第9話 仮面と本心と過去

 あぁ、辛い。本当は息をするのももう苦しい位にはボロボロになっていた。だけど、そんなことを悟らせてはいけない。蓮の前では『幼馴染み』でいないといけない。みんなの前では完璧として立ち振る舞わなければいけない。

 だけれども………蓮が笑ってくれるなら、私はそれでいい。変な心配はかけたくないし、これ以上負担も増やしたくない。だから―――――。


「六花ちゃん?」


 生徒玄関、今から帰ろうとする私の耳にふと聞こえたその声。冷静を装い返す。


「なんです?」


 一之瀬 真矢………最近はよく話しかけられるようになった。きっと蓮のせいだ。


「いや、凄く怖い顔してたから………何かあったの?」


「い、いや、なんでもないわ。」


「そう?よかったら話聞くけど………?」


「なんでもないって。」


 口ではそう言っているが解っている。自分じゃどうしようもないくらいに助けてほしい。でもそれはここに居る粟垣 六花じゃない。だから嘘を付く。


「………嘘。」


「………え?」


「嘘付いてる。」


「嘘なんて―――――。」


?」


 不意に投げ掛けられたその言葉。友達………少し、頬がほころびそうになる。不安だった。孤独だった………それが一気に解決したかのような安心感に包まれた。だけど駄目だ。こんなところで爆発したら駄目なのだ。私は………もう二度と私でなくなってしまう。


「………あぁ………でも、本当になんでもないから。」


 そうして、私はその場を後にした。駄目だ………駄目なんだ。1人じゃなきゃいけないんだ。

 1人じゃなきゃ、自分でいられない。息苦しいのだ。誰かを演じるのが。辛いのだ、過去に縛られるのが。


 いつかの夜空は私を嘲るように綺麗だった。決して雨など降ってはくれなかった。誓った。独りで生きていけるようになろうと。蓮に頼りきるのはもうやめようと。辛いことがあったら蓮に慰めてもらっていた。ずっと、甘えていた。それが私の特権だと思っていたから。

 だけど違った。私は特別でも何でもない………蓮にとってはただの幼馴染み。だから、その屈辱の分だけ頑張った。

 気がつけば、1人で何でもそつなくこなせるようになった。助けなんて要らない、そんな優等生に成り果てた。虐められようが頼らなかった。その程度、自分1人で鎮めれるから。だからずっとこのまま………そう思ってたのに。なんで蓮は………私の前に帰ってくるかな。

 嘘を付かれた。それは確かだけれど………それでも嬉しかった。傷ついた。それでも笑うことができた。

 蓮と一緒に居ると………私が私でなくなってしまいそうで怖い。幼馴染みとしての私を演じることができなくなりそうで怖い。だから………だから私は―――――。


「六花?まだ帰ってなかったのか?」


 あぁ………もう最悪だ。今一番会いたくない人に会ってしまった。


「蓮………。」


 あぁ………駄目だ。溢れてくる。込み上げてくる。逃げなきゃ………嫌だ、このまま………このまま、爆発してしまいたい。いや………こんなに気張らなくてもいいのかもしれない………。

 あぁ………やっぱり私は………駄目なんだ。蓮がいないと。


「どうかしたのか?」


「………。」


 嗚呼、煩わしい。本当に煩わしい。なにしてんだか………ここは学校からも近い………下手をすれば見られてしまうかもしれないのに。


「泣いてる………のか?」


「もう………本当に馬鹿。」


「ご、ごめ―――――。」


 どさっと、蓮に体重を預けた。


「六花………?」


「胸貸すくらい、出来ないの?」


 顔など見せれるわけもないが………強気に言い放った。


「………あぁ、いいよ。」


 蓮はそれだけ言って、私の頭にそっと手を添えたのだった。

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