本編続編────第35話 戦いの終わり

 ロプトの突進を避けながら、反撃の隙を窺うレフ。


 ロプトが撒き散らす炎を避けて、プラシノがレフの隣に降り立った。


「レフ。チビを目覚めさせろ」


「えっ」


「俺が囮になるから、語りかけろ。

 魂を揺さぶれ。チビの意識を叩き起こせ。まだ、死んじゃいないから。

 チビは、ちっちゃくても神格持ちだろう。

 お前の声になら、応えるかも知らん」


 レフの声になら。レフにしか出来ない。


「────わかった。やってみる」


 フッと笑うプラシノ。

「気張れよ」


 レフを威嚇するロプトの前へ、進み出る。


妖緑刀オリビン


 プラシノの呼びかけに答えるように、緑色の剣が姿を現した。カーラの瞳の色より、少し黄緑がかった刀身の色をしている。


「俺とも遊んでくれよ、悪神サマ」


 言うが早いか、ロプトの眉間めがけて突きを繰り出す。

 拍子抜けするほど簡単に、切先が毛の奥に吸い込まれる。

 それもそのはずだ、ロプトは避けもしなかったのだから。

 

「効かねぇよ」


 血は流れている。手応えもあった。

 腐っても神、生き物ではないということか。


「なら、試せるもんはぜんぶ試してやる」




妖緑刀オリビンを複製────」


 プラシノのまわりに、緑の剣がずらりと、並ぶ。


「緑プラシノの名において命ずる────」


 にやり、と笑って、悪役顔負けの合図を告げた。


「お前ら、串刺しにしてやれ」


 地を割って、大人の体躯くらいの太さはあろうかという木の根が、あちこちから飛び出す。


「ちっ」

 ロプトは逃げる。

 それら全てがロプトを追い、絡め取ろうとする。


 その隙間から、無数の剣もロプトを追っていく。


 プラシノ自身も剣をふるい、ロプトの尾を、足を、切りつける────。




「チビ! 起きて! 返事をして────!」


 レフは声に魔力を乗せて、叫んだ。


 逃げ回るロプトが、レフをちらと見て笑う。

「無駄だよ。チビは起きない。こんな世界、起きたって、何も良いことなんてないんだから。────おっと」


 キッとロプトを睨んで、レフは反論する。

 私自身は知らないけれど、この体が、元のレフの記憶が、教えてくれる。


「あの子はね! 自分の命をかけてでも、家族を! 友達を! 助けようと、できる子なの!

 あんたたちみたいに、損得で生きていないのよ!

 何でもかんでも駒扱いする、あんたたちと一緒にしないでよ!」


 あの子は優しい。

 優しいから、人を傷つける事を見たくなくて、眠ってしまったんだ。


「チビ帰ろう! ヨルズのところに帰ろう!」


 彼女は待ってる。でも、弱ってるはず。いつまで待てるか。

 これが、最後のチャンスかもしれないんだ。


「私と帰ろう! チビ────!!」


 レフの渾身の叫びに、ロプトが舌打ちをする。


「鬱陶しいんだよ! 嵐の意志ケイモーン・ノテロス


 ロプトが喚んだのは、雷を内包した竜巻だった。

 四方八方から発生したそれらのエネルギーに耐えきれず、プラシノが吹っ飛ばされる。


「プラシノ!」


 ひらりと受け身をとって転がった、プラシノ。


「大丈夫だ、────出てきたな」


 プラシノは見逃さなかった。ロプトの後ろに、微かにゆらぐ気配がある。

「あと少しだ」


 時は来た。


「コラン」


「ああ」

 わかっているというふうに、王子は頷く。


「こちらに引っ張れるか────。やってみるよ」


 コランはゆらぎチビに照準を合わせて、力を解放する。

 プラシノが隣で、コランの力を誘導する。


「────空間魔力支配ディアスティーマ


「させるかよ」


 コランとチビのあいだに、ロプトが黒い魔力の渦を放つ。

 それを吸い取ったコランの手が、黒く染まる。

 激しい痛みが、手から伝わる。

「くっ────」


「私も、います」

 カーラがコランの手に、自らの手を重ねた。

 そこから、治癒の魔力を込める。コランの手の色が、痛みが、消えていくのがわかる。

 ありがたいが、しかし。


「大丈夫か」


 体は。毒の影響は。この力を使う自分のそばにいても大丈夫なのか。

 様々な可能性が脳裏をよぎったコランの心配を、カーラは笑って吹き飛ばした。


「はい! お供させてくださいませ」


「ありがとう。助かるよ」




 ────きゃあああ────


 耳をつんざくような悲鳴が、響き渡る。


 泣いている。チビが泣いている。


 だから、泣くな。私は泣くな。


 レフは奥歯を噛み締める。


 コランたちの邪魔をしないよう、レフはロプトの足止めに全力を注ぐのだ。




「────っ、だいぶ離せたかと思うが、どうだ」


 コランがプラシノに問う。

 チビの魂が、コランに引っ張られて、もうすぐそこまで来ていた。


「ああ、そろそろだな」


 ────きゃああぁぁ────


 痛そうに叫んでいる。

 まだロプトと繋がっているからだ。無理やり引き剥がしているからだ。

 しかし、意思は感じられない。ずっとロプトの中にいて、感情を溶かしてしまったのだろうか。

 レフは心の中で問いかける。




 ごめん。


 守れなくてごめん。


 弱くてごめん。


 探せなくてごめん。


 思い出せなくてごめん。


 ひとりぼっちにして、ごめん。


 もう、大丈夫だよ。


 一緒に、帰ろう。




 そして、すべてのちからをもって、高らかに叫んだ。


「最大出力────大地の鉄槌ムジョルニア!」


 レフの叫びに応じて、地面が盛り上がる。


「馬鹿が、チビもろともいくつもりか?!」

 ロプトの顔に焦りが見えた。チビが離れ始めたことによって、力を失ってきているのだろう。


「終わらせる! それが約束だ!」


 小山ほどもあろうかという大槌が、振り上げられる。


「やめ────」


 大槌はロプトのいた場所ごと押しつぶし、いや、一帯の全てを叩きつぶし、地に沈め、そのまま大地と一体化した。


 地震のような揺れが、しばし続いた。




「はぁ、はっ────」


 地面に転がって、レフは空を仰いでいた。


 どうなっただろう。


 チビは。


 ロプトは。


 からだじゅうが痛い。


 もう、一歩も動けないぞ。


 その時。


 


「ありがとう」


 声が降ってくる。


 夢できいた、声だった。


「ヨルズ」


「これで、あの子と一緒にいけます」


「ごめん、ごめん────ヨルズ」


 謝罪の言葉が、口から溢れていた。

 もっと早く、思い出していれば。


「あなたがいてくれて、よかった。レフの中に来てくれたのが、でよかった」


 ────!


 知って、いたのか。

 レフの中身が、レフではないと。


「あっ────」


 空に浮かぶ雲に、女神の姿がうつってみえた。


 優しい母親の顔をした女性だった。


 腕の中に、小さな少女が眠っていた。


 そしてその傍らには、小さな子狐も。


「レフ」


 そこにいたのか。ずっと。彼女と。


「そっか。そっかぁ────」


 よかった。ちゃんといけたんだね。


 もういいかな。少しだけ流しても。


 あたたかい涙が、あふれておちた。


 転生した先が、あなたでよかった。


 

「こちらこそ、ありがとう────」

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