第11話 せめて連絡ぐらいしろよ!
「……それだけじゃ何とも言えないな。他に手がかりはないの?」
レジナルドの話を一通り聞いたヘンリーは複雑な表情を浮かべた。やはり、雲をつかむような話で、どうしたらいいか分からないというのが正直な気持ちなのだろう。
「この黒い箱には種も仕掛けもないようだし、その煙というのが本体だろうけど、今は影も形もないんだからな……何よりレジナルドの証言を信じる以外にないと言うのが」
「おい、俺の言うことが信じられないって言うのかよ?」
レジナルドは口をとがらせてヘンリーを睨んだ。こうしてみると喧嘩ばかりしている兄弟のように見える。
「他に証拠を残さなかったっていうのは、かなりの難敵だと言いたいんだよ。手がかりが多い方が推理もしやすいだろう? これじゃ手も足も出ない」
確かにヘンリーの言う通りだ。敵はかなり頭の切れる者に違いない。それにしてもなぜこんなことを……レジナルドが何をしたと言うのだろうか。
「ねえ、本当にあなた誰かに恨まれることしてないんですか? 何の心当たりもありませんか?」
「こないだからそればかり言ってるけど、俺がそこまでひどい奴に見えるのか?」
「いえ、それもちょっとはありますけど、それ以外に動機が見つからないじゃないですか?」
これ以上同じ話題に固執していると、本格的にレジナルドがへそを曲げてしまいそうなので、キャロラインは自分から話題を変えた。
「動機も分からないですけど、手法もさっぱり見当がつきません。白い煙って何ですか? 魔法の類は今ではすっかり廃れてほぼ絶滅したと言われてますけど」
「『ほぼ』ということは、まだ完全には絶滅してないってことだよ。古魔術に精通している人物が疑わしいということになる」
「俺の周りでそんな研究熱心な奴はいないなあ。もっとも俺に気付かれるようにやるはずがないけど」
「後は隣国にいる人間が魔術を使った、とかかな」
ヘンリーの意外な一言に、キャロラインとレジナルドはハッとした。
「でもなんで隣国の人がレジナルド様を狙うんですか?」
「地政学的には、ここは隣国との貿易の要所だ。数多くの品が行き来する場所では密輸などの不正も起きやすい。最近王都に幻覚作用を起こす成分が入っている煙草が出回っている。それはここを通るルートから来ているという話だ」
「何だそれ。俺は聞いてないぞ」
「お前がしばらく顔を出さないから伝えるチャンスがなかっただけだ。それにここ最近にわかに出た話だからな。わざと捜査の手を煩わせるために、国境を守る立場にあるお前をこんな目に遭わせたのかも」
「国境を守る立場……そう言えばそうだった」
レジナルドが初めて気づくようなことを言ったので、キャロラインは「どこまで放蕩三昧だったのか」と呆れずにはいられなかった。
「そんな、今思い出したみたいなこと言わないでくださいよ」
「いや、思い出したわけじゃないよ。再確認しただけ」
「まあ、お前王都で遊びほうけてあんまり領地に顔出さなかったな、そう言えば」
「ちょっ! それいくら何でも言いすぎだろ! たまには帰ってたよ!」
レジナルドが顔を真っ赤にして反論すると、ヘンリーはあははと声を出して笑った。キャロラインも二人を見てつい笑ってしまった。
「さてと、積もる話は一旦ここで終わりにして、また夕食の時にでも話そう。少し一休みさせてもらうよ」
「ああごめんなさい、全く気が利かなくて。遠い旅路でお疲れになったでしょう。レジナルド様のために本当にありがとうございます。王太子殿下自ら来てくださるなんて、勿体ないくらいです」
キャロラインが深く頭を下げて礼を言うと、ヘンリーは気さくに笑いながら答えた。
「けんかもよくするけれど、レジナルドとは学生時代からの友人なんだ。旧友が一大事とあれば駆け付けるよ。それにデレクのことでキャロラインにも借りがあるし。僕が役に立てることがあれば遠慮なく言って」
そう言って一旦この場はお開きになった。そして日が暮れてから夕食の時間になり、3人は再び集まった。食事の方は急な訪問で碌な準備ができなかったが、ヘンリーは言葉を尽くしておいしいと褒めてくれた。食後のデザートを食べる頃になってまた先ほどの話に戻った。
「サマンサから手紙が届いたって? それで内輪で集まるのか? おまえ出られないじゃないか!?」
「そうだ、俺がいないのにおかしいだろ? でもその方が奴らの本性が見られるとキャロラインは言うんだ。ヘンリー、お前からも一言言ってくれ」
「あら、あなたがいないわけではないですよ。子供の姿で彼らを観察して欲しいだけです。大人ってのは、子供の前だと油断してつい本音を漏らしてしまいますから」
ヘンリーはキャロラインの説明を聞くと、何か悪だくみをするような笑みを浮かべた。
「なるほど。一理あるかもな。俺も参加したい」
「おい!」
「でもこれ以上時間をこじ開けるのは無理だ。仕事が立て込んでるし王都からも遠すぎる。残念だけど欠席するしかない。でも何があったか教えてくれよ。面白そうだから」
