本編続編────第26話 夢の中の愛しいひと

 あれ、ここはどこだろう。


 私、何をしていたのだっけ。


 ふわふわとした白い雲の上を歩いていく。


 しばらく歩くと、見慣れた景色になった。


 カーラの部屋。


 カーラがいる。私もいる。


 ああ、この時のことを覚えている。


 カーラに私の正体を、告白した夜の夢だ。



 



 ────ねえ、カーラ。私の話を聞いてくれる?


 私、こことは違う世界で死んで、レフとして転生したみたい。


 その記憶は、婚約破棄のあの夜に、戻ったのだけど。


 私ね、前世では、ついてないな自分って思ってたんだ。


 理想の自分と現実の自分に納得がいかなくて、無茶したりさ。


 そこそこで折り合いつけて、毎日をやり過ごす事を覚えてさ。


 大人になって、やっと、自分の居場所っていうの? 落ち着ける場所が、出来て。


 自分なりにまわりの人と向き合って、誰かの心に残る生き方がしたいなって。


 思って、頑張ってた矢先に、死んじゃってさ。


 でも、この世界で、もう一度生きるチャンスをもらった。


 神様と、助けてくれたカーラに、もらったの。


 私はカーラのそばにいたい。


 そばで、ずっと、守りたい。


 だからこそ、不安で仕方がないのだと、気づいたの。


 カーラに出会う前の、私の記憶が戻っても、私はカーラのそばに、いられるのかな。


 いても、良いのかな。って。


 レフという名前をつけてくれた、カーラではない誰かの事。


 思い出しても、私は私でいられるのかな。


 ……ん。


 そうだね、言う通りだよ。


 何度だって、私はカーラの事が好きになる。


 きっと変わらない事も、そこにあるね。


 カーラ。


 大好きだよ。


 ずっと、ずっと。






 ……また、真っ白になった。


 ずっと同じ景色だから、前に進んでいるのかもわからない。


 しばらくすると、景色が変わる。


 今度は、知らない景色だった。






          ※






「ふぅん」


 少年はひとり、天幕の中で水晶を眺めていた。


 水晶の中には、ぼんやりと映像が写っている。


 琥珀色の狐が、銀髪の少女に気持ちを伝えた。


「今のお前の『たいせつ』は、こっちだったかぁ」


 新しい獲物を見つけた悦びに、少年は身震いをする。






          ※






「ひっく、ひっく……」


 ────誰かが泣いている。声が聞こえる。


「どうして、私があるじじゃだめなのよ!」


 だって、チビはまだチビじゃない。


「そんなの、レフだって!」


 だからね。もっとお互い強くなって、そしたらまたその時に考えようよ。


「そんなこと言って、お母様しか眼中にないくせに!」


 困ったなぁ。


「もっと強くなるんだから! みてなさいよ!」


 あんまり遠くまでいっちゃダメだよ。


「子供あつかい、しないで────!」


 子供だよ。だってチビは、家族だもの。




 ────これは、レフの記憶だろうか。ヒロミが転生する前の。


 チビと呼ばれた少女は、走り去る。


 レフはそれを見送って……少ししてから、追いかけだした。


 ────このあと、どうなったのだったかしら。


 ────ああだめだ、もやがかかったように思い出せない。






 ゆらゆらと揺れて、レフは瞼を開ける。


 虹色に光る波の中にいた。


 波は温かく、心地よい。


 お腹も空かない。


 痛みも感じない。


 ────痛み?


 そうだ、レフは確かひどい怪我を負って……


 誰のだろう、声が聞こえる。


 声は泣いている。


 誰だっけ。


 ああ、慰めなくちゃ。


 でも、誰の声だか思い出せないの。






          ※






「レフ、目覚めなさい────」


 懐かしい声が響く。


 ああ、誰だっけ、とレフは思う。


 何度となく、夢の中で聞いたことがある声だった。


 夢では幾度と会っているのに、目が覚めると忘れてしまう。


 大好きだった事は覚えているのに。


 思い出せない事がもどかしい。


「あなたには、待っている人がいるでしょう?」


 そう、声は言うのだけれど。


 でも、誰かが泣いているの。置いていけない。一緒にいなきゃ。


 声にそう問いかける。


「大丈夫。私がいます────」


 どういうこと?


「あなたに、無理をさせてしまったわ」


 どうして、悲しそうな声になるの?


「もう、いいの。過去にはもう戻らない。いま一緒にいたいと思える人と、いたら良いのよ」


 一緒にいたい、ひと……。




「私は、あの子の母だもの────


 私が、一緒に行きます。


 私には、もう大した力はないけれど────


 私の力の断片を、残る光を、あなたに託します。


 だから、最後の、お願いです────…………の時は……を……」


 ……うん。わかった。


「ありがとう────


 では、後は、任せましたよ」


 あ、きっといま、彼女は笑っている。

 レフがだいすきだった、笑顔で。

 なんとなく、そんな気がした。

 不思議ね。覚えていないのに。


「戻りなさい。


 あなたは強い子よ────。大丈夫。


 あなたも、私の大切な子。


 さぁ、あなたの名を思い出しなさい────


 ────本当の名を。


 さすれば本来の力が、目覚めるでしょう────」




「────レフコートゥリフィーリ!」











「ガハッ!」


 急に大きく吸い込んだ空気に、肺が驚く。


 体を、金色の光が包んでいた。


 温かく、懐かしい光。


 なぜだろう、涙が止まらないのは。


 その涙も温かく、心の奥に染み入るようだ。


 体が違うものにまるごと作り替えられるような、感覚があった。


 いや、実際、作り替えられていた。


 ひとまわり、いや、ふたまわりは大きくなった体躯。


 大型犬くらいの大きさはある。


 手足が伸び、尻尾も大きくなった。


 尻尾は、先の方が、二つに割れている。


 これが、レフの大人になった────否、本来の姿なのか。





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