本編続編────第25話 隠された戦力
エリアスが人形とともに、白の棲家に転移した。
キャンディの身体を寝かせていた部屋だ。本人以外には誰もいなかった。
皆は広間に集まっているのかもしれなかった。
ヘルンにひとこと報告したかったが、仕方ない。
あまり、時間をとらずに戻らないといけないのだ。
目を覚ましたキャンディが、長椅子の上で起き上がった。
「キャンディ様はこちらにいらしてください。私はコラン殿下の元へ戻ります」
そう言って、心配そうにキャンディの顔を伺う。
「……大丈夫、ですか」
痛みは、あったはずだ。心だって、痛いだろう。
キャンディは、少しだけ微笑んで言う。
顔色は悪い。当たり前だ。
もう少し一緒にいてフォローしてやりたいが、エリアスにはエリアスの役目がまだ残っている。
「平気です! 私は、帝国の王女は、死んだのですね。私は、生まれ変わった……。────こんなの、きっとお母様の陣痛の痛みにくらべたら、へのかっぱです!」
心配させまいと一生懸命な姿が、いじらしい。
エリアスがいる限り、気を使わせてしまいそうだ。
あまり長居しないほうが、お互いのためかも知れなかった。
「ふっ……お強いですね。では、私は急ぎ戻ります。ヘルン様にもそう、お伝えください」
「はい! お気をつけて」
エリアスが行った後、キャンディは顔を覆って長椅子に倒れ込んだ。
少しだけひとりで泣こう。
すっきりしたら、きっともう大丈夫だから。
「戻りました」
ちょうどいいタイミングで、エリアスが帰ってきたなとコランは思った。
「万事、整ったな」
不敵に笑うコランに、エリアスは自分まだ状況把握してないんですけど、という目線を送る。
「え? もうやっちゃう感じです?」
戻るなり慌てるはめになったエリアスの言葉もお構いなしに、コランは指示を飛ばす。
「ヴェル!」
第三師団長が、一刀で黒騎士をふっとばして振り向く。
コランはにやりと笑って言った。
「餌をくれてやれ」
「承知」
ヴェルが剣を空に向け、光の玉を打ち上げる。
空中で花火のように弾けた光が、黒騎士たちに降り注ぐ。
光は光同士ひかれあうようにあつまり、黒騎士だけにまとわりつく。
振り払おうとするように黒騎士たちは体をよじるが、とりついた光は離れはしない。
ヴェルが躊躇なく唱える。
「
「うおっ」
黒騎士と切り結んでいたトールが、慌てて耳を塞ぐ。
「俺の耳まで潰す気かよ……」
雷に似た轟音がして、光にまとわりつかれた黒騎士たちがバタバタと倒れた。
バサバサと翼をはためかせた鴉────皇帝が叫ぶ。
「何、ここからが本領発揮よ」
すると、黒騎士の動きに変化が現れた。
いままでのように戦う者と、少し離れた場所で数人ずつ集まる者にわかれたのだ。
集まった者たちは、ヴェルの方へ向けて何やら呟きながら剣の切先を向けている。
ふむ、と、ヴェルが頷き、コランに伝える。
「魔力阻害ですね」
試しに手のひらで魔力の炎を練ってみせるが、うまく燃え上がらずに揺らいだり消えそうになる。
数人で集まり、何らかの魔力の作用を高めることにより他者の魔力に干渉しているらしい。
────かかった。な。
「よし。予定通り、私に任せてくれ。エリアス、頼むぞ」
コランは両腕を天に向けた。
普通の魔法のように、大層な炎が舞い踊るわけでも、雷の裁きが下るわけでもないのだが。
「温存されてきた戦力の使いどころは、今だろう?」
カーラやシーミオだけではない。
コランだって、その一翼なのだ。
「了解でーす」
エリアスが急ぎ結界を張る。
味方だけに、ひとり残らず。
黒騎士たちがコランとエリアスにも切先を向ける。
ふたりの魔力も阻害するつもりなのだろう。
思った通りだ。
ヴェルのように魔力を多量に使うわけではない────使う魔力がない────コランには、黒騎士の妨害は効かない。
エリアスのほうをちらりと見るが、意にも介していないようだ。
どうやら、魔力操作能力の次元が違う人間にも、通用しないらしい。
この様子だと、おそらくプラシノにも効かないだろう。
エリアスは涼しい顔で鼻歌すら歌いながら、一兵卒まで一人も漏らさず結界で守り続けている。
このような芸当ができるのは、中央国でも片手の指におさまるくらいの人間しかいない。
エリアスがいてくれてよかった。
コランひとりでは、この技は使えないのだ。
ともすれば、味方も巻き込んでしまうから。
「────
(なんだ?)
大魔法のような気配に、鴉────皇帝は上空に飛び上がって様子を伺う。
羽が引っ張られるような感覚があるが、それ以外には……。
何も、起こらないではないか。
(ふん。ただのブラフか。こざかしい)
そう思った次の瞬間には、黒騎士たちが、コランの近くにいる者から次々に倒れ始めた。
(なっ────)
────何が、起こった?
考えを整理しながら、いっそう距離を取る。
技術の粋を集めた傑作のはずだった。
兵士の生命力と引き換えに、本来の力よりも大きな力を引き出す。
精神に干渉するから恐怖心も芽生えない。命令にも反しない。理想的な駒のできあがりだ。
鎧に流された魔道士たちの魔力を共振させることで、他者の魔力操作を阻害する機能もあったのだ。
なのに何故? 魔力阻害が効かない?
王子は何をした?
なぜ、魔力をほぼ持たないコラン王子ひとりにやられるのだ?
話が違うぞ。
この圧倒的な力でちょっと脅してやれば、優位に立てるのではなかったのか。
────圧倒されているのはこちらではないか!!
ようやくその事に気づき、皇帝は憤る。しかし、冷静さは失ってはいなかった。
もっと仕掛けたいところだが、いかんせん分が悪い。
「ふん。これで済むと思うなよ。こっちにはまだ切り札があるんだ」
そうだ、あのヘルン王女を追い詰めた切り札が。
敗北ではない。戦略的撤退だ。
皇帝は自身に言い訳しながら、空高く舞い上がり、国境の渓谷を越え自陣に戻った。
自らが呼び寄せた黒騎士たちは、倒れたまま置き去りのまま。
「これで済むと思うなよって、本当に言う人いるんですねぇ〜」
エリアスの素直な感想に、トールが吹き出す。
皇帝は何が起こったのか、理解できていないだろう。
自分たちだって、コランという実物が目の前にいなかったら、ただただ無尽蔵に魔力を吸い尽くす人間がいるなどと思いもしない。
「あんまり言ってやるなよ。ヒョロモヤシって見下していたコラン王子にしてやられて、ショックなんだよ」
「トール。そこまでは言われていないよ」
コランの冷静な訂正が入る。
「それは、失礼いたしました」
大きな身体を曲げて、道化のように大仰な礼をするトールである。
ヴェルが呆れ顔で言う。
「筋肉があれば良いというわけではありませんよ。要は使い方です」
「さて、ところでこれは……どうしたものかな」
エリアスが、手近なところに転がっている黒騎士の鎧の隙間から脈を取る。生きてはいるらしい。
コランが遠慮なく魔力を吸い取ったので、鎧に付与された効果も消えているはずだ。
「あとは、精神が生きているかどうかだな……」
コランの言葉に、エリアスも頷く。
「ですね」
魔力を吸われすぎて失神しているのか、操られないと動けない状態に最初から追い込まれていたのかまでは、現時点では判断がつかない。
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