婚約破棄された令嬢が追放先で嫁いだ相手はスパダリ辺境伯(ただしショタ)でした
雑食ハラミ
第1話 余りにありふれた婚約破棄劇
「すまん、キャロライン。君に落ち度がないのは分かってる。でも真実の愛を見つけてしまったんだ。結婚するなら彼女以外にありえない。この埋め合わせは必ずする。どうか一生の頼みを聞いて欲しい」
初夏のある晴れた昼下がり、王宮の客間の一つで婚約破棄劇が繰り広げられていた。金箔の装飾入りの大きな花瓶には豪奢な花が生けられ、爽やかな香りを振りまき、窓からは明るい陽射しが部屋を照らしている。少しだけ開けられた窓からはさわやかな風と鳥のさえずりも聞こえてくる。
こんな居心地のいい部屋で、なぜ見苦しい言い訳を聞かなければならないんだろう? キャロライン・ウェッジ伯爵令嬢は、ひたすら頭を下げるデレク第4王子をしれっとした顔で眺めていた。
なにが「真実の愛」「一生の願い」だ。第4王子とは言え、王族相手にこちらが強い態度に出られないのは知ってるくせに。それでも謝ってくれるだけマシと思わなければならない。
キャロラインは、思わず大きなため息をついてしまった。それを見たデレクは更に頭を下げる。これでは頭が地面についてしまうではないか。
「殿下、どうかお顔をお上げください。私が何かを言える立場でないのはご存じのはずです。殿下が私以外の方と『真実の愛』を見つけたのなら、潔く身を退かなければならないのは分かっています」
「でもっ! せっかく無理を言って婚約してもらったのに、こっちの都合で破棄するなんていくら何でも悪いだろう? 一度誠意を持って謝らなくちゃと思って——」
「そのお言葉だけでもありがたいです。どうか私のことはお気になさりませんよう」
それを聞いたデレクはぱっと顔を輝かせた。全く、このバカ王子の単純さには呆れ果てる。キャロラインが心中複雑なのは変りないのに、なぜ許しを得たような顔になっているのか。この変わり身の早さにはさすがに引く。
「ありがとう! この恩は一生忘れないよ! お詫びと言ってはなんだけど、せめてもの罪滅ぼしに何かしてあげたい。欲しいものとかある? 僕ができる範囲で望みを叶えてあげるよ」
許しを得たデレクは、目をキラキラ輝かせながら提案した。ついさっきまで塩をかけられた青菜のようにしおれていたくせに。悪い人じゃなかったんだけどね……などと頭の片隅で思いながら、キャロラインは熟考を重ねたのち驚くべき提案をした。
「それなら、新しい婚約者を私に紹介してください。高望みはしませんから家柄財産共につり合いの取れるところで、年はなるべく近い方がいいですね。後妻だとバツが悪いですから。早く家を出たいので速やかにお願いします」
**********
キャロラインは馬車で王宮から自分の邸宅へと戻った。ガタゴト揺れる馬車の中で、彼女は口をあんぐり開ける王子の間抜け面を思い出し、一人クスクス笑っていた。
あの顔は実に見ものだった。新しい恋人に浮かれ切っているデレクに冷や水を浴びせた形になるがいい気味だ。
王族とは言えデレクは第4王子なので、自由で責任も重くない分、兄たちに比べると重要度は低い立場だった。それ故の肩身の狭さもあるのかと思って、婚約者になった当初は自分が支えてあげようという殊勝な気持ちもあったが、余りにも頼りなく優柔不断で、挙句の果てに他の恋人を見つけて「真実の愛に目覚めた」と言われた時はほとほと愛想が尽きた。
だから婚約破棄されてもさほどダメージは受けなかったが、別の意味で困る羽目に陥った。それは、彼女の家庭事情を見れば分かる。
キャロラインが家の中に入ると、父がいそいそと部屋から出て来た。娘の帰りを今か今かと待ち構えていたのは明らかだ。それを見た彼女は、この後父が何を言い出すかが簡単に予想できてしまってやれやれと思った。
「あ、キャロラインお帰り。デレク殿下はどうだった? どんな話になった?」
「別に。王子の頼みなんですから断れないじゃないですか。お父様も国王陛下とは話がつきましたの?」
「ああ、慰謝料としてかなりの額を補償してもらえた。これでミランダに新しいドレスを買ってやれるぞ」
キャロラインは父のほくほく顔を見てまたため息をついた。どうして自分の周りの男性は揃いも揃ってみな頼りないのだろう。
父のウェッジ伯爵は、キャロラインの母が亡くなった後、ミランダという若い後妻を迎えた。このミランダというのが、取り柄が外見だけという女性で、貴族の作法も知らなければ、気の利いた会話一つできない、おまけに浪費家だった。
すっかり骨抜きにされたウェッジ伯爵は、ミランダのためにせっせと貢ぐ毎日だ。いくら財産があってもいつか底を尽きてしまう。挙句の果てにキャロラインの婚約破棄の慰謝料まで当てにする有様だ。
(こんな家早く出て行ってやる! 男だったらいくらでも口実があるのに女だと結婚しか方法がないなんて不公平にも程があるわ!)
