本編続編────第27話 目覚め

「おはよう、レフ。よかった……! 傷は治ったのに、目覚めなかったから。心配したのよ」


 カーラがそう言って、レフに抱きついてきた。


「カーラ……」


「ずいぶん大きくなっちゃったわね」

 背中を撫でるカーラの手が、とても優しい。


 頭がぼーっとして、考えがまとまらない。

 そうだ、ミルズを庇って、傷を受けて、力が抜けて……。


 傷のあった部分を確認する。

 もう痛みも傷も見当たらない。毛並みすら整っている。


「私、毒は?」


 レフの問いかけに、カーラが答える。


「プラシノ君のおかげよ」


 あ、プラシノ。

 今日はコランの肩の上に乗っている。

 ロナルドは王都で留守番だものね。


 プラシノが胸をはり、ドヤ顔で説明してくれる。

「ほら、俺が前にやった『ハリセンボン』あっただろ。お前、あれちゃんと食ってただろ。あれの効果で、毒成分中和されてたわ」


「そっか。ありがとうね。────私ずっと、気を失ってたの?」


 プラシノと白が顔を見合わせる。

 説明をかってでたのは白だった。


「そうだね。傷を受けて、すぐにカーラ殿が回復をかけたのだが、意識だけが戻らず」


「ヘルンは? ミルズは無事?」


「大事ない。ヘルン殿の治療も終わったよ。今は体力回復のために眠っていただいている。ミルズは驚いただけだ。レフ殿のことを心配してずっとついていたのだが、眠ってしまってね。トッチョが部屋に連れていったよ」


「そう。よかった────」


「レフ殿。この場所に、何か感じる事はないか? レフ殿には、縁がある土地かと思うのだが」


「土地がどうかはわからないけれど、夢を見たわ。なんだか懐かしい夢を。女の人の声がした。誰かは思い出せないのだけれど、きっととても愛しい人だった。

 彼女が、私に本当の名前をくれて────そうしたら、この姿になっていたの」


「レフの血が流れた事で、この地に眠っていた女神が目覚めたようだ。お前はそれに引っ張られたんだ」


「だよな、白?」


「ああ。この地には、彼女の魔力がずっと眠っていたのだよ。────きっとずっと昔から、この国を見守ってきた土地神だろう」


「お前の加護の気配もきっとその土地神のものなんだろうな」


「そういえば、夢の中で誰かが泣いていて……」


 あれが、彼女なのだろうか。思い返そうとするけれど、はっきりとは出てこない。


 ただ、ずっと胸にあった不安は不思議と無くなっていた。


 彼女のことを思い出しても、レフは変わらない。

 大事な人のために生きるという決意が、変わることはないと、今なら言える。


 不安のあった場所に、安堵と力がみなぎっているから。


「ううん、いいわ。ねぇ、いま、どういう状況? 外の戦いはどうなったの?」


 レフが気を失ったあとの成り行きを、コランが説明した。

 コランの能力のあたりでレフはぽかんと口を開いた。

 そんな隠し玉をもっていたなんて。見抜けなかったわ。


「で、本当のキャンディは念のため、白のはった結界の中にいる」

 少しでも気配を悟られないために。

 

 せっかく死んだことになったのだ。追っ手や刺客の影に怯えず、新しい人生を歩んでほしいと考えた末の采配だった。


「皇帝は思ったよりしょぼいのね。やっぱり、ヘルンをやった奴が元凶かつ厄介なのね。ちょっと懲らしめた方が良いわね」


「とはいえ肩書きは一応、帝国の皇帝の側近だからな。実力も折り紙つきだ。ヘタはうつなよ」

 プラシノが言う。


 レフは鼻を鳴らして意気込んだ。

「ふん、ちょっとした狐と蛇男の喧嘩じゃない」




「私、この姿になったから、力がみなぎって仕方ないの。いまなら、鴉だろうが蛇男だろうがひとひねりよ」


 クスクスクスと笑う顔が、いままで見たどのレフよりも、黒い。不穏過ぎる。力の上限も体への負荷も未知数なのに、やりすぎて反動がこないかと、プラシノは案じた。


(覚醒ハイか?)


 これ以上は、何を言っても、とばっちりを受けそうだ。


 今回はどう考えても、帝国側が悪い。


 怒ったレフが暴走しても困るけれど、プラシノだって怒っているのだ。


 大切な友人を、傷つけられて。


 これ以上、馬鹿を庇ってやる義理もない。


 好んで虎の尻尾を踏みにきたのはあいつらだ。


 プラシノは、そばで成り行きを見届けることにした。

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