第2話 これって追放と何が違うんですか!?

『やあ、キャロライン。突然だけどハッピーなお知らせです。なんと! 新しい嫁ぎ先が決まりました! 早速明日王宮に来てね。デレクより』


キャロラインは、ぽかんと口を開けたまましばらく棒立ちになっていた。時間が経ってやっと我に返ったかと思うと、次の瞬間思わず大声を上げてしまった。


「はあっ? 何言ってんの? あのアホ王子!」


「キャロライン! 落ち着いて。悪い話ではないし、そう怒る事じゃないよ」


「そうよ、デレク殿下も良かれと思ってしてくれたのよ、きっと、いや多分」


ウェッジ伯爵とミランダがおろおろしながらなだめたが、キャロラインの怒りは治まらなかった。


「だって、あれから数日しか経ってないのよ? 誠意ある償いをするというなら普通時間かけてじっくり選ぶじゃないの! なのに、ハムサンドが売り切れたから卵サンドを選びますみたいな安直さは何!? 私のこと何だと思ってるのよ! やっぱり許せない!」


「とりあえず、明日またデレク殿下に会いに行こう。そこで詳しい話を聞かせてくれるはずだ」


結局、翌日行きたくもない王宮にまた出向く羽目になった。むすっとした表情を隠せないキャロラインに、デレクはニコニコしながら事の詳細を説明した。


「やあやあ、僕の誠意を受け取ってくれたかな? 一刻も早く君を喜ばせたくてすぐに結論を出したんだ。相手は、ななな何と、社交界のプリンスとうたわれ、余りのイケメンぶりに女性たちを数多く失神させた伝説を持つ、レジナルド・アンダーソン辺境伯だ!」


「へ、辺境伯!?」


キャロラインは思わず身を乗り出して聞き返した。


「だってすぐに見つけて欲しいって言っただろう? でも王都で条件に合う殿方は残念ながらいなかったんだよ。年齢や身分が釣り合わなかったり、借金を背負ってたり、意地の悪い姑がいたり、ギャンブル狂の親戚がいたり。でもアンダーソン家なら大丈夫! ヘンリーの友人だから身元の保証もできてるよ。唯一の欠点は、領地が国境沿いの田舎なんだけど、領地経営なんか放っといてこっちに遊びに来ちゃえばいいから。こんな短期間でOKが出るなんて最早愛だね!」


ヘンリーとは長兄の王太子のことである。それにしても田舎の辺境伯に嫁がせるなんて、これでは体のいい追放ではないか。自分が追放されるようなことをしたのだろうか。完全に向こうの落ち度なのに。


しかもデレクのアホは、これが追放を意味するとは全く気付いてない様子だ。純粋にいいことをしてやったと思っている。キャロラインは怒りとショックで頭がくらくらしながらも、何とか言葉を探した。


「あの、殿下。お言葉ですが、これでは私が厄介払いされるようなものではないですか。きちんとお見合いをするならともかく、いきなり辺境伯に嫁げと言うのは——」


キャロラインの話の途中で、いきなり部屋の扉がバーンと開け放たれて、一人の男性が大股で歩きながら部屋に入って来た。


「やあ、やあ、キャロライン。この度はうちの愚弟が迷惑をかけてしまって申し訳なかった。僕からも詫びを入れさせて欲しい」


キャロラインは突然現れた人物を見て仰天した。デレクの長兄のヘンリー王太子ではないか。金髪碧眼という王子様を絵に描いたようなヘンリーは眉目秀麗で、女性なら見惚れない者はいなかった。こんな時ですら背中に薔薇を背負っているかのようにキラキラした王子様オーラを振りまいているのだから感心せざるを得ない。


キャロラインも思わず目を凝らしたが、生憎今はきれいな顔を観賞する暇はなかった。なぜここにやって来たの? キャロラインは目をまん丸に見開いて呆気に取られてしまった。そんなキャロラインをよそに、ヘンリーは当たり前のようにデレクの隣に座り、口を開いた。


「デレクに、キャロラインの新しい嫁ぎ先を探してくれと泣きつかれてね、僕の広い交友関係の中から最良の人物を提案しておいたよ。レジナルドは家柄財産共に申し分なく、おまけにとびきりイケメンと来ている。数多の女性を泣かせた伝説は伊達じゃない。でも彼もそろそろ26になるはず。この辺で身を固めた方がいいだろうとは常々思っていた。そこで君の登場だ。父になり替わり領地経営もできる才気煥発な令嬢。正におあつらえ向きではないか! むしろうちの愚弟よりもふさわしいかもしれん。ここは一つ、私の顔を立てるためと思って首を縦に振ってくれ、なっ!」


