第10話 突然の王子様のご来訪

「レジナルド様にお手紙が届いております」


レジナルドは使用人から手紙を受け取った。ヘンリー王太子からの手紙かと思ったが、差出人を見てレジナルドは目を丸くした。


「げっ、サマンサからだ。なぜこのタイミングで?」


レジナルドの口から女性の名が出て来たのを耳にして、キャロラインは咄嗟に顔を向けた。二人の目が合い、レジナルドは気まずそうに視線を逸らす。


「『お友達』の一人ですか?」


「そう……ただの『友達』だってば。社交界にいれば異性の友人がいたっておかしくないだろ? もちろん数ある友人のうちの一人だ」


レジナルドはたじろぎながら説明したが、キャロラインはしれっとした顔のままだった。ついさっきまでレジナルドを見直そうと思っていたのに。


「私社交界を知らないので、異性のご友人とどんなお付き合いをするものなのかとんと知りません」


「え? 社交界デビューしてないの!? デレクと舞踏会に出てたじゃないか!」


「デビューはしましたけど、デレク殿下と公の行事に出る以外は、社交界のイベントには殆ど出席してないんです。軽佻浮薄な若者たちが頭空っぽでキャッキャウフフしているだけでしょ、あんなとこ」


キャロラインはツンとして答えたが、レジナルドがきょとんとした顔でこちらを見ているのに気が付いて、ややバツが悪くなった。


「と、とにかく、父の補佐で仕事が忙しかったので、遊んでいる暇はありませんでした。貴族の全員が社交界入りしているわけではありませんし。それにすぐにデレク殿下の婚約者に内定したので、パーティーに出て結婚相手を探す必要もなかったんです。さっきも言ったじゃありませんか?」


そうだ。しっかり者のキャロラインの噂を王室が聞きつけて、頼りないデレクの婚約者として推薦したのだ。彼女としても悪い話ではなかったし、婚約者探しのため煩わしい社交に気を取られずに済むので了承した。それがまさかこんな結果になるとは思わなかったが。


「その、サマンサかタバサか知りませんが、彼女はあなたが結婚したと知ってお祝いをしたいんでしょうから、お受けすればいいのでは?」


「いや、その必要はない」


なぜかレジナルドが断固とした口調で言うので、キャロラインは目をしばたいた。


「えっ、どうして? お友達なんでしょう?」


「友達と言っても、大した仲じゃないからどうでもいいよ。その……お前言うところの軽佻浮薄な奴らだし」


「その、もしかしてサマンサという方と恋仲だったりしたんですか?」


「それはないから大丈夫。でも、こっちにその気はないのにしつこく言い寄られて冷たくあしらったことはあったかな。だから安心しろって。こんな仕打ちをするほどのことじゃないだろ?」


しかし、キャロラインはじとーっとした視線をレジナルドに向けた。


「あなた女心ってものを全く理解してないんですね。女性ってのは、プライドを傷つけられたらいつまでも覚えているものなんです。あなたは軽い気持ちかもしれませんが、相手は深く恨んでいるかもしれませんよ?」


「ええ? そういうものなの?」


「この調子だともしかしたら、彼女以外にもあちこちで恨みを買ってるかもしれません。そうだ! この際、サマンサ嬢だけでなくあなたの『お友達』をまとめて招待しましょう! レジナルド様は急な病気で欠席ということにして、あなたがいないところで彼らがどんな態度に出るか観察すれば、つい油断して本性を見せてくれるかもしれません。隠れた動機も見つかるかも」


いいアイデアを思いついたように、手をぽんと叩きながらキャロラインが提案したが、レジナルドの方は浮かない顔をしていた。


「あーいや、そんなことはしなくていいよ。あんまりいい予感がしない」


「いい予感がしないってどういうことですか? 現実を見るのがそんなに怖いですか?」


「いや……そうじゃなくて」


「ならやってみましょう。何事も行動あるのみです」


キャロラインには、レジナルドがここまで口ごもる理由がどうしても分からなかった。彼のそばにいる人物ほど恨みを抱きやすい、それならば怪しいところからつつくのが最適と思われた。


**********


ヘンリーの返事が届いたのはそれから数日後のことだった。ここに来てからやるべきことが多すぎて仕事に追われていたキャロラインだったが、ヘンリーからの手紙は心から待ち望んでいたので、その時やっていたことも放り出して、手紙に飛びついた。


