第6話 犯人はヤツ
セバスチャンは主人を見てほくほくしていた。自分から積極的な行動を起こすなんて、子供の姿になってから初めてのことだ。それまで不平不満を言うだけで、有効な手立てを何一つ打ち出さなかったレジナルドがようやく重い腰を上げたのだから。新しく来た奥様には感謝してもしきれない。
「まず、あなたに恨みを持つ人間をピックアップしましょう。誰か心当たりはありますか?」
キャロラインは居間のソファに座りながら紙とペンを用意してレジナルドの前に差し出した。
「何だこれ?」
「ですから、あなたに復讐しそうな人間の名前を書いてください」
「何言ってるんだよ? 社交界のプリンスとうたわれた俺がそんな恨みを買う訳ないだろう?」
「プリンスだからこそ恨みを買うんですよ。何も分かってませんね」
胸を張って自信たっぷりに言うレジナルドを見て、キャロラインがため息混じりに答えた。
「別に悪いことをしなくてもただ幸せそうと言うだけで人は恨みを買います。人間なんてそんなものです。おまけに随分女性にモテたそうじゃありませんか。女性関係のトラブルはなかったんですか?」
年下のキャロラインの方が冷徹な物の見方をしているのを知って、レジナルドはバツが悪そうに下を向いた。子供の姿なので、悪戯をして怒られているようにも見えてしまう。
「う、うるさい。モテたのは事実だが、ひどい仕打ちをした覚えはない。向こうが勝手に逆恨みしただけだ」
「では、逆恨みした方のお名前を書いてください」
「なんでそんなことを教えなきゃいけないんだ! 結婚前の火遊びをとやかく言われる筋合いはない! 人のプライバシーを詮索するな!」
「あなたの過去の交友関係なんて興味ありませんが犯人をつきとめるためなので」
キャロラインは無慈悲な表情で淡々とレジナルドに告げた。まだあどけなさの残る少年と火遊びがどうのという会話をしているとつい調子が狂うが、自分のペースを保っていようと気を引き締めた。
「どの道、この先私もあなたのお友達と交友しなければならないのです。どのような方がいらっしゃるのか知っておく必要があるでしょう。セバスチャンの話では、私とは違うタイプのようですが、妻の役目として夫の友人であれば接待しなければいけませんし」
「あいつらと会う必要はないよ!」
レジナルドは頬をぷくっと膨らませながら言ってから、少し声を落としてすねるような口調で続けた。
「ヘンリーはともかく、他の奴らは別にどうでもいいし……この1ヶ月間何の音沙汰もなかったことでどんな奴らか分かったよ。この先も付き合わなくたっていい」
「逆に言うと、ヘンリー殿下は特別ということですか?」
「特別と言うか……心配して手紙を送ってくれたのはヘンリーだけだった。こっちはそれどころじゃなかったので返事は書いてないが」
「返信してないんですか? あなたこそひどいじゃありませんか!」
「仕方ないだろう? ショックが大きすぎて何もする気になれなかったんだ!」
「では、今すぐヘンリー殿下に全てを打ち明けましょう! 相談するなら彼しかいません! 顔も広いし、解決の糸口になりそうな人を紹介してくれるかもしれません。どうせ知らせるなら一番役立ちそうな人にしましょうよ!」
レジナルドはそれを聞いて眉間にいくつも皺を寄せた。
「嫌だ。ヘンリーだけは嫌だ! バレたら絶対笑われる! 罰が当たったんだって言われるに決まってる!」
「……ということは、罰が当たるようなことをしたんですね?」
キャロラインに痛いところを突かれてレジナルドはうっと言葉に詰まった。
「それはほら、さっき言った火遊び関係のことだ……ヘンリーは内情をよく知ってるから……」
「それならあなたをよく知る人物として尚更適任じゃありませんか。それに——」
「それに?」
「きっとヘンリー殿下は、偵察のために私を派遣したんだわ。仲のいい友人がしばらく音信不通だから様子を見て来いと。ちょうど弟の婚約者がフリーになったから、結婚させるついでに調べて来いと、そういう訳だったんですね。厄介払いもできるし一石二鳥だし」
「いや、それは違う……」
レジナルドが言葉を挟もうとしたが、キャロラインは構わず話し続けた。
「話が余りにもとんとん拍子に進むからおかしいとは思っていたんです。デレク殿下の時は、彼が頼りないからしっかりしたお嬢さんがいいと頭を下げて頼まれたのにあっさりと捨てられ、その罪滅ぼしだと思いたかったんですが、どうやら違ったようですね。でもいいんです。ヘンリー殿下は悪い方ではないのは知ってますし」
「だから違うんだってば……」
しかし、キャロラインは一度思い込んだらなかなか修正の利かないタイプだった。レジナルドが何か言おうとするのをぴしゃりと跳ねのけた。
「結構です! そういうことでしたら私は私の任務を全うします! なので、私からヘンリー殿下に手紙を書きますから、あなたも手紙で彼に全てを打ち明けてくださいね。どっちにしろ、誰かに相談しないことには解決は無理です。ああそれと」
「まだあるのかよ!」
「1ヶ月外に出てないとおっしゃいましたが、領地の方はどうなってますか?」
「へ? 領地?」
「へ? じゃないでしょ! あなた領主なんですよ! 領民をほったらかしにして何やってんですか!」
それを聞いてレジナルドはたじろいだ。正論過ぎてぐうの音も出ない。
「書類仕事ならやったさ。別にここにいてもできるし」
「領主の仕事は書類仕事だけじゃないでしょ。見回りもしなかったんですか?」
「こんな格好になんだからできるわけないだろう? 無茶言うな」
「あなた自身ができなくても、家臣を派遣するやり方もあるじゃありませんか。全然行ってないのなら今からでもすぐに視察の計画を立てましょう。私も行きます」
「え? お前も行くの?」
「当たり前じゃないですか。自分の領地を見て回らずにどうするんですか?」
戸惑いを隠せないレジナルドとは対照的に、後ろで控えていたセバスチャンは嬉しそうな顔をした。
「それならすぐに視察の準備を整えます。場所はどこがいいですかね……手始めに製紙工場などどうでしょう?」
「いいわね。確かここは製紙業が盛んらしいわね。国で使われる紙の最大生産量を誇っているとか。ぜひ行ってみたいわ」
キャロラインとセバスチャンが盛り上がるのを、レジナルドは黙って見ているしかなかった。
「それと、事務的な仕事も私に手伝わせてください。こう見えても領地経営は父に代わって前からやっていたんです。そのために専属の執事もいるくらいですし。さあ、やることがたくさんできましたね。ヘンリー殿下に手紙を書く。領地を視察する。何だか楽しみになってきました!」
げっそり顔のレジナルドとは対照的に、キャロラインはキラキラと目を輝かせた。王都から厄介払いされようが、新天地で自分のやるべきことができてまた希望が湧いて来た。
結局のところ、自分が必要とされている場所が一番大事なのだ。ここがそういう場になってくれそうだという期待と予感に、キャロラインは胸を膨らませた。
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