第32話 ヘルン

 どれくらい、歩いただろうか。


 地道に壁を壊しながら、順調にカーラに近づいていた。

 

 に、気づいたのは、少し前。


 レフがコランに目線を送ると、コランが黙って頷いた。


 レフはいつでも飛びかかれるように、準備する。

 けれど追跡者には悟られないように、細心の注意を払って。


「────それで、君は誰かな?」


 コランが言うと同時に、レフの剥いた牙が首根っこを捉える。

 身動きしたら、プスリと刺さる距離だ。


「わかった! にげないから! はなして!」


 声の主から、そっと離れて、レフは見たままの感想を述べる。


「蛇が喋った」


「しゃべる狐にいわれたくないよ!」


 ムッとして、反論してくる。ずいぶんと、表情豊かな蛇だ。


 大きさは、30cmほど。

 白と金色が混ざった体。

 喉元だけにある模様が、黒い蝶ネクタイのようだ。


「君が、この迷路の主? それとも使い魔?」


 コランの問いに、蛇が答える。


「僕は、執事のようなものだよ。ここはご主人様の住処だから、あまり壊さないでほしい」


 と、いわれてもなぁ。

 壊したくて壊してる訳では。

 レフたちだって、無理矢理、連れてこられたのだし。


「じゃあ、壊さないかわりに、主人のところへ案内してくれるかい?」


 コランが、穏やかに問う。

 こちらに悪意はないと判断したのか、蛇の表情が明るくなった。


「わかった。ねぇ、一緒に来た人たちは皆、仲間なの?」


「そうだね。君とご主人に危害は加えないと約束するよ。彼らも一緒に、案内してくれるかい? 私の名前を出してくれたら良い。コランというよ」


「わかったよ」


 そう言うなり、蛇は3匹に分裂して、2匹が壁に吸い込まれていった。

 残った1匹の後ろを、レフたちはついて歩く。



          



「カーラ! プラシノ! ロナルドも!」

  

 やっと会えた。カーラは、怪我もなく元気だった。


「皆、無事だったのね! よかった」


 笑顔も相変わらず可愛い。癒される。


 コランのことは見直したけど、それはそれだ。


 やっぱりレフはカーラの隣が良い。


 全員と合流できたことを喜び、皆で一息つく。


「おいおい、うっかりしすぎだろレフ」


「プラシノ。悪かったわね、皆まで巻き込んじゃって」


「素直かよ」


(私だって、謝る時は謝るわ)


「なんだ、あれだよ。別におまえのせいじゃ」


「そぉよねぇ」


 罠を張ったやつが悪いのだ。


 プラシノが眉をしかめてたけど気にしない。


 洞窟の最後は、とても広い空間につながっていた。

 

 レフは前世の記憶から、いつか昔にテレビで見た、地下放水路────地下神殿を思い出す。


 だだっ広い空間には鍾乳石や石灰柱に似たものがあちこちにあり、それだけが少し光っている。ぼんやりと薄暗くて、光の届かない暗闇の先には終わりが見えない。


「今、ご主人様の部屋には先客がいるんだ。もう少し、ここで待っていて」


「先客というのは、────このような容姿の女性ではないか?」


 コランが姿絵を取り出す。

 用意が良いな。


 蛇の細い目が丸くなる。


「え、知り合い?」


「姉だ。我々は彼女を探しにきた」


「じゃあ、案内するよ」



          



「コラン! どうしたの? カーラちゃんまで! 久しぶりね」

 少し頬を赤く染めたヘルンが、コラン達を見つけて驚く。


「お久しぶりです。ヘルン殿下」

 カーラが一礼して挨拶をする。


「お元気そうで何よりです」

 口の端を引き攣らせてそう言ったロナルドに、王女は「よっ」と右手を上げた。

 何だろう、この、「先にやってるよ」感。居酒屋じゃないんだから。

 ていうか、ロナルドにもちょっと言及してあげて。

 帰ったらロナルドにもう少し優しくしてあげようと思うレフだった。


 しかし、美人だな。

 カーラとはまた違うタイプの美人。

 金に近い明るい茶色の髪は、腰まで緩やかに波打っている。

 瞳はコランと同じ空色だ。

 口元のほくろが色っぽい。

 うん、美人だ。


 でも。

 

 頰の赤みはどうやら、手に持ったグラスの液体のせいらしい。

 

 洞窟の中とは思えない、広い応接室の中。


 東南アジアのリゾートのようなラグジュアリーな雰囲気も、台無しにするくらい。


 この空間が、とんでもなく酒臭かった。


「こっちのセリフです、姉さん。我々は、次期国王様の捜索に参りました」


 呆れ顔で言う、コラン。


「こんな事だろうと、思いましたけどね。最強と名高い貴女に救援が必要な事態など、そうそうあってたまりますか」


 捜索対象のヘルンが酒盛りをしている相手は、白い着物を纏った、長い白髪の美丈夫だった。


 目はつり気味で、唇だけが血のように赤い。


 この魔力、やはり人間ではなさそうだ。


「心配をかけたわね。問題ないと早馬を送ったのだけれど、行き違いだったかしら。彼と、すっかり話が弾んでしまって」


 話? 宴会の間違いではないだろうか。


 レフの邪推をよそに、ヘルンはまるで乾杯をするように、自分のグラスを掲げた。


「話? 酒盛りの間違いでは?」


 あ、切り込んだコラン。


「うふふ」


 頬を赤く染めた美女の妖艶な笑み。酒盛りは否定しないらしい。


 美丈夫が頭を垂れ、口を開いた。


「お初にお目にかかる。コラン殿下。皆様方。我はハクと申します。我がおもてなしをしたいと引き止めた故の事、ヘルン様に非はありませぬ」


 頭を上げて、続ける。


「隣国────帝国領のユルグの樹海から、故あってこの地に参った。この度は私どもの結界がこの地の皆様にご迷惑をおかけし、申し訳ない」


「この人が、討伐対象の、魔物なのね?」


 レフは問う。


「それがねぇ。あ、可愛い狐ちゃん、おしゃべりできるのね」


 レフに驚きつつも、ヘルンが事の経緯を説明してくれた。


 発端は、白が自分たちの身を守るためにはった、結界だった。

 そこに侵入────迷い込むと、さっきのレフたちのように迷路に放り込まれる。

 何人かそんな冒険者がいたため、魔物の仕業だと思われて、討伐隊が組まれたと。


 迷い込んだ者には危害を加える事なく、沼地の外に送り出していた。

 しかし、その顛末を報告せずに、次の街に行ってしまう冒険者がいたらしい。

 そのため街では、その冒険者たちが行方不明になっているとの勘違いが起こってしまった。


「このあたりは、もともとまともな冒険者は少なかったの。それどころか、盗賊団のアジトがあったりで、困ってたのよね」


「我々も故郷を捨てこちらに辿り着いた身。ここに根を下ろすことを許していただきたく、お話をさせていただいた次第で」


 うんうん、とヘルンが頷く。


「まともな定住の民は居ない土地だし、訳ありの冒険者しか来ないからね。注意点だけ徹底して周知させればさ、共存もできるかなと思うのよ」


 人族の寿命は短い。

 

 白の寿命のほうが何倍も長い。


 100年も経てば、いわくつきの危険な土地も、土地神の伝説が残る神聖な地になるのではないか。


 何より、国境近くの地に高位の魔物が棲みつくとなれば、他国に対する牽制にもなり、国境の防衛に大きなプラスになる。

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