第3話 馬鹿
「ん………。」
「蓮、起きた?」
僕を見下ろす六花の存在に気がつく。
「あ?あぁ………。」
僕は………どうなったんだったっけ?確か、六花と教室で話してたと思うんだけど。少なくとも、ここはその教室ではない。独特の匂いが鼻を突く。続いて、その布団の感触に気がついた。そうして思考を巡らせ、理解する。僕はあのとき、意識を失ったのだと。
「大丈夫なの?」
「まぁ、何とか。あぁあ、新学期早々やらかしちまったな………。」
「………はぁ、本当に嘘が下手だよね。やめなよ?その口に手を当てる癖。」
なるほど………やっぱり幼馴染みな訳だ。僕でも気がついてなかったんだが。
「そもそも、編入学ってこと自体おかしいと思ったんだよね。何があったの?」
「いや、特には。本当にここ最近引っ越しやらで疲れただけ。やること多いんだよ。意外とさ。」
「………あぁ、そうかい。解ったよ。」
そんな納得のいっていないような返事をされた。まぁ………そりゃあ解るよな。だけどまあ、これはそんなに話すことでもない。解ってくれればありがたいんだけど、無茶な話ではあるよな。
「くっ………あぁ痛ぇな。」
「そりゃあ倒れたんだ。頭くらいぶつけててもおかしくはないよ。」
「まぁ、動ける………それだけで充分か………。」
「まだ休んでおきなよ。蓮が死んだら私も死ぬからね。」
「重たいなぁ………まぁ、死にはしないよ。と、言うか今何時だ?ここにいていいのか?」
「ハッキリいうと私は今授業をバックレている。」
「いいのか………?」
「構わん。私は蓮の方が大事だ。」
「………重たいなぁ。」
六花は依然として、ベッドに腰掛け僕を見ている。天真爛漫なあの笑顔ではなく、優しさの溢れるその微笑み………六花であることに変わりはないが、やはり何かが僕のなかで引っ掛かっていた。
「少し、話を聞かせてくれるか?ここ3年間のことを………。」
「まぁ、お互い腑に落ちなきゃ再会を喜ぶこともできないよな。なら、私の話のあとで蓮も話してくれるか?」
「………まぁ、解った。」
「蓮と離れてから、私はずっと考えていたんだ。何せ………フラれたもんだとばかり思っていたからな。それで………少し考えが変わった。」
「と、言うと?」
「蓮が幸せならそれでいいと思うようになってな。しがらみから解放された分、楽にはなった………それ以上に窮屈になった………。」
「ちょっとよくわかんねぇ。」
「解んなくて結構………。」
少し顔が赤い………恥ずかしがっている?どう言うことだかさっぱり解らない。
「ともかく、今の私は蓮が幸せならそれでいい………。」
「負けヒロインみたいなこと言うじゃん。」
「実際、負けてるんだから。」
その一言は………どうにも意外だった。
「いやいや、言ったろ?俺は選択から逃げたって。新川と付き合ってもないって―――――。」
「でも告白はした。」
僕の言葉を遮るようにそう言う。そうして、彼女は続けた。
「そのくらいは知ってる。女子の情報網舐めないでよね?本当は好きだったんだよね。今日のあれだって本当は嘘………全部知ってて………それでも確かめたかった。気がついてないかもだけど、蓮は口に手を当ててた。」
痛いところを突かれた………そうだ、僕は………僕は新川に告白をした。結局、訳あって付き合うことはなかったものの………しかしまぁ、そこまで知られているのであれば納得だな。
「あぁ………ごめん………。」
「本当………酷いよね。隠すならもっとうまく隠しなよ………。」
六花の声が震えていた。嗚呼………僕って本当に最低なんだな………。
「………ごめん………。」
「本当に………馬鹿。」
そんな静かな罵倒に………僕は頭を上げられなかった。ぐるぐると………視界が回るようだった。次第に六花の嗚咽が響いてくる。それにはっとして、顔を上げた。
六花は………泣いていた。あれほどまでに冷淡であった六花の表情はひしゃげていて………到底氷の女王何て言えるようなものではなかった。はじめから、僕に期待していたのだろう。だからこその………久しぶりに垣間見たあの笑顔。嗚呼………馬鹿だ。
そのあと、僕の事なんて話せるわけもなく………一言も喋ることができず、家に帰ることとなった。
そして次の日、教室の扉を空けると既に六花がいた。おはよう………などと言えるはずもない。昨日のような勢いもなくただ、その表情はとても冷えきったものになっていた。本当に凍りついてしまっているようで………それこそ正しく氷の仮面でも付けているかのようであった。
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