「ちょっと~~! レジナルド様!」


執務室での子供机でセバスチャンと書類仕事をしていたレジナルドの元に、手紙を手にしたキャロラインが飛び込んで来た。


「何だ、騒々しいな。もっと静かにできないのか」


「これ、これ見て……消印も王都じゃなくて中継地になってるし、すぐそばまで来てるのよ!」


レジナルドは手紙に顔を突っ込んで読んでいたが、内容を理解して青ざめた。ヘンリーの手紙には、とんでもない事態になったことへの驚きとお見舞いの言葉と、「余りに心配なので直接見舞いに行きたい。我慢できないのでもう途中まで来ている」という一文が書かれている。


「しかも途中の宿から出した手紙じゃないか。ってことはもうすぐ着いちゃうよ!」


それから屋敷の中はてんてこ舞いの大騒ぎになった。一番いい部屋を王太子のために用意して慌てて掃除をする。いくら私人としての訪問だとしても粗相があってはいけない。


ヘンリーのことだからわざと直前になって知らせて来て、こちらを驚かせてやろうと言う魂胆なのだろう。彼がぺろっと舌を出す姿を想像して、レジナルドはグギギと歯ぎしりした。


そうしている間にもヘンリーの一行はこちらへ向かって来る。手紙をもらった日の夕方に彼は到着した。キャロラインとレジナルドはへとへとになりながら彼を迎えたのだった。


「やあ久しぶり。でもないか。キャロライン、元気そうだね」


ヘンリーは旅の疲れも見せず、ニコニコ顔でキャロラインに挨拶した。金髪碧眼の王子様はどんな時も見目麗しく、女性を魅了する美貌も健在だった。


「もっと早く手紙をよこしてくだされば、ちゃんと準備ができましたのに。殿下、わざとでしょう?」


相手は目上の王太子ということが分かっていても、キャロラインはどうしても小言を言いたくなってしまった。


「あはは、もてなしは要らないって書いたのに。レジナルドが心配で来ただけだからさ。ちょっと王宮を留守にしてて、手紙を受け取るのが遅くなってしまいすまない。ところでレジナルドはどこ?」


ヘンリーが辺りをキョロキョロ見回すと、キャロラインのスカートの後ろに隠れるようにして立っているレジナルドを見つけることができた。


「ああ、確かにレジナルドだ。髪と目の色が同じだしよく見ると面影がある。お前子供の頃はこんな顔だったのか」


ヘンリーは腰をかがめてレジナルドの顔を覗き込んだ。するとレジナルドは避けるようにまたキャロラインの影に隠れようとした。そして再び顔を出して、口をとがらせながらヘンリーに抗議した。


「変なところで感心するなよ。お前らしい悪戯だとは思ったけど、本当に肝を冷やしたんだぞ。親しき仲にも礼儀ありだ。連絡はちゃんとして来い」


「子供の頃は結構かわいかったんだな。別に大人に戻らなくてもこれからキャロラインに再教育してもらえば?」


「バカ言うなよ! 冷やかしに来たんなら帰れ!」


二人のやり取りを見ていると、彼らが気の置けない友人というのは本当らしい。王太子相手にここまで打ち解けて話せる人間は限られて来る。まるで悪ガキ同士のような会話に、キャロラインはついほっこりしてしまった。ヘンリーがすぐに訪ねて来たことも含めて考えると、かなり親密な関係なのだろう。


キャロラインはヘンリーを応接室に通した。そこで王都や実家の様子を簡単に聞いた。もっとも離れてからそう時間は経っていないので、大した話は出てこない。それより相談したいことがあった。


「ヘンリー殿下、急ごしらえではございますがご夕食を用意しております。その後にもしお疲れでなければご相談したいのですが……」


「夕食後と言わず、今話してよ。僕とレジナルドの仲なんだからかしこまらなくていいって言ったでしょ。聞かせて、どうしてレジナルドが子供になってしまったのか」


ヘンリーはソファに腰かけたまま、身を乗り出して二人に話しかけた。姿勢はくつろいだままだが、眼光がにわかに鋭くなる。レジナルドはごくりと唾をのんでから話を始めた。


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