本編続編────第36話 彼の話

「くっ────」


 身体中から、力が抜けていくのがわかる。


 回復すら追いついていない。


 ぼろぼろの体を引きずって、歩く。


 人の姿に戻ったロプトは、土煙に紛れて飛び、帝国側に戻ってきていた。


 チビが離れただけで、こんなにも力を失うとは。


 すべてを、自分の力にできていたと思ったのに。


 あいつらも力を使い果たしただろうから、すぐには追ってはこないだろうけれど。

 

 しかし、崖の近くは危ない。見つかって良い事はない。


 皮のはがれた足から流れ出した血で、足を滑らせて転ぶ。


 見上げた先に、見知った顔があった。


「あ、お前! 良いところに来た。力を使いすぎた。俺を助けろ」


「嫌ですぅ」

 長い髪を三つ編みで背中に流した青年は、ロプトの頼みをすげなく断った。


「は?」


「あんたはちゃうやろ? オレが面白おかしく生きる世界には、要らんと思うねん。何、神は死にはせんねやろ? これな、ある人からもらったん」


 そう言って、青年は縄のようなものを取り出した。

 赤黒く光るそれは鉄ではなく、生き物のようにぐにゃりと動きもする。

 青年が、ロプトのそばにそれを置く。

 縄はまるで意思があるように、ロプトの身体を縛りあげた。

 

「なっ────くそ、なんだこれっ」


 力を込めても、魔力を込めても、解けない。

 それどころか────。


 強い眠気に抗えず、ロプトは気を失った。


「大人しく、数百年でも眠っときぃや」


 そう言って、青年は、ロプトの身体を崖から蹴り落とした。

 ロプトの姿も、落ちる音も、闇の中に呑まれてゆく。


「頼むさかい、オレが生きてる間は出てこんといてなぁ」


 返事はなく、風の声だけがかすかに流れ続ける。




「あ、白さん。こっちです」


 青年がその姿を見つけて、声をかけた。

 白い蛇が、するすると崖の上を浮いて滑るようにやってきた。


「ご苦労だったな」

 白の声で、白蛇が話す。

 これは白本体ではなく、使役獣のようなものだと、あの人好きな魔物は言っていた。


「あの縄、何で出来てますの? ちょっとあったかかったけど」


「ああ、あれはとある魔物の臓物を────」

「すんません、やっぱいいです聞かなくて」


 聞かない方が良い事も、世の中にはたくさんある。


「で、これで、オレもそっち側に雇ってもらえますかぁ?」


「ああ、我がしっかり監視をするという条件付きで、ヘルン殿には許可をいただいたよ。研究の手は増やしたいと思っていたからな────。魔道士の人材は貴重だ。裏切りは、無しで頼みたいがな」


「耳が痛いこって。福利厚生ちゃんとしてくれたら、裏切りませんて────。条件次第じゃ、こんな忠実な部下、なかなかいませんで?」


「フクリ────なんだい?」


「ああ、オレの故郷の言葉ですわ。良いお給料! 決まったお休み! 働きやすい職場環境! っちゅー意味です」


「ふっ。なるほど、良い言葉だね。開発したいものは山ほどあるのだが、手が足りていなくてね────。期待、しているよ。

 ああ、そうだ。ヘルン殿の依頼でね、諜報活動も時にはしてもらうことになりそうだ。その際は、鴉以外の鳥になってくれるか? 我は、鴉が嫌いでね」


「お安い御用で」


「ああ、それと────キャンディ殿たちを襲った、元侍女たちの身柄を押さえてくれるか」


「ああ、まだ逃げとるんでしたねぇ」


「棲家のまわりは、綺麗にしておきたいからね」


「頼まれましたわ〜」

 一礼をして、さっそく仕事に行こうとした青年を、白は呼び止める。


「あと」


「さっそく注文の多い上司ですやん。ま、わけわからん上司よりかは、ずいぶんええですけどね」


「使者殿の名は? なんと呼んだら、良いかな?」


 青年は、ふむ、と考えこんでから、答えた。


「ああ────長いこと、決まった名前は使ってなかったんでね。そうやな、キオとでも」

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