった発想に、キャロラインは愕然とした。あれだけ秋波を送ってよこしたサマンサよりも、一見すると地味でおとなしいノーラの方がレジナルドへの思いが強かったのだ。こればかりは予想外すぎた。
「それはごめんなさい……でも私も成り行き上そうなっただけで、自分から彼を落としてやろうとかそんな意図は一切なかったの……」
「その余裕ぶった態度もムカつくのよ! しかも、我慢して来てみれば本人にも会えないなんて! 黙っていようかと思ったけどこれですっきりしたわ! 私も失礼させていただきます!」
ノーラはぷりぷり怒りながら部屋を出て、自分の部屋へと行ってしまった。後には呆気に取られるキャロラインだけが取り残された。
**********
ちょうどその頃、家でそんなことになっていると知る由もないレジナルドは、近所の子供たちと遊んでいた。
天気がいいから誰かに会うとは思っていたが、いくつかある遊び場を回って探したら、同年代の子供が集まっているところを見つけた。レジナルドはまだむしゃくしゃした気持ちを引きずっていたが、彼らの姿を見たらすっかり忘れ、みなの集まるところへ駆け寄って行った。
そこは彼らが「秘密基地」と呼んでいる場所で、石やレンガなどを四角く囲うように積み重ねて、家の土台のようにしたものだった。周辺は草に覆われ外から見えにくいのも秘密基地たる所以だ。そこへ行けば大体誰かに会えると分かっていた。
「あ、エドワードが来た! おーい、こっち!」
子供姿のレジナルドはすっかりエドワードという名前で通っていた。姿が見えないアンダーソン邸の主人と同じ名前では流石にまずいと思い、適当な名前を付けたのだ。他の子供らは、近所に住む農民の子でレジナルドとは身分が違ったが、身分の上下にかかわらず、分け隔てなく接してくれるのがありがたかった。レジナルドにとっては、変に気を使われるより嬉しい。平民の子供と触れ合うなんて、本当の子供時代には味わえなかった。
「客が来ると言っていたからしばらく来ないと思っていたよ」
「子供の俺には関係ないよ。どうせムカつく連中だし、喧嘩したら追い出されてきたんだ」
レジナルドは口をとがらせながら不満そうに言った。
「えーっ!? お前大人と喧嘩して来たの?」
同年代の子供の一人が面白そうに言った。確かに子供と大人が本気で喧嘩するなんて、普通は考えにくい。そのことにレジナルドも気が付いてはっとした。
「い、いや、キャロラインのことを馬鹿にしたからさ。だから何でそんなこと言うんだと言い返しただけだよ」
「そう言えば、お前ねーちゃんのこと好きみたいだもんなあ。ねーちゃんを悪く言われてムカついたんだ?」
ねーちゃんとはキャロラインのことである。彼らの間では年の離れた姉として通っていた。レジナルドが夕方遅くまで遊んでいると、キャロラインが迎えに来るので、少年たちの間でも彼女の存在は知られていた。
「それならさ、そいつらにいたずらしてやろうよ。貴族の驚いた顔見たくない?」
そう言い出したのは、グループのリーダー格の少年で、名前をサムと言った。年は13歳で、子供姿のレジナルドよりも年上で、頭も切れる方だ。しかも、悪だくみにかけては天才的な発想の持ち主だった。
「えっ……それはちょっとどうかな?」
レジナルドはキャロラインの怒った顔を想像して躊躇した。ここは大人の自分がストップをかけなければならない。そう思ったものの、まだ腹に据えかねていた彼は、お高く止まったサマンサが慌てふためく様を想像したら楽しくなってしまった。
「やっぱり面白そうかも。やってみよう」
レジナルドは何かを企んだ時のような、満面の笑みを浮かべて答えた。こうしてキャロラインの知らないところで、また一つ揉め事の種が生まれたのだった。
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