第10話 忘れ物

 ただ、忘れ物を取りに帰っただけなのだが………僕はそこで六花と出会った。大抵、六花は委員会の関係で帰る時間がずれているため、こうして出会うのは始めてのことだ。もっとも、こんなに長いこと居るとは思わなかったが。

 だが、その日の六花はいつもと違っていた。


「六花?まだ帰ってなかったのか?」


「蓮………。」


 どうにも、穏やかでは無い声で僕の名前を呼ぶ。うつ向いていて彼女の表情は伺えない。


「どうかしたのか?」


 そう聞いても、無言を返すばかりであった。


「………。」


 ただ、そんな静寂も次第に彼女の嗚咽が侵食してくる。


「泣いてる………のか?」


 愚直にも、そんな風に聞いてしまった。


「もう………本当に馬鹿。」


「ご、ごめ―――――。」


 その一言を言い終える前に、六花は僕に体重を預けた。一瞬何がなんだか解らなかった。


「六花………?」


「胸貸すくらい、出来ないの?」


「………あぁ、いいよ。」


 そう言って、頭に手を添える。解るのは、六花が無理をしていると言うことだけ。それだけしか僕には解らなかった。だけど………聞いたりなんかは出来ない。多分、それこそデリカシーがない。

 しばらく、そんな時間が続いた。


「六花?」


「………何?」


 まだ半泣き状態である。


「その………大丈夫なのか?他の人に見られたら………。」


「あぁ………うん、ごめん。」


 そう言って少し距離をとった。どうしよう………何て言おう。


「その………無理すんなよ。壊れてほしくはないから。」


「あぁ、うん。ありがとう。こっちも急にごめん………なんか変になっちゃって。」


 あぁ………何て言うか気まずいな。どうしよう………。


「そういえば、蓮はどうしてここに?」


「あぁ、そうだ。学校に忘れ物しちゃって。」


「なるほどね。」


「ちょっと行ってくる。また明日な。」


 そう言い放った。なんか………今日は気まずいと言うか、暑い。火照っているのが解った。そりゃあだって………あれは反則でしょう。


 そして、僕は教室に入る。誰もいない………と思っていたら、1人、見知った顔の奴がいた。自分の席から窓の外を眺めている。


「蓮くん?どうかしたの?」


「あぁ、忘れ物しちゃって。一之瀬さんこそどうかしたの?」


「いやぁ………好きなんだよね。」


「は?」


 唐突にのべられたその言葉は勿論僕に対してのものではなく、一之瀬さんは窓を指差した。


「ここから見える夕日。」


「あぁ、確かに綺麗だな。」


「なんか………辛いこと全部忘れさせてくれるみたいでさ。」


「なんか、解るかもしれない。」


「まぁ、それだけだけどね。それじゃ!」


 と、それだけ言って去っていく。本当に不思議な人だな………そう思っていた。自分の席にたどり着き、提出分の課題を回収する。


 そして………校門まで行くとそこには何故か六花が立っていた。


「なんでいるんだ?」


「居ちゃ悪い?一緒に帰りたいんだけど。」


「いや、まぁ構わないけど………。」


「なら………文句言わないこと!」


 そう言って、六花は僕の手をとった。なんと言うか………昔よりも距離感が近く感じるのは気のせいじゃないはずだ。


―――――――――――――――


 蓮くんは帰った。まぁ会うとは予想してなかったけど、早く帰ってくれたのならそれでいい。こんな惨めな姿、には見せられないから。


「嗚呼………。」


 自分の席に戻り、夕日を眺める。嗚呼、本当嫌になるほど綺麗だ。さっき、つい嫌なことを忘れさせてくれるとか言ってしまったけど………私は違う。こんな綺麗な夕日だから………私が惨めに見えるんだ。

 そうして、また涙を零すのだった。

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