ヘンリーにキャロラインを止めてもらおうと思っていたのに。レジナルドは目論見が外れてしまいがっかりした。
「とにかく、今のままでは手も足も出ない。思いついた策を打ち出して敵が尻尾を出すのを待つしかないよ、なあ、キャロライン」
「さすが殿下、話が早いです!」
キャッキャッ騒ぐキャロラインとヘンリーを尻目に、レジナルドは「そう言う意味じゃないんだけどなあ……」と呟いた。
**********
「心配してたけど、レジナルドとうまくやっているようでよかった」
食事が終わってから3人は部屋を移動して話の続きをしていた。そのうち、レジナルドがセバスチャンに呼ばれて少し席を外した時に、ソファにゆったり腰かけたヘンリーが向かいに座るキャロラインにしみじみとした口調で話しかけた。
「殿下にはお世話になりっぱなしで、こちらこそありがとうございます。正直なところ最初は不安ばかりでしたが、最近になってようやく現実を受け入れられたような気がします」
「本当だねえ。まさか夫が子供の姿になっているとは思わなかっただろうし。僕も全く知らなかった、本当だよ。でなきゃ結婚なんてさせるわけがない」
ヘンリーの態度にふざけたところは一切ない、だから嘘は言っていないのだろうとキャロラインは判断した。
「でも正直、殿下がすぐに信じて下さったのは意外でした。こんな話、普通疑ってかかるでしょう?」
「あいつはともかく、キャロラインはこういう時嘘はつかないだろう? 二人が同じこと言ってるから本当なんじゃないかと思った。君こそ受け入れがたかったんじゃないの?」
ヘンリーに言われて、キャロラインは少し考えてから答えた。
「……そうですね。最初聞いた時は何を言ってるんだと思いました。でも、デレク殿下と一緒に出席していたパーティーでの出来事をレジナルド様に指摘されたんです。あの場にいなければ分からないことを。当然子供らしき人物はいませんでした。ただ、本人に話しかけられたのは覚えてないんですけど」
「えっ! 覚えてないの? 僕から紹介したじゃない!?」
「すいません……その時デレク殿下が何か失言して後始末に忙しかったので、上の空でそれどころじゃなかったんだと思います」
頬にかかった髪をかきあげながら恥ずかしそうに謝罪するキャロラインを見て、ヘンリーも苦笑した。
「もう過ぎてしまったことは仕方なない。そうだ、本人がいないうちに聞いておくけど、レジナルドが子供の姿になっていると聞いて結婚を取りやめようとは思わなかったの? そうだとしても不思議はない。本人も覚悟していたはずだ」
「拒絶したところで、私には帰る家はありませんから。それに来た道を戻るのも面倒だったし」
「本当に君はすごいな、肝が据わってる。普通取り乱したり逆上してもおかしくないのに。デレクはつくづくもったいないことをした」
ヘンリーはまんざらお世辞でもなさそうに言った。そう言えば、前婚約者のデレクのことはここ最近ずっと忘れていた。ヘンリーが名前を出したことで久しぶりに思い出したくらいだ。ここは一応彼の近況を聞いておいた方がいいだろうと、キャロラインは考えを巡らせた。
「デレク殿下はその、お元気でしょうか?」
「ああ、そんなに会う機会ないけど、変わりないみたいだよ。ただ……新しい婚約者のハンナだっけ? が最近おねだりが多いらしくて。浪費家タイプなのかな? 苦労しているみたいなこと小耳にはさんだけど、仲のいい証拠でもあるんだろう」
キャロラインはそれを聞いても全く心が動かされなかった。本当にどうでもよくなったんだなと我ながら思う。ミランダといい、デレクの新しい恋人といい、浪費家の女性は多いのかなとしか考えなかった。
「デレク殿下もお変わりないようで何よりです。雨降って地固まる、ですかね」
「そうだね。何はともあれよかった、と言っていいのかな。レジナルドも念願が叶ったわけだし」
「えっ? 今何ておっしゃいました?」
突然ヘンリーが突拍子もないことを言うので、キャロラインは自分の耳を疑い、ぱっと彼の方に顔を向けた。
「レジナルド様がどうかしましたか?」
「え? まだ聞いてなかったの?」
「何も聞いてませんが。何かありますの?」
「……そうか。それなら僕の口から言うべきではないな。本人に直接聞いてみなさい。大丈夫、悪い話ではないよ」
うっかり口を滑らせたことに気付いたヘンリーは、戸惑いをごまかすように足を何度も組み替えながら答えた。それを見たキャロラインは王太子相手にそれ以上追及することもできず、黙っているしかなかった。
(この期に及んでまた何か隠しているというの? 本当に困った人ね)
すぐに聞いてやるとその時決心したものの、その後つい忙しさにかまけて実際にはなかなか叶わなかった。しかも、この後大きな嵐に見舞われることになったので、それどころではなくなってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます