本編続編────第29話 チビがいなくなった日
「チビ……」
レフは呟く。
夢の中の少女だろう。
女神の子だとしたら人とは数え方が違うのかもしれないが、人で言う5〜6歳の見た目に見えた。
強くなるんだと言って、かけていった少女。
(……っ。痛っ)
ひどい頭痛とともに、記憶の蓋が開く。
感情が、どんどん元のレフにひっぱられる。
そうだ。
あの時にはすでに、こいつはチビに接触していた。
あの
そして……。
チビは心の弱さにつけこまれたのだ。
そうだった。
甘い言葉で誘い込んで、強くしてやると言って信じさせて。
それは、チビを一人前扱いしなかった、レフのせいでもあったのかもしれない。
チビは大人になることを急いでしまった。
助けようと向かっていったレフの目の前で、こいつは────
ロプトを睨んで低く唸るレフ。
燃える敵意をむき出しにし始めたレフに、ロプトはさらに油を注ぐように嘲笑する。
「え、お前まだ、思い出してなかったの? チビッ子、かわいそ〜」
ケラケラと笑う。
人の嫌悪感を刺激しないと息ができないのだろうか、こいつは。
すい、と、レフの前にやってきて、人差し指を顔に向けてくる。
黒く尖った爪がレフの眉間に触れそうだ。
「不味そうなその手ごと、食いちぎってやろうか」
「怖い怖い。その前に、もっと完全に思いださせてやるよ。なぁ。もっともっと、暗く憎んだ目を俺に向けろよ」
言いながら、レフの耳先をつまんで折る。
「触れるな。汚れる」
ロプトの手を前足で叩き退ける。
「ふっ────。そんなお前をたたきつぶすことを思いうかべるだけで体の芯から疼いて仕方ない」
この上なくいやらしい笑みを、紙のようにこの爪で引き裂けたらどれだけ溜飲が下がるだろうか。
「この変態が」
レフが吐き捨てると、ロプトはすっと身を引いて、空中に飛び退った。
レフの少し左後ろ────カーラの方をちらりと見て、言う。
「そうだ。お前の大事なお姫さんにも知ってもらえよ。お前の無様な過去をよぉ!」
ロプトの目が金色に光る。
「
景色が一変した。
木の上からの景色だろうか。
草原と森。重ねられた轍の痕跡のような、道とも言えない道。
晴れ渡った青い空。
その少女は、息を切らせて走ってくる。
木の下までやってきて、こちらを見上げて声を上げる。
「ロプト! 私に早く力をちょうだい!」
「どうした」
これは、記憶か。ロプトから見た。
レフの中に、ロプトの感情が流れ込む。
とても楽しそうに笑いを堪えているのがわかる。
「レフが子供あつかいするのよ。私だってお母様みたいにレフに憧れてほしいのに!」
「そうか、そうか。じゃあ強くならないとな。……『幸運』が、驚いてひれ伏すくらいに」
「何て言ったの?」
「うん? レフが驚くといいなって」
「もう一人前だって、驚く顔が早くみたいわ。ねぇ、ロプトはその方法を知っているのでしょう?」
「ああ────。教えてやるから、こっちに来い。隠れないと、見つかるぞ」
遠くの方に、金色の光が見える。
「母ちゃんやレフに見つかったら、邪魔されてしまうだろ?」
「そうね」
せっせと木を登ってくるチビ。
ロプトの言う、強くなるということが、どういう意味かも知らないで。
堪えられず、くつくつと笑うロプト。
「『幸運』ね────」
『狡猾』の
話し相手も、家族も、力も、祝福された力も、あいつは持っている。たかが神獣のくせに。
「良いよなぁ」
少し、いたずらをしただけなのに。よってたかって他の神に責められた挙句、力を奪われ悪神の名を刻まれて地に落とされた。
ロプトには、何もない。
「ちょっとぐらい、いただいても良いよなぁ」
目の前の少女に声をかけたのはたまたまだ。
地上で神格を持つ存在に会ったのが初めてだったから。
それだけだ。
少女は、ロプトといるとき、レフの話ばかりする。
楽しそうに、嬉しそうに、時々悲しそうに。
だから、とても腹が立つのだ。
それと同時に、愉しみで仕方がない。
ロプトのように何もかもを奪われたら、あの狐はどんな顔で鳴くのだろう、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます