第31話 レフとコラン

「……フ、────レフ!」


 気を失っていた、らしい。

 目を開けたら、コランが心配そうに覗き込んでいた。近い。


「よかった、目が覚めたね。大丈夫?」


「げ、コラン」


 反射的に、肉球でコランの頬を押しのけてしまった。


「ひどいな。これでも心配したんだよ?」


 しまった、手も出たし口にも出ていた────。レフは慌てて、右足を振って弁解した。


「ごめんごめん、そうじゃなくって────。悪く思わないでね。コランのオーラっていうの? 嫌なわけじゃないんだけど、何か苦手というか、時々、近づくと体がピリッとするんだよ」


「ああ、なるほど。それは、僕のせいだね」


 納得したように、頷く。

 レフはどういう意味かと聞こうとして、もっと大事な事に気がつく。


「カーラは?」


 見当たらない。

 どこにも。

 カーラ以外の人間も。


 あたりをじっくり見渡す。

 ごつごつした岩に囲まれた洞窟のようで、しかし、壁は薄く光っている。

 どうやら、誰かの魔力でできた場所、の、ようだった。

 おそらく、人間の魔力ではない。

 しかし、魔物特有の敵意に殺気、呪いのような気配も一切感じない。

 

 この場所に、捕らえられたのだろうか。

 

「ここには僕たちだけみたいだね。レフとカーラが飛ばされたあと、沼地全体が光ってね。僕がここに来た時には、レフはもう意識がなくて。バラバラに、飛ばされたのかな。カーラの気配を、辿れるかい?」


 目を閉じて、カーラの魔力を探知するレフ。

 どんなところにいても、見つける自信があった。


 カーラの魔力は、カーラそのものだ。

 あったかくて、優しくて、何色にも光る。


「────ん、いる。いっぱい壁があって、ぐるぐる曲がってて、迷路みたい。一直線には行けないけど、ちゃんとカーラに繋がってる」


 でも、かなり回り道だよ────と言おうとしたレフは、コランの不敵な笑みにビクッとした。


 この王子、こんな顔もするのか。

 美形なだけあって、迫力が増す。

 きっとカーラの前ではしないのだろうなと、レフは思う。


「レフ。壁は僕が何とかする。カーラの場所を、最短距離で教えて」


「え、でも」


 コランが戦っているところは、見たことがない。


 強いという話も、知らない。


 申し訳ないけど、強い魔力も感じない。


 そもそも魔力が足りないせいで、記憶を失ったのだし────。


 不安しかないと、顔に書いてあったのだろう。

 レフの顔をみて、コランは苦笑する。


「信用ないなぁ。大丈夫だよ。ほら、騙されたと思って」


 ほらほら、と促されて、渋々、前足を右の壁に向ける。


「こっち────」


「わかった、ちょっと僕の後ろに下がってね」


(コランって、気を抜いてる時は「僕」って言うよなぁ)


 レフにはけっこう気を許しているのだろうか。

 まぁ、悪い気はしない。


 レフがコランの後ろに避難すると、コランは壁に手を向けて目を閉じた。


「僕は、自前の魔力は少