本編続編────第30話 悪神

「そんな理由で────!」


 チビを騙したのか。

 頭に血がのぼって、沸騰しそうだ。


「まあまあ、まだ続きがあるだろう?」


 大人しく観てろと、ロプトが諭す。


「どっちみち、お前は俺に攻撃できないんだし」


 ロプトの中には、まだチビがいるということか。


 夢の中の泣き声を思い出して、レフはロプトを切り裂きたい衝動に駆られる。

 ギリッ、と、かしみめた奥歯が音を立てた。






「チビ? どこー?」


 レフが近づいてくる。


 ロプトはチビの口を手でふさいだ。


「黙ってろよ。結界の中だから、匂いじゃバレない。は、鼻が効くからな」


 チビがこくこくと頷く。


 レフが通り過ぎていく。


「ぷはぁ。ねぇ、どうやったら強くなれるのか、そろそろ教えてよ!」


「あわてんなって。ちゃんとタイミングを考えてるから────」


 ロプトはにやりと笑う。

 ────いちばん愉しい演出を、な。


「まずはな、俺と契約をする」


「ケイヤク」


「そう。俺と一緒に、強くなる契約だ」


「わかった!」


「俺がお前の願いをなんでも叶えてやるから、代わりにお前は俺の遊び相手になる。いいだろう?」


「うん! 遊ぶの大好き」






 もう見たくない。思い出すのが、怖い。

 レフはいっそう、毛を逆立てた。


 でも、チビがまだとらわれているのなら、解放してあげたい。

 目を逸らさず、向き合うのだ。






「おかえり。心配したんだよ?」


 チビはレフの顔をみて、いたずらっ子のように笑う。

 ああ、これはレフ自身の記憶か。

 ロプトによって引き出されているのか。


「ねぇレフ。見てほしいものがあるの!」


「なぁに?」


「みてからのお楽しみ!」


「あしたにはヨルズも帰ってくるけど」


(ああ、そうだ。彼女────女神の名前は、ヨルズ。この地に眠る土地神だ。あの日は、大切な用があると留守にしていて────)


 だからこそ、レフがしっかりしなければ。

 チビを守らなければ、いけなかったのに。

 レフの後悔が、痛いくらいに心臓を締めつける。


「レフにみてほしいの!」


「わかったわかった」




 棲家から丘を一つ二つこえたところまで、チビと走った。


「レフこっち! 会わせたい人がいるの」


 そう言って、チビは木の上を見た。


「ロプト!」


 そこにいたのは、黒髪の少年。


 その表情は張り付いたような笑みで。

 とっても、胡散臭い。


「……はじめ、まして」

 レフの挨拶に、少年は木から飛び降りて答えた。


「どぉーも」


「私ねぇ、強くなるケイヤクをしたのよ!」

 チビが無邪気に言う。


「え? ちょ……は?」


 レフは理解が追いつかず、ロプトを見る。


「何────を、言って」


 少年────に、見えていたモノが、ゆらりと大きな影になった。


「チビ! そいつから離れて!」


「え?」


 ガッ!


 レフの警告は間に合わず、チビが捕らえられた。


「痛い! ロプト? なんで……」


 少年は姿を消し、かわりに体調2mはあろうかという黒狼が現れた。

 その尻尾は七本に分かれており、それぞれに蛇の頭がついていた。

 その一匹が、チビの首に巻きつき拘束している。


 レフは敵意を剥き出しにして問う。

「それが、本当の姿か。魔物か、悪神か?」


「まぁな」


「何が目的だ」


「残念だな、もう契約は終わってるんだ。

 あとは俺が、願いを叶えるだーけ」


 ちら、とチビの方を見る。


「強くなりたいんだったよな? だったら、ほら!」


 蛇に押し出されるように、チビが前に出る。


 駆け寄ろうとしたレフの頬に、痛みが走った。


「え? やだやだ、手が勝手に」


 チビの手に、剣が握られていた。

 それが、レフの頬をかすめたのだ。


 ロプトが愉しそうに言う。

呪いの剣レーヴァティン


 チビの小さな手から、ありえない数の剣筋が繰りだされる。

 チビの意志ではない。

 チビにこんな剣術は扱えない。

 きっとこの剣のせいだ。

 チビを傷つけないようにと思うと、かわすのが精一杯で、反撃すらままならない。


「レフ! にげて! 手が止まらないの、お願い!」


 そうしているけれど、少しでも気を抜くと、かすり傷が増えた。

 ロプトの首元に噛みつきたいが、そうすると奴はチビを殺すだろう。

 どうすれば良い。

 考えろ。考えろ。


「いいのか? いつまでもお前が逃げてたら、手元が狂って本人が怪我するかもなぁ?」


 チビの持った剣が、チビのほうをむいたとき。


 レフは、逃げるのをやめた。




 どれくらいの時間がたっただろうか。


 あちこちが痛くて、何も考えられなくて、でもチビの事だけは気になった。


 もう耳もよく聞こえない。


 目も腫れてよく開かない。


 このまま死ぬのだろうか。


 チビはヨルズが助けてくれるだろうか。


 守れなくてごめん。


 弱くてごめん。


 チビは泣いていないだろうか。


 ちょっと考え無しな所もあるけれど、良い子だから。


 レフのために、泣いていないだろうか。


 最後にチビの顔を見よう。


 そう思って、なんとか片目を開けたレフの目の前で、黒狼はまた姿を変えた。

 夜の帳のような、影を引き延ばしたような姿に。


 その闇は、大きくのびて────チビを、呑み込んだ。


「チビは一生、俺と遊ぶんだよ」


 嘲り声がきゃらきゃらと響く。


 自分のどこにこんな力が残っていたのか。


「貴様────!」


 叫んで、飛んだ。


 体がどうなっていたかはもうわからないけれど、たとえ首だけになっても食らいつこうと思っていた。


 でもそれは叶わなかった。


 ────逃げて。


 チビの声が聞こえた。


 次に目を覚ました時、そこはもうカーラと出会った森の中だった。


 きっとチビの最後の願いが、レフをあの森に飛ばしたのだ。


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