本編続編────第34話 黒狼の逆襲
プラシノを睨めつける目が、どこまでも暗い。
一筋の光も寄せ付けないような、闇だ。
「わかっているのか? そこの狐はただの神獣。俺は神だ。
しかももうひと柱、神格を持つチビを呑み込んだ、な。
つまり、俺には、ふた柱分のちからがあるっていう事だよ」
ロプトの言に、レフは呆れて言葉も出ない。
(元の世界にもいたわねぇ、お客様は神様だとかのたまうヤツ。自分で言うだけの神なんてしょーもない奴しかいないわ。他者に言われてこその神。信仰あっての神でしょう)
「どんな力も、使い方を誤れば愚か者の害悪だろう」
カーラさん、引き続きキレキレである。
どんどん油を注いでいくスタイル、嫌いじゃない。
「あぁ?」
ロプトの顔がどんどん醜悪になってゆく。
比喩ではなく、顔のパーツが歪み始めていた。
片目は吊り、もう片目は下がり。
口角は少しずつ、深く深く裂けてゆく。
「お前、うるさいなぁ。だまれよぉ。『幸運』のお気に入りみたいだからゆっくりなぶって遊んでやろうと思ったけど、もういいやぁ。消えろぉ?」
ロプトの姿が、陽炎のようにゆらゆらと溶け、そして大きく変化する。
次に形となったときには、熊ほどの大きさの狼の姿だった。
黒い毛の狼だったが、その尻尾はぬらぬらと光る蛇だった。
人の姿のときより増えている。どうやら七又に別れた蛇のようだった。
七つ全ての先には蛇の頭があり、赤い舌をちらちらとのぞかせながらレフたちを見ていた。
ダッ────!
黒狼────ロプトがカーラめがけて突進する。
「カーラ!」
コランがカーラをかばうように前に出る。カーラが地に手を付き、次の瞬間、ロプトの前に岩の壁が突出した。
ロプトは岩の壁に当たることなく、軽々と急停止した。カーラの手を読んでいたかのように、すぐさま次の攻撃にうつる。
「
低い声が、唸るように唱える。
ロプトの全身から魔力が放出され、いくつもの黒い炎に分かれた。炎はゆらゆらと、人魂のように空を舞う。
「触れるものすべてを滅せよ」
その言葉が合図だった。
黒い炎が雨のようにカーラたちに降り注いだ。
「赤茶の兄ちゃん、もたせろよ!」
エリアスの結界に加え、プラシノの結界も展開される。
プラシノがエリアスを鼓舞していた。
「言われ……なくても!」
エリアスは、何が何でも耐え切ってやると思った。腰を落とし、腹の底から力を入れる。
ここでコランとカーラたちに何かあってみろ。
死ぬまで、いや、死んでも追いかけてきてあの方に小言を言われ続けるぞ。
そして、最愛のミルティアにも。
一生、物言わぬ墓石に語りかけさせるつもりかと、怒られてしまう。
草の燃える臭い。泥の焦げる臭い。森からも炎が上がる。このままでは山火事になる。
しかし今は消火に意識を回す余力はない。
コランも降り注ぐ魔力をずいぶんと吸い取ってかわしていたが、何せ対象が多すぎてキリがない。
(まずはコイツをなんとかしないと────!)
エリアスが拘束を試みる。
植物の蔓は燃やされておしまいだ。
ならば────
「
黒狼の足元から、地面ごと凍らせた。
バキバキバキィ!
四肢は完全に地面と氷で繋げられている。
炎の雨が止まる。
エリアスは手応えを感じた。捕らえた、と思った。
しかしロプトは気に留めた様子もなく、一歩を踏み出した。
氷に結着された皮膚はその場に剥がれて残されるが、この大狼は痛そうなそぶりもみせない。
(────狂っているな)
エリアスのこめかみを、冷や汗がつたう。
いままでの獲物とは、格が違うのは確かだった。
「ずいぶん大きな口を叩いたくせに、防ぐのがやっとかぁ?」
己の優勢に、ロプトは気分が良くなったようだ。
いやらしい笑みが復活していた。
「まずは、お前」
エリアスの真正面に転移したロプト。
前足で蹴り飛ばされ、エリアスの体がふっとんだ。
「エリアス!」
コランが叫ぶ。
プラシノが、蔓植物の網をはる。なんとか地面に落ちる前に、エリアスをキャッチした。
「大丈夫、びっくりしただけ、────っつ」
脇を押さえて息を呑む。
服にベッタリとついた血はロプトの足から流れたものだろう。しかし、肋骨の一本くらいは折れているのではないかという痛みだった。
(まずいな────)
ふっとばされたせいで、皆にかけていた結界が消えてしまった。
プラシノの結界は、まだ生きているが。
「氷かぁ、氷ねぇ」
ロプトは犬のようにふんふんと氷を嗅いで、ぶつぶつと呟いている。
「次は氷も良いかなぁ」
にやり、笑う。
そして天を仰ぎ、黒い魔力を放出した。
「
軽く呟いた言葉に呼応するように、雹のような氷の粒が、無数に出現した。
「まずいな」
コランが警戒した声を出す。
(この数、ふさぎきれるか────)
「やるしかないがな」
やらなければ、終わりだ。
ここにいる面々であれば、エリアスの結界が無くとも、影響は少ないだろう。プラシノの結界もあることだ。
コランはなるべく上へ上へと自らの能力の放出先を調整する。
ひとつでも多く、吸収して消してやる。
「────
「援護します!」
カーラが炎を操り、壁を作る。とりもらした雹粒を溶かしてゆく。
いくつかの粒が炎の壁を突き抜け────ひとつが、カーラの大腿部をかすめた。
「カーラ!」
レフが駆け寄る。
炎に、溶けないはずだ。
そこに落ちていたのは、蛇の牙だった。
「姑息な真似を」
傷口はすでにカーラ自ら塞いでいた。しかし────
「毒は? 大丈夫か」
駆け寄ったプラシノの言葉に、カーラが首を振る。
「少し、眩暈がするわね……」
「これ、食っとけ」
プラシノが取り出したエメラルドのような飴のような魔石を、カーラが受け取って噛み砕く。
「すぐに良くなるから。休んどけ」
カーラをコランに預けて、プラシノが言う。
「王子! 嬢ちゃんと赤茶のを頼むぞ」
「ああ」
「出番がきたら、呼ぶからな」
「承知した」
「出番なんて、二度とこないよ」
大きな体を揺らして笑う、黒狼。
「まだ勝てると思ってるの? おっかしい!」
ロプトが己の体に黒い炎をまとわせて、レフめがけて突っ込んでくる。
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