本編続編────第32話 精霊の秘密

「いったいなぁ」


 ロプトがコキコキと首を鳴らす。


「ま、きかないけどね?」


 へらりと笑う。


「意外とやるじゃん。ご褒美に、何かひとつ教えてあげるよ。俺の弱点とか。無いけど!」


 きゃらきゃらきゃら。

 笑っているのはお前だけだぞ。と伝えたところで、まわりをみて恥いる感情などカケラもないのだろうな、とレフは思った。

 どうやったらここまで性根が捻じ曲がるのだろうか。

 その口を縫ってしまいたい。


 カーラが、口を開いた。


「帝国をたぶらかしたのは、何故?」


 ロプトはつまらなそうに口を尖らせ、しかし質問には答えた。


「皇帝のヤツは、俺を縛っていた枷を外してくれたからな。礼にちょっと野心を増幅しただけだ。侵攻は、あいつ自身の欲望だよ」


 枷────封印されていたのか?


 10年前、誰かが、恐らく帝国領にロプトを封印し────皇帝が────もしくは皇帝の手先の誰かが、それを解いた。と、いうことか。


「あのあと────戻ってきた女神に見つかってね。まだお互いの力が馴染んでなかったせいかなぁ。うっかり負けちゃったんだよな」


 自分でひとつと言ったくせに、聞いていない事まで、ぺらぺらとよく喋る。


「まぁ、女神にもチビは助けられなくて、チビごと封印したんだけど。

 自分の子を悪党と一緒に封印するってどんな気持ちだったんだろうなぁ。

 聞いてみたかったなぁ」


 ヨルズはその戦いで、ずいぶんと力を失ったと考えるのが妥当そうだ。

 それからずっと、彼女はこの場所で眠っていたのか。

 帝国に程近いこの場所で。

 最後の時に、望みをつなげて。


 レフは、夢の中の彼女との会話を思い出す。




「だから、最後の、お願いです────


 次にあの子と対峙したその時は────悪神から引き剥がしてほしいのです。

 

 きっと、あの子は死ぬでしょう。それでも。


 もう、解放してあげて。


 そうしたら、私が一緒にいけるから。


 あなたには、最後に辛い役目を負わせるけれど────」


 ……うん。わかった。


「ありがとう────


 では、後は、任せましたよ」




 レフは、目を閉じ、ゆっくりと開いた。


 今度こそ、約束を守るのだ。


 10年前、守れなかった後悔を、レフはもう繰り返さない。






(プラシノ)


 レフは念話で隣のプラシノにつなげる。


(なんだ)


(私じゃなくて、コランに)


(? あいつには、エリアスって魔道士がいるだろう)


(結界要員としてだったらね。でも、エリアスにはコランの魔力までは弄れないでしょう?)


 レフの言わんとすることを、プラシノは察した。


 にやりと笑って、頷く。


 力の強さだけではなく、性質も大切な要素だ。


(────なるほどな)


(攻撃から守るんじゃなくて、対象を決めて魔力を吸い取るように誘導してほしい)


(チビを離すのか)


(うん。


(了解)


(まずは、邪魔なヘルとフェンリルを消す)


(ああ────

 レフ、ちょっと魔力かしてくれ)


(? 良いけど)


 プラシノがふわりと寄ってきて、レフの額に己の額をつけた。


 温かくなったところから、プラシノに魔力が流れていく。


 それと比例するように、プラシノのからだがどんどん大きく……大きく……人間くらいのサイズに……って、あれ?


 ダボっとした緑色のローブの上からでもよくわかる、ふたつのふくらみ。


(え、えええ?!)


 胸まで、大きくなっているのだけど?!


 嫌だ、うらやま────じゃなくって。


「プラシノ、あんた女性だったの?!」


 思わず凝視してしまった。


 眉をしかめてプラシノは言う、何を今更と言わんばかりに。

「俺は一度も男だなんて言ってない」


「いやいやいや」


 混乱するレフに、呆れたように目線をよこす。


「お前だって、性別なんてあってないようなもんだろう」


「そう、だけれども」


 たしかに、体の性別なんて、重要ではない。


 とくに精霊にとっては、その考えが顕著なのかもしれなかった。


 しかし、プラシノが、そう、そうなのか────。


 思い返せば、心当たりがないわけではない。


 なんだかレフは、失礼なことをたくさん言ってきたような気がして、振り返るのをやめた。


「なぁ、俺を無視すんなよ。状況わかってる?」

 いらいらを隠そうともせず、ロプトが噛み付くように言う。


 軽くあしらうように、プラシノは白い手をひらひらと振った。

 

「わかってるよ。わかってるから、わざわざ手の内を見せてやったんだ」


 プラシノが笑う。


 大人のプラシノは相変わらず緑色の短髪なのだけれど、かっこ良い美人になっていた。


「俺だって怒っているんだよ。付き合いこそ浅いけどなぁ、俺とレフは親友だ!」


 ────しん、ゆう。


「改めて言われると恥ずかしいけど」


 ぽそっとこぼしたレフの言葉に、プラシノが振り向く。


「え? だよな?」


 恥ずかしいからやめてほしい。嬉しいけど。


「うん。大事なともだち────親友、だよ」


 恥ずかしい。アラフォ……ごふごふ。大人になってこんな会話をすることって、なかなかないから。


 プラシノはロプトに向き直り、胸を張った。


「だから、友達の友達をそのまんまには出来ねぇだろ」


 つまらなそうに舌打ちするロプトと、にやりと笑うプラシノ。


「────チビは返してもらうぞ。下衆野郎」


 そう言って、ロプトの手下たち────、ヘルとフェンリルを交互に見る。

 指をコキコキと鳴らして、啖呵を切った。


「親友の正念場だ。雑魚にゃあ、邪魔をさせねぇよ」

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