第4話 夫が子供になってた件について

キャロラインたちは詳しい話を聞くため応接室へと通された。この家の女主人になったのだから本来は居間へ通されるのが筋なのだが、来たばかりなのでとりあえず応接室へ行きましょうということになった。それより遥かに重大な問題に直面しているので、些細なことは誰も気にしなかった。


「子供の姿に変わってしまったと、つまりそうおっしゃるのですか?」


キャロラインは真正面の少年を前にして、上ずった声を上げた。応接室のソファにそれぞれ向き合う形でレジナルドとキャロラインが座り、レジナルドの背後にはセバスチャンが、キャロラインの背後にはジーナがそれぞれ控えている。


「ええと……何と言っていいか分からないんですが、そんな話をどうやって信じろと?」


「信じるも何も嘘を言ってどうする?」


レジナルドがふくれ面で言うのをセバスチャンが慌てて止めた。


「疑われるのもごもっともです。しかし、奥様を避けたいのなら、こちらだってもう少しましな嘘を考えます。まず、こうなった経緯を説明させてください」


キャロラインは腕を組んだまま不機嫌な態度を隠そうとしなかった。何より張本人である、レジナルドと名乗る少年が不遜な態度を崩さないのが最大の不満だった。


「こちらをご覧ください」


そう言って、セバスチャンは花模様の貝細工が施された黒檀の小さな箱をローテーブルの上に置いた。


「何これ?」


「何って黒い小箱だろ。見れば分かる」


「だからこれがあなたと何の関係があるって言ってるのよ!」


とうとうキャロラインも態度を取り繕わなくなってきたので、後ろに控えていたジーナが小声でたしなめた。


「くそっ、見るのも忌々しい。ちょうど1カ月前にこいつが俺の元に送られてきて、蓋を開けた途端白い煙がモクモクと上がって、気づいたらこうなっていた。差出人は書いてなかった」


キャロラインたちはその話を聞いて呆気に取られた。余りにも突拍子なさ過ぎてもっとましな嘘をつけと言いたくなる。実際にそう言いそうになったがどうにか我慢した。


「遥か東洋の国に似たような話があったと聞きますが、それはおじいさんになるから少し違いますね」


読書量なら誰にも引けを取らないジーナが思案顔で呟いた。キャロラインは恐る恐るその箱を手に取り、もう効果はないことを確認してからそっと蓋を開けた。何の変哲もない小箱で、ちょっとした小物入れを入れるのに適した大きさだ。中を覗いたが何も入っていない。


「煙は出た後なので何も残ってない。その場にいたのは俺だけで、セバスチャンたちが駆け付けた時は煙がわずかに空中に漂っているだけだった」


「私たちもご主人様の叫び声を聞いて慌てて駆け付けました。部屋の中が少し煙くさかったので窓を開けて空気の入れ替えをしました。もうその時は今のお姿になっていたのです」


キャロラインは後ろにいるジーナの方を振り向き、顔を見合わせた。やはり信じられない。魔法やまじないの類としか思えないが、そんなものこの世界には存在しないはずだ。


「いにしえの時代には魔術があったという話もあるけど……現代まで残っているとは聞いたことがないわ。古魔術を研究している人がこの辺にいるのかしら。誰かそういう人をご存じですか?」


「知らん。魔術が現代に残っている話も聞いたことはない。でもあれは白い煙だった。それを浴びただけでこのザマだ」


レジナルドはむすっとした表情を崩さずに答えた。後を引き継いでセバスチャンが補足の説明をする。


「お話しできるのはこれだけなんです。他に何があったと言うわけでもなくて……余りに手がかりが少なすぎて我々も手出しができないのが現状です」


「誰かにこのことを相談しましたか?」


「こんな恥ずかしいこと誰にも言える訳ないだろう! 友人知人には誰にも話してない、もちろんヘンリーもだ! 知ってたら結婚しろなんて言うわけないだろう!」


「こんな姿になったから結婚は無理だと説明すればよかったのに」


「そんなこと恥ずかしくて言えない……ヘンリーに知れたらあっという間に噂が広まってしまうし……とにかく秘密にしなければいけなかったんだ。母親にも言ってない」


「ええ? お母様にもですか?」


キャロラインは驚かずにはいられなかった。レジナルドの父は既に亡くなっており、母親とは別居、この屋敷には彼一人だけ住んでいるとは聞いていたが、いの一番に親に報告するのが普通ではないのか。


