第14話 おもてなしは珍騒動の始まり②
レジナルドの友人たちがやって来て、最初の夜が訪れた。キャロラインたちは、初日のディナーということで特に気合を入れた。王都にあるものとは一風変わった、ここでしか食べられない食材やメニューを取り入れるように工夫したのだ。王都と同じものを出しても変わり映えしないし、この土地の独自性をアピールして、外に向けて宣伝して欲しい気持ちもあった。
「なにこの辛いソーセージは? 肉が新鮮じゃないから香辛料で誤魔化してるんじゃないの?」
しかし、サマンサの一言でその目論見は早くも崩れ去った。キャロラインは、思わずはあ? と目を剥いたが、なるべく平静を装って答えた。
「ここは隣国との貿易が盛んですから、異国文化と親和性が高いんです。食文化も王都とは大きく異なりますのよ。スパイスやハーブがたくさん含まれたソーセージもその一つです」
「そうだよ、サマンサ。よく食べてごらんよ、おいしいから。僕はこういう珍しい趣向は好きだけどね」
そう言うと、ロナルドは、ソーセージを大きく切って口に運んだ。
「私、辛い食べ物は苦手なのよね。レジナルドは教えてくれなかったのかしら?」
「あら、このメニューは、夫自ら考案したものなんですが、そんなこと一言も申しておりませんでした。快復したら伝えておきますわ」
サマンサに言われ放しなのも癪に障るので、キャロラインはやんわりと言い返してやった。その言い方がカチンと来たのだろう。サマンサもすかさず応酬した。
「そう言えば、あなたはデレク殿下の婚約者だったのよね。それがなぜレジナルドと突然結婚したの?」
ほら来た。この質問は必ず来るだろうとキャロラインは覚悟していた。それに対する答えも既に用意してある。
「デレク殿下と婚約解消をしたところに、ちょうどいいタイミングでヘンリー殿下からお声がけいただいたのです」
「ちょうどいいタイミング、ねえ?」
サマンサは隣にいるノーラに向かって含み笑いをした。ノーラは困ったような顔をしながらも釣られたように一緒に笑っている。
「王室にとっては確かに絶好のタイミングだったでしょうよ。すぐに尻ぬぐいできたんですから。でもなぜそれがレジナルドなのかしら?」
「さあ? なぜでしょうね? やんごとなき方のお考えは、私にも分かりません」
しれっと答えるキャロラインの表情に、サマンサはムカッとしたようだ。自分が狙っていたレジナルドが、こんな冴えない地味女とあっさり結婚したことが許せないのだろう。
「レジナルドは社交界の中心人物だったのよ? 見目麗しいだけでなく、機知やウィットに富んでいて、話も面白いし、彼の側にいるだけで自分まで人気者になったような——」
「不敬のそしりを恐れず言わせてもらうが、デレク殿下はこんな美しい女性を手放すなんて、実に惜しいことをされた。レジナルドは実に果報者だ」
サマンサを遮るようにロナルドが口を挟んだ。やれやれ、わがままお嬢様の相手ご苦労様ですとキャロラインは心の中で呟いた。
「遊び人のレジナルドが結婚したと聞いた時は驚いたが、ヘンリー殿下の口添えがあったと聞いて合点した。流石に王太子殿下のお言葉には奴も逆らえまい」
ジャックが口元をナプキンで抑えながら静かな声で言った。口数は少ないが、逆に何を考えているか読めない、得体の知れない人物だ。
「それじゃ、レジナルドが嫌々従ったみたいじゃない? 私はそんなことないと思うわよ? キャロラインさんよく気が付くし気立てもいいもの」
それにノーラがおどおどした口調で続く。一見褒めているように聞こえるが、まるで使用人に対する評価みたいではないか。キャロラインは内心複雑だった。
「ねえ、キャロライン。ぼくこのエビ嫌い。あなたにあげるよ」
突然、それまで黙っていたレジナルドが口を開いた。キャロラインの前では発することのない、やけに子供っぽく作った声に嫌な予感がして、キャロラインは彼の方を見た。そして、レジナルドは、フォークでエビをつつく振りをしてぽーんと投げ込み、見事サマンサの皿の中に命中させた。
「こらっ! レ……エドワード! あなた何をしているの!」
サマンサが悲鳴を上げるのと同時に、キャロラインはレジナルドに声を上げた。絶対わざとに決まっている。なんて大人げないことを! と憤慨すると同時に、目標を外さないコントロールの良さに少しだけ感心してしまった。
「ソースが跳ねて服が汚れちゃったじゃない! どうしてくれるのよ!」
「すいません。こちらで洗濯をしてきれいにしてからお返ししますわ。ほら、エドワード、謝りなさい」
「……やだ」
「謝りなさいよ! 子供でも容赦しないわよ!」
全く、この生意気な子供の中身がレジナルドと知ったら、サマンサはどんな顔をするのだろう? レジナルドもレジナルドだ。中身まで子供に返ったわけじゃないのだから、もう少し冷静になってくれないだろうか。
「キャロラインに謝らなければ僕も謝らない」
