本編続編────第23話 呪いのたまご

 少し時間は遡り────


 キャンディたちが旅立ったすぐあと。


 気持ちの糸が切れたように、ヘルンが床にへたり込んだ。


「ヘルン!」

「ヘルン殿」


 呪いを受けた場所を、押さえている。

 年若い王女に余計な心配をさせないように、ずっと気丈に振る舞っていたのだ。


「顔色が悪い。客室に戻りましょう」

 ヘルンが使っている部屋に移動して、寝台に横にならせる。

 カーラが思いつくすべての治癒や解呪の魔法を試してみたが、結果は思わしくなった。

 ヘルンの傷口を、白とレフ、プラシノが順に診ていく。何か突破口はないだろうかと。


 状況は、良くない。

 患部が腫れたように盛り上がっている。


「なんだか、疼くのよ」

 眉をひそめて、ヘルンが言う。

 レフがそっと触れると、微かな鼓動のような脈拍のようなものを感じる。


 白は難しい顔で言った。

「取り出して、みましょうか」


「そうね……試してみようかしら。お願いできる?」


「下手に魔力で切らない方が良いかもしれない。麻酔をして切除しましょう。手術道具をとってくるよ」

 研究も臨床もいける医者のようだな、白さんは。と、レフは思った。


 この世界の医療は、レフがいた元の世界よりだいぶ遅れている。

 治癒魔法があるから、比べることが違うのかもしれないけれど。


 そんな中で、白は魔力に頼らない医療も研究しているのだと言っていた。


 白とヘルンがいれば、きっとこの国はもっと良くなる。


 異世界人にだってわかる。

 この最強美人は、この国の未来に絶対に必要だ。


 こんなところで、失ってはいけない。


「私も、お手伝いいたします」

 白の後を追う、カーラ。


 カーラと白がいったん退室した、すぐ、あとのことである。


 しこりが、をした────ように、見えた。


 次の瞬間。


 しこりから、何かが飛んだ。


「────っつ!」

 ヘルンが、苦悶の表情を浮かべる。


「あぶなっ────」

 レフは叫んだ。


「ひゃあっ!」

 ちょうど扉が開いたところだった。湯を運んできたミルズに向かい、は飛んだのだ。運が悪かったのか、それとも弱いものを狙ったのか。


(まるで映画の中の地球外生命体じゃない! このままじゃ、ミルズに当たっちゃう────!)


 その玉は飛びながら、元のたまごのような形から、鋭い鱗のような形に変化したように、レフの目には映った。


 一瞬の事だったと思うのだけれど、まるで世界がコマ送りになったようだ。


 走馬灯って、こういう時に見るのだっけ?

 あれ、でも走馬灯って、昔の記憶よね。

 ああ、走馬灯だなんて、縁起でもなかったわね────。

 そんな事も思っただろうか。


 レフは咄嗟に、ミルズの前に走り出ていた。


 ガシャン!


 ミルズの手から器が落ちる。

 湯が飛び散る。


「あ、あ……」

 レフが突き飛ばしたミルズが、真っ青な顔でこっちをみている。


「ミルズ……だいじょうぶ? どこもいたくない……?」


「レフちゃん!」

 ヘルンが叫ぶ。


 レフの脇腹に、痛覚が遅れてやってきた。


 結界魔法を、はる時間もなかった。


 自分の迂闊さを呪う。


 呪いを仕込むような相手だ、もっと慎重になるべきだった。


 こんなところで、安全な国で生きてきた自分の甘さが、足を引っ張った。


 ぐるる、と唸って歯を食いしばろうとしたけれど、何だか力が入らない。


 毒だろうか。力が抜けて、目を開けていられない。

 

 体から血が流れる感覚は、いつぶりだろう。


 ああ、そうか。


 カーラと初めて出会った時だ。


「レフ!」


 あれ、カーラの声がする。


 あの時もこうやって、カーラはレフを腕に抱いて、回復魔法をかけてくれて。


 それで────えっと、なんだっけ……。

 みんなのこえが、とおくなっちゃう……。


 レフは温かい腕のなかで、意識を失った。

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