キャロラインは、突然のヘンリーの登場にたじたじとなっていた。デレク一人なら簡単だが、王太子が出てくると話は厄介だ。デレクのようなアホではないし、この話にも裏があるに違いない。気付かないのはデレクだけで、ヘンリーの方は何か企んでいる気がする。


「ヘンリー殿下のご紹介となれば……私に選択の余地はないってことですよね?」


「さすがキャロライン! 物分かりがいいな! その通りだよ、アッハッハハ!」


ヘンリーは悪役のような高笑いをすると部屋を出て行った。まるでつむじ風が通り過ぎたような衝撃だ。後に残された当事者のデレクとキャロラインは、さすがにしばらく口を開く気にはなれなかった。


**********


「そういうわけなのよ! デレク一人ならどうにかなったけど、ヘンリー殿下が出てくるなんて思わなかったわ! しかも私に拒否権がないなんて、これじゃ王都追放と同じじゃない! 私が何したって言うのかしら!」


キャロラインは家に戻って来てから、ジーナに不満をぶちまけていた。家族は全く当てにならないので、相談事があったら彼女にするのがお決まりになっていた。


「しかし、これは逆にチャンスかもしれませんよ、キャロライン様」


ジーナはこめかみに指を当てながら、何やら思案顔でそう言った。


「チャンス? どういう意味?」


「キャロライン様は『婚約破棄』されて王都を『追放』される。これは巻き返しのフラグです」


「ふ、ふらぐ!?」


「しかも『辺境伯』に嫁がされるということは、そのお相手はとんでもない優良物件である可能性が高いです」


「そ、そうなの?」


「はい。辺境伯というのは、冷酷とか無慈悲などと言われ、人々から敬遠され、領地に引きこもっていると相場が決まっております。戦場で輝かしい戦績を上げながら、顔に大怪我を負って仮面を被っている場合もあります。しかし! その実態はとても性根が優しく誠実で、追放された傷心のヒロインに一目ぼれして溺愛するのが通例です!」


「で、できあい……」


「しかも類まれなる美貌の持ち主でもあります。顔に傷を負っている場合も仮面との相乗効果でとんでもなくセクシーなご尊顔なのであります!」


「そう言えば、最近領地に引きこもっていると聞いたわ。おかしいわよね、社交界の華と言われたイケメンが人前に姿を現わさないなんて……」


「社交界の華!? イケメン!? いわゆる『スパダリ』じゃないですか! ここまでお膳立てが揃っていれば、デレク殿下に『ざまぁ』する展開も十分考えられます。キャロライン様、これは逆にチャンスと考えた方がよろしいかと」


目をらんらんと輝かせ前のめりになって主張するジーナにキャロラインは圧倒された。そうだ、この優秀な使用人の唯一の欠点は、読書が好きすぎて夢見がちなところだった。一体どんなジャンルを読んでいるのか知らないが、ジーナは博識である一方で、現実と空想を混同する癖があった。


「ジーナ、あなた小説の読み過ぎよ。これは現実なの。それにしてもやはり王族の方にしてやられた感は否めないわ。ヘンリー殿下の口添えとあったら断るわけにはいかないもの」

「でもこの家を出られることには変わりありません。本のような素晴らしい展開にはならなくても、新しい道が開けるのは確かだと思います」


「そうねえ……この家を出られるのは大きいわよねえ……」


キャロラインは顎に手を当てじっと考え込んだ。家を出て行くとなったら領地経営で得た知識も不必要になるのだろうか。それはそれで少し寂しかったが、腑抜けの父親と浪費家の継母から離れられることの方が嬉しかった。


「確かにあなたの言うとおりね。新しい領地へも一緒に連れて行くからそのつもりでね」


ようやく、キャロラインも前向きな考えができるようになった。ぱっと顔を上げジーナに微笑みかけると、彼女も微笑み返した。そうだ、一人じゃない。自分には仲間がいる、この先何が待ち構えていても2人で知恵を絞ればなんとかなる。今までそうやってきたように。キャロラインは、新しい生活に思いを馳せ、いいイメージを膨らませようと気持ちを切り替えた。

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