本編続編────第31話 翠玉の風
ロプトの瞳孔が黒くなる。
レフたち一同を舐めるように見渡した視線が、カーラで止まった。
カーラは柄に手を添えたまま、奥歯を噛み締めていた。
頬を静かに伝う涙を拭きもしない。
翠色の目は怒りに燃えて、ロプトを貫くように見ている。
ぞくぞくするような目だ。と、ロプトは思う。
やはりこの狐のまわりには、面白いものがたくさんいる。
「お姉さん」
ロプトがカーラの後ろに転移した。
パチン!
すぐに剣を抜いて距離を詰めようとしたコランを邪魔するように、ロプトは指を鳴らし、手下を呼び出す。
「ヘル」
現れたのは、ローブをまとった老婆の姿を────した、魔物だった。
上半身は人間のようにみえるが、ローブの下からのぞく下肢は壊死したように黒く、ところどころ腐っているようだった。
屍臭が鼻をつき、コランは顔をしかめた。
「せっかくの新しいおもちゃで遊べると思ったのに、邪魔をされてはかなわないからね」
「カーラに何を────!」
「フェンリル」
飛びかかろうとしたレフの前には、フェンリルが現れた。
キャンディが召喚したそれよりも、何倍も大きく、禍々しい魔力を撒き散らしている。
「うるさいなぁ。話しているだけだろ。
────お姉さん、強いんだってね。
でもさあ、所詮、にんげんでしょ?
弱い者は、強い者には勝てないんだよ。
弱いやつに価値なんてないんだから、せめてさ、俺のために役立ってよ」
ロプトの尾が────蛇の身体が瞬時に伸び、カーラの腰を絡めとる。
「10年前も、そうやって、人質をとったのですね」
カーラは蛇にも構わず、ロプトを睨みつけた。
怒りの感情が、オーラになって漏れ出ている。
「反撃できないレフを、一方的に痛めつけたのですね」
カーラの記憶の中の、レフと最初に出会った時。
レフは瀕死で、倒れていた。
家族のために必死に戦って、でも助けられなくて、声も記憶も失って。
カーラの体から怒気が湯気のように立ち上る、錯覚を覚える。
それくらい、彼女はからだのすべてで怒っていた。
ロプトを睨んだまま吐き捨てる。
「何が神だ。ただのクズだろう。
人外か人間かなんて関係ない。
力の強弱なんて瑣末なことでしかないんだよ。
自分の力は守るべき者のために使う。
それがスマラグドスの人間の誇りだ」
カーラの口調が変わっている。
普段怒らないぶん、キレると人格が変わる。
「誰かを大切に思う心は弱点などではない。
弱い者を守るのは慈愛だろう。
家族を守るために自分が耐えるしかなかったレフの姿を、笑うものなどこの場にはいない。
お前をのぞいてな。
神のくせに、そんなこともわからないのか!
────ああ、だから悪神なんだな」
カーラが魔力を放出し、蛇を燃やした。
ロプトの顔から笑みが消えた。
心底嫌そうな顔を向けたかと思うと、姿を消した。
「生意気なやつ」
ガッ!
ロプトがカーラの前方へ転移し、その白い首を掴んだ。
「カーラ!」
レフが飛びかかり止めようとするが、フェンリルに阻まれてうまくいかない。
大規模魔法は、カーラまで巻き込んでしまう。
エリアスに頼んでカーラだけに結界を張るか。
しかし、ロプトの中にはチビが────。
「どうした、手加減してちゃ大切な姫さまが死んじまうぞ?」
レフの心の中を読んだように、ロプトがあざ笑う。
「俺の中に眠るチビか、姫さまか、お前はどっちを捨てるんだろうな?」
何がそんなに面白いのか。
何故そんなに他者を憎むのか。
自分がどんな目にあったからといって、他者を傷つけて良い訳がないだろう。
「まぁ、捨てられるのはチビなんだろうなぁ。かわいそうになぁ。10年も忘れられた挙句、また捨てられるなんブヒョッ」
カーラのまわし蹴りが炸裂した。
ロプトの腕を掴み、体を捻じらせ首から外し、その勢いのまま体を回転させてロプトの側頭部に蹴りを入れたのだ。
鮮やかすぎて、レフも驚いた。
魔法だけじゃなくて、剣だけじゃなくて、体術もすごいだなんて。
さすがカーラである。
「舐めないで。自分の身くらい、自分で守るわ」
惚れなおす。と思ったのは、レフだけではないはずだ。
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