レジナルドは、頬を膨らませ、いつもより子供ぽさを前面に出した口調ですねるように言った。ちょっとあざといのではないか……うかつにもかわいいと思ってしまったキャロラインだったが、これではいけないと我に返った。
「エドワード、ここで謝らなければデザートはお預けよ。エビを飛ばしたこと、サマンサさんに謝りなさい」
「ちぇっ……分かったよ……ごめんなさい」
「ちょっと、たった一言で私が許すとでも——」
「子供のやったことだからこれで手打ちにしてくださる? あとでエドワードにはよーく言っておくので。私からもお詫びいたしますわ」
サマンサの言葉に被せるようにキャロラインが言ったので、相手も何も言えなくなってしまった。
「サマンサ、大人げないぞ。子供のやったことなんだから許してやれ」
「そ、そうだよ。子供だからこういうこともあるよ、な?」
ジャックとロナルドにも説得され、サマンサもこれ以上何も言うことはできなかった。
ディナーが一通り終わって、キャロラインはぐったりした身体を引きずって自分の部屋に戻った。早くドレスを脱いで湯あみをしたい。その前にジーナに今日の報告をせねばならないと考えていた。
「って、なんでレジナルド様がここにいらっしゃるんですか!」
部屋に戻ってくると、レジナルドがすました顔でキャロラインのベッドに腰かけているので、思わず突っ込みを入れてしまった。
「だってここが一番安全で誰にも見られないだろう? 作戦会議をするのに適している」
「あなたがいると私いつまでもドレスが脱げないんですが?」
「夫の前なんだからいいじゃないか。遠慮しなくていいぞ」
「そういう訳にいかないでしょ!! 子供と大人を都合よく使い分けないでください!」
ジーナにまあまあとたしなめられてやっと落ち着いた。先ほどあんな騒ぎを起こしたばかりなのに、よくもまあぬけぬけしゃあしゃあとしていられるものだ。
「さっきは肝を冷やしましたよ。レジナルド様も冷静になって下さい。金持ち喧嘩せず、ですよ」
「じゃあ、お前は言われ放しでよかったの? 目の前で妻が侮辱されてるんだぞ。黙っておけるか?」
「まさか、レジナルド様がいるとは向こうも気付いてないんですから……知っていればあんなこと言いませんよ」
「そうだとしても嫌なものは嫌だ。自分の知らないところで陰口叩かれるなんて気分が悪いじゃないか」
実は、レジナルドが自分に肩入れしてくれたことに対してまんざらでもなかった。それならそれで、なぜあのような連中と今まで付き合ってきたのか?
「それは……俺も確かに調子に乗っていたかもしれない。一緒になって悪ノリしていたところもあったかもな」
「そういうところで知らず知らずのうちに恨み買っていたんじゃありません?」
「またお前はそういうことを! そんなこと言ってたらキリないだろ……」
バツが悪そうにぶちぶち言うレジナルドを尻目に、ジーナが口を開いた。
「それにしても、サマンサ様は推理小説に出てきたら真っ先に犠牲になるお方ですね。あの手の話では、キンキンうるさい人は必ずやられます。読者のヘイトを一身に受ける役柄なんです」
「こらっ、ジーナ。縁起でもないことを言わないでよ。うちでそんな事件があったら大変よ。シャレにならないわ。彼らには穏便に帰ってもらうのが一番よ」
「こうなったらシリアルキラーに4人まとめて仕留めて欲しいよ。今まで何を見て来たんだろうな、あんなのを友人と思っていたなんて。こんな姿になったのは災難だったけど、今は世界がまるで違って見える」
言っていることは物騒だが、しみじみと語る彼の姿がやけに印象的だった。彼も辛い経験を経て我が身を振り返ったのだろうか。
「まあ、人間生きていれば色々ありますよ。さて、もう遅いのでそろそろご自身の部屋にお戻りください。明日も早いですよ。いつものように寝坊はできませんからね」
「自分の部屋には入れない。主寝室に子供が入るところ見られたら怪しまれるだろう? そういう訳で今は客室を使ってる」
「そうだったの? 知りませんでした」
「でも、ここで一緒に添い寝してもいいんだぞ。子供相手なら構わないだろう? 俺も変な気起こさないから」
またレジナルドが調子に乗っている。キャロラインはぴしゃりとたしなめた。
「ちょっ、何言ってんですか!? もしかして子供なら何でも許されると思ってません?もういいからさっさと出て行ってください!」
「じゃ、俺が元に戻ったら一緒に寝てもいいんだな?」
子供の目線なので、キャロラインを見上げる格好になったが、レジナルドの表情は真剣だった。キャロラインはなぜかどぎまぎしながら答えた。
「あ、当たり前じゃないですか。夫婦なんですから……」
レジナルドはそれを聞くと、安心したように素直にキャロラインの部屋を出て行った。
(何なのよ、今のは……)
キャロラインは、ようやくジーナに手伝ってもらいながらドレスを脱ぎ始めたが、胸の鼓動はいつまでも治まらなかった。
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