キャロラインは内心はらわたが煮えくり返る思いだったが、喧嘩しても無駄なのは過去の経験から学んでいたので、今では家族の好きなようにさせていた。
「ちょっと疲れたので部屋で休ませていただきます。食事は湯あみをした後にします」
キャロラインは早く自分の部屋に戻って一人になりたかった。そして部屋に入ると後ろ手でドアを閉め、ぼふんとベッドに身を投げた。
今日は色々ありすぎた、もう何も考えたくない。うつぶせのまま動かないでいるとドアをノックする音がして、執事兼お世話係のジーナがやって来た。
「キャロライン様、お帰りなさいませ。さぞお疲れのことでしょう。すぐに湯あみの準備を致します」
キャロライン専属のお世話係兼執事のジーナは、洗面室に直行しててきぱきと湯あみの準備を整えた。貴族令嬢に専属のメイドが付いているのは珍しくないが、ジーナは執事の仕事も兼ねていた。
というのも、本来父がやるべき領地経営の仕事を、娘のキャロラインが肩代わりするようになったからだ。父がミランダにかまけている間に領地が荒れていくのを、キャロラインは放置することができなかった。男女平等という考えなのか、単に面倒くさかっただけなのかは不明だが、父はそんな娘の申し出を歓迎してくれた。
「ねえ、ジーナ。もう最悪よ~。私の人生計画が全てパーになったのよ」
キャロラインはデレクや父に対するよりもくだけた口調で、ジーナに話しかけた。
「結婚を口実に家を出て行く計画は、まだ駄目になった訳ではありません。まだこれからもチャンスがありますよ」
「その点あなたはいいわよねえ。結婚するよりも都会で働きたいと言って家を出られたんですから。理解のあるご両親で羨ましいわ」
「うちは地方領主に過ぎませんから。伯爵家とは事情が異なります」
「自由になりたければ結婚するしかないなんてひどいわ。男に生まれたらもっと選択肢があったのに。それならそれで、もう少し美人に生まれればよかったんだけど」
キャロラインは、体を起こして鏡に写った自分の姿をしげしげと眺めた。
キャラメル色の髪に灰色の目をした自分と目が合い、いろんな角度から顔を確認してみる。私の何がいけなかったのかしら? とびきりの美人というほどではないが、まだ20歳と若いし、そんなに見れない顔でもないと思うのは自惚れすぎなのだろうか?
「キャロライン様は今のままで十分お美しいですよ。私もお仕えできて光栄です」
「ふふっ。あなたに言われると、男性に褒められている感じがしてしまうわ」
キャロラインは、眼帯に手を当てうやうやしく言うジーナを見て微笑んだ。
ジーナは、隻眼という際立った身体的特徴がある。片目を黒い眼帯で隠し、ワインレッドの髪を後ろに一つに束ね、黒のリボンタイ、ベスト、パンツスーツ姿という格好は女性には珍しい。キャロラインの下で働く使用人という立場にもかかわらず、彼女のファンクラブがあるくらいだ。社交界において、地味な令嬢キャロラインよりも使用人のジーナの方が注目を集めることが多かった。
早く相手を見つけて欲しいとデレクには言ったが、実際そんなに期待はしてなかったし、話が進むとしてもしばらく先になるだろうと踏んでいた。そのまま数日間が経過し、キャロラインも自分の言ったことを忘れかけていた。しかし、事態は急展開を見せた。
初夏にしては気温が高い日だった。この分だと今年の夏は暑いかしら、降水量に影響が出ないといいのだけど、などと思いながら、キャロラインは父の執務室で仕事をしていた。
その時、王宮からの使いが来ていると聞いて玄関へと向かった。そこでデレクからの手紙を手渡されたのだが——。
「ちょっと! お父様! 大変です、大変です!」
淑女のたしなみも忘れ、リビングにいる父とミランダの元へ飛んで行った。
「どうしたんだ、キャロライン?」
「明日王宮へ来るようにって。なんでも、私の新しい嫁ぎ先が見つかったんですって!」
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