第13話 おもてなしは珍騒動の始まり①
ヘンリーの訪問から数週間後、今度はレジナルドの4人の友人を迎えることになった。しかし、これは罠であることを4人はまだ知らない。この中にレジナルドを陥れた犯人がいないか確かめるためなのだ。まだ動機も何もかも分からないが、彼に近い人物が仕掛けたとすればこの4人は重要な容疑者と言える。ここからキャロラインとレジナルドの真実の追求が始まるのだ。
キャロラインは自室で姿見に映った自分とにらめっこしていた。ぬかりはないはずだ。社交界には明るくないが、ジーナにも協力してもらい招待状の作成からディナーのメニュー決めまで作法にのっとって念入りに準備したし、センスが悪いと笑われないように創意工夫をこらした。
もちろんレジナルドにも助言を仰いで、変なところがないかチェックしてもらった。大がかりなパーティーではないのだから大丈夫だ、何とかなる。キャロラインは、鏡の中の自分に言い聞かせた。
「サマンサ・バーク様、並びにご友人の方がお見えになりました」
その声にキャロラインは反応して、ドアに向かって振り返り深呼吸をした。いよいよ決戦の時がやって来た。これからホステス役としてレジナルドの友人たちを迎えるのだ。レジナルド自身はいないことになっているから、自分で全てやらなければならない。しかも初っ端から当主には会えないことを彼らに告げる、非常に重いミッションが待っていた。
階段を下りてホールに行くと、男女4人の姿が見えた。最新流行の、と言えば聞こえはいいが、どちらかというと貴族の中でもけばけばしい服装をしている彼らを見て、今まで自分が付き合った人種とは違うことを、キャロラインはうっすらと悟った。
「地の果てまで行くかと思ったわ。レジナルドったらこんなところに住んでるのね。同情しちゃう」
「そりゃ辺境伯の名は伊達じゃないさ。ここが領地なんだから仕方ないだろ」
「しばらく顔を見せないから何があったんだろうと思ったわ。まさか結婚したなんてびっくりよ」
「結婚なんて面倒くさい、家庭に縛られたくないなんて言ってたのにな。俺たちの中で一番結婚しなさそうな奴が一番にするなんて、こんなこともあるのか」
客たちは、妻のキャロラインを差し置いてわいわいと談笑していた。どこかで話を切って挨拶をしなければならない。
「遠路はるばるお疲れさまでした。レジナルドの妻、キャロラインです。どうぞ初めまして」
それを受け、4人は一斉にキャロラインに目を向けた。彼らがここに来た目的の一つに、レジナルドの新妻がどんな人物か確かめたいというのは、確実にあったに違いない。そして、彼らの想像する人物とキャロラインがおおよそかけ離れていることも、彼らの表情を見れば簡単に察せられた。
(確かに私は地味でとびぬけた美貌もありませんけど……! 貴族ならもっと上手に感情を隠しなさいよ! 何よ、あからさまにがっかりしたような顔は!)
彼らのあけすけな態度に、キャロラインは早くも憤懣やるかたなかったが、ここはぐっと堪え、肝心なことを彼らに告げなければならなかった。
「その……主人のレジナルドなんですが、つい昨晩急な病に倒れてしまってお医者様から1週間ほど安静を命じられてしまいましたの。せっかく来てくださった皆様には申し訳ないのですが……」
作戦通りとは言え、レジナルドが不在であることを伝えるのはかなり抵抗がある。しかし彼らの動揺を最小限に抑え、キャロライン一人でこの場を治めないといけない。予想通りみなひどくうろたえた。
「ええーっ!? どういうことなの? レジナルドに会えないなんて来た意味ないじゃない!」
真っ先にキンキン声を上げたのはサマンサだ。銀色の髪の毛を綿菓子のように盛り、パステルカラーのドレスに身を包んだ彼女は、それ自体が甘いお菓子のように見えた。
「その……本当に申し訳ありません。慌てて宿泊先に手紙を書いたのですが、どうやら行き違いになってしまったようで。それでも、レジナルドに会うことは叶いませんが、私の方からどうかおもてなしをさせてください。せっかく王都から来てくださったんですもの、このまま帰すなんてことはしませんわ」
「知らないわよ、そんなの聞いてない! レジナルドに会えると思って、わざわざ田舎くんだりまで来てやったのよ!? そうでなくちゃ、わざわざ国境の端っこまで足を延ばしたりするもんですか!」
「すいません……でも、流行りの感染症ということで、万一皆様に移すようなことがあっては一大事なので……実は私も面会を禁じられてますの」
感染症と聞いて、一同がさっと引いたのが分かった。そんな病を王都に持って行ってはまずいと瞬時に判断したのだろう。
「まあまあ、レジナルドが病気じゃ仕方ないじゃないか。用意してくれた奥様にも悪いし……せっかくだからご厄介になろう」
サマンサをやんわりたしなめたのは、背は低めだが、がっちりした体型のロナルドだった。丸い目をして四角い顔をした彼は、どちらかと言うと軍人にいそうなタイプに見える。サマンサに気があり、彼女のフォロー役に回ることが多い印象だ。
「でもこんな田舎で、レジナルドもいないのに退屈しないかしら? せっかくパーティーを一つキャンセルしてまで来たのに、何もやる事がなかったら退屈だわ」
「近くにはボート漕ぎができる小さな湖もありますし、散策には事欠かない土地ですわ。王都とも違った風景が見られるし、皆さまを飽きさせることはないと思います」
「そうよ、サマンサ。私たちの滞在中にレジナルドがよくなることもあるかもしれないわ。気長に待ちましょうよ」
そう述べたのは、もう一人の女性ノーラである。ノーラは、服装は派手だが顔つきは地味で、押しの強い性格にも見えず、なぜこのグループにいるんだろうとキャロラインは思った。見た目も中身も派手なサマンサと並ぶとどうしても見劣りして見える。ぱっとしない自分が嫌で、派手なグループに入ることで彼らと同類と思いたいタイプなのだろうかと、キャロラインは勝手に分析した。
「確かにノーラの言う通りだな。予期せぬトラブルに見舞われたがこれもまた一興だ。王都に戻れば暇つぶしに話すネタくらいにはなるさ」
ロナルドとは対照的に長身で、切れ長の目が特徴のジャックがそう言った。ほっそりした体型でどこか中性的にも見え、線の細い貴族というイメージにぴったりな見た目だ。この見た目なら、彼もまた女性には事欠かないと見える。
現実的にもとんぼ返りというわけにはいかず、数日間彼らはアンダーソン邸に滞在することになった。キャロライン言うところの「刹那的な享楽に明け暮れる軽佻浮薄な頭空っぽの貴族たち」がいきなり4人もやって来たのだ。どうやって彼らと付き合って行けばいいのだろうと、先が思いやられた。でも、こんなチャンスは滅多にない。彼らの人となりをじっくり見極めなければ。
(この中にレジナルド様を陥れた犯人がいるのかしら? 注意深く観察しないと)
ふと横を見ると、ホールの片隅にあるソファに腰かけるレジナルドがいた。レジナルドの方は友人たちから目を離さないが、彼らは子供の姿に気付いていないようである。
「これ、エドワード、黙っていちゃだめでしょ。お客様に挨拶をして」
キャロラインにエドワードと言われたレジナルドは、一瞬何か言いたそうな顔をしたがすぐに元に戻り、立ち上がって客人たちに挨拶をした。
「遠縁の子をしばらく預かってますの。同じ家で暮らしているのでご一緒になることもあるかもしれません。よろしくお願いします」
彼らはレジナルドを一瞥しただけで、何も言わなかった。まるで子供の姿など目に入っていないかのようである。
「さあ、さあ、お部屋の用意ができております。長旅でお疲れでしょうから、ディナーの時間までごゆっくりお休みください」
キャロラインが客人を客間に案内し、使用人に指示を出していると、レジナルドがこそっと耳打ちして来た。
「誰も俺のことなんか心配してなかったぞ。元の姿に戻ったら倍返ししてやる」
「しっ、聞こえますよ。話はあとで聞きますから今は堪えてください」
キャロラインにあしらわれたレジナルドはむっとして頬を膨らませたが、それが少しも不自然には見えなかった。本人にとっては不満だろうが、傍目から見ると、子供が姉に構ってもらえず頬を膨らませているようにしか見えない。
こうして一癖も二癖もあるレジナルドの友人たちが一同に会した。彼らの中に犯人がいるとしたら、絶対にこの滞在期間中に何らかの尻尾を出すだろう。キャロラインは、絶対にその瞬間を逃すまいと目を光らせた。
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