「うちは親子関係が希薄なんだよ。貴族ならそういう家よくあるだろ……とにかくこの屋敷の使用人以外は誰も知らない。部外者に打ち明けるのはお前が初めてだ」


聞けば聞くほどおかしな話だ。キャロラインは驚くと同時に、再び不信感がむくむくと芽生えて来た。


「待ってください。私まだあなたの話を信じたわけではありません。親にすら打ち明けてない話を信じろなんて変じゃありませんか。まだあなたがレジナルド様であるという証拠を教えてもらってないのですが?」


それを受けてセバスチャンは、かねてより用意してあったらしい肖像画をローテーブルの上に置いた。


「これはレジナルド様が11歳の時に描かれた肖像画です。今とお姿がそっくりでしょう? 私たちの記憶でも15年ほど前のお姿と一致しております。いやーこの頃はまだかわいかったですなあ」


「肖像画なんていかようにも描けるでしょう? これが昔に描いたものだという証拠はありますの? 最近描いたということもあり得るじゃありませんか」


キャロラインにぴしゃりと言われてセバスチャンはぐうの音も出なかった。他にレジナルドが本物か証明する手立ては用意できなかったようである。使用人の証言など簡単に捻じ曲げることができる。手立ては尽きたように思われた。


「そうだ、半年前の王室主催の舞踏会、デレク殿下と一緒にいただろう? 婚約者として」


レジナルドがふと顔を上げてキャロラインに言った。確かに半年前にデレクと一緒に舞踏会に出ていた。あの場にレジナルドがいたのには気づかなかったが。


「俺もあそこにいたんだ。ヘンリーに紹介されたの覚えてない?」


キャロラインはきょとんとした。あの日はデレクの尻ぬぐいに躍起になっていて、誰と会ったかまで気が回っていなかった。ヘンリーに声をかけられた記憶はあるが、レジナルドのことは覚えていない。それを正直に伝えたらレジナルドは少し傷ついた顔をした。


「あの時、デレクが要人の名前を覚えてなかったよな、それをお前が代わりに説明してその場を収めてるところを見た。後になってデレクに不満を言われているようだった、内容はよく聞こえなかったが、お前がでしゃばるなみたいなことを言われたんじゃないか? 表向きは謝っていたけど、不満が隠せないのが傍から見て面白かった。貴族の癖に隠すのが下手なんだな」


それを聞いたキャロラインは、見る見るうちに顔が真っ赤になった。確かに彼の言う通りだ。まるで見て来たように物を言う、と思ったところで本当に見られていたのだということに気が付いた。そのことにはっとすると、向こうもそれを悟ったかのようににやりと笑った。あの場に子供の姿はなかったのは確かだ。


「他にもあるよ。デレクが他の女に色目を使ってたのを見て、あんたがたしなめていたっけ。婚約者というよりお世話役みたいだったからよく覚えてる——」


「もういい!」


キャロラインはたまらず叫んだ。


「分かりました。あなたがレジナルド様ということは信じます。だからこれ以上は結構です。まだ分からないことだらけだけど今後のことはおいおい考えていきましょう」


それを聞いたセバスチャンは全身の力が抜けたようにほっと安堵のため息を漏らした。


「信じて下さってありがとうございます。私たちも色々と解決法を探しましたが、手詰まりでどうしたらいいものかと悩んでいたんです。奥様がいらっしゃったことでこの事態を打破できれば、こんなに嬉しいことはありません。どうかよろしくお願いします」


しかし、主人の方はまだ警戒心を解かず、疑いの眼差しをキャロラインに向けた。


「おいおい考えるとはどういう意味だ? これからすぐに馬車を手配して、夜が明ける前にここを出て行く算段でもするつもりか?」


キャロラインはえっと驚いてレジナルドを見た。


「王都に逃げ帰ってあることないこと言いふらすんだろう。とてもこんな場所にはいられませんって。それなら同情されるだけで結婚も白紙に戻せるからな」


「な、何言ってんのよ!?」


「こんな俺と誰が結婚したがるんだ? 可哀そうと同情されるだけで誰も助けてくれない! どうせ貴族なんてみんな同じだ! 外では憐れんで、見えないところでは馬鹿にするんだ!」


「ちょっと、レジナルド様。奥様に向かってそんな……」


セバスチャンがおろおろしながらレジナルドをたしなめたが、彼の方は怒りが収まらない様子だった。


「王都に戻ってヘンリーに報告しろよ! 社交界で一世を風靡したレジナルド様は憐れなお姿になって家に引きこもってますって! お前も笑いたかったら笑っていいんだぞ!」


レジナルドはそれだけ言うと、ドアを蹴飛ばして開けてそのまま部屋から出て行った。後にはぽかんとしたキャロラインたちが取り残されたのだった。

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