本編続編────第28話 幸運と狡猾

「黒騎士たちは、意識が戻ったものから捕虜として隔離しています。今のところ、精神への後遺症などは見受けられません」


 エリアスの報告を受けて、頷くコラン。


「レフ」


「ん? 何、コラン」


「体は、本当に大丈夫かい?」


「うん、絶好調」


「ならよかった。あちらに文句を言いに行くなら、私もお供するよ」

 にっこりと笑っているけど、おだやかな目つきではないな。


「私も」

 カーラが立ち上がる。カーラはいつも可愛い。


「俺も行くよ」

 プラシノも、レフの前に飛んできて、言う。


「コラン様が行くなら、俺も行くんでしょうね」

 行きたそうでも嫌そうでもなく、エリアスが言う。


「助かるよ、エリアス」


「慣れましたから」

 王子の無茶振りは信頼の証だと思っている。

 悪い気はしないエリアスだった。

 以前、そう言ったら、なぜかロナルドに哀れみの目を向けられたけれど。

 ……ヘルン殿下の無茶振りに比べたら、可愛いものである。






 国境の渓谷、その崖っぷち。


 向こうからよく見える位置に陣取って、レフは帝国側の兵たちを見据えた。


 一般の兵や魔道士は見受けられるが、目標の蛇男は見えない。


 突然現れた琥珀狐────のような大型犬のような動物に、注目が集まっている。

 こちらを見る人々の顔は、興味本位が半分、不安が半分といったところか。


 外の空気を胸いっぱいに吸い込んで、レフは声を張り上げた。


「聞こえるか、鴉! 蛇男!」


 共鳴するように地鳴りがして、大地が揺らぐ。


 帝国兵士の陣営から、ざわめきが起こる。


「地震か?」


「川の水が減っているぞ! 何かの予兆かもしれない」


 何かもなにも、レフが仕掛けているのだが。


 彼らはまだ、所詮は狐と、侮っているのだろうか。


 ならば見せてやる、とレフは昂る。


 二度と、余計な事をする気になれないように。


「私は、この地に住まう女神の代理である。私はこの力を、この国を守るためだけに使う」

 次の言葉を考えていると、ついつい敵意が漏れ出てしまう。鴉や蛇男のやったことが、許せなくて。


「しかし、お前たちは、この地を血で汚した」


 レフは高らかに宣言する。


 魔力による拡声で、帝国の兵卒の末端まで声は届くだろう。

 レフが話している間、ずっと地面は揺れていた。

 この揺れに動揺せず耳を傾けられる豪胆な兵士以外は、耳に入っていないかもしれないが。


 ズズズズズ……


 川の水が減っている。


 いや、川の幅が広がって、嵩が減ったように、見えていた。


 ……バキバキバキ!


 大地が動き、離れる動きに耐えられなかった木々が、根元から裂けてゆく。


 川面が、どんどん急激に下がっていた。


 広がるだけではなく、深く深く裂けてゆく。


 レフは前足をどん! と地に叩きつけ、威嚇する。

「次にここを、一歩でも、越えてみろ。次は、お前らの帝都の真ん中を割ってやる」


 やっと、この揺れがこの獣によるものだと理解したらしい。


 兵士たちの顔に、畏れや嫌悪が見え隠れする。


「物騒ですな」


 ひとつの天幕から、鴉が飛び立った。

 レフの方へと。


「まぁ良い。我らは侵攻してきたわけではないのだよ。我が娘の臣下の失態を、わが娘の命で責任を取らせたにすぎない。我が国と貴国の争乱を誘発しようと企んだ侍女のロベリア────実行犯も、そのあたりの森に潜んでいるだろう。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

 ご丁寧にレフの前までやってきて、鴉は言った。


 次のシナリオは、それか。

 負けそうになれば手のひらを返して。ならば最初から仕掛けなければ良かったのに。


 鴉はペラペラと喋り続ける。

「これでも、娘が死んでしまったことは残念に思っているのだよ」


「お前が殺したんだろうが、どの口が言う」


「ふん。人間とは複雑なのだよ。獣にはわかるまい」


 バササッ────


 鴉は旋回して、帝国へ戻っていく。

 レフは追わなかった。

 本命はあいつじゃない。


 ひらり舞い落ちた黒い羽が、大きく広がった大地の裂け目────その谷底に吸い込まれていった。






 レフが視線を正面に戻すと、そいつはいた。

 黒髪に貧相な黒ローブの少年────いや、蛇男。


「え、『幸運』お前、覚醒しちゃったの? 命に関わる怪我でもないと、覚醒はしないと思ったのだけど。あの程度で瀕死になるなんて、きみ、よっぽど弱くなってたんだねぇ」


 いちいち癪にさわる喋り方をする。

「私の名前はレフだ」


「レフ、ね。俺はロプト。『狡猾』のロプト。ねぇ、覚えてる? 10年前はさぁ、お前、あのちびっ子のことが守れなくて、ボロボロになって逃げたよねぇ。

 あいつを取り込んだおかげで、おまえにトドメをさせなくなったことが忌々しかったけれど。もう一度遊べるなら、悪くはないかなあ」


 ロプトと名乗った少年の言葉の端々が、レフの記憶を掘り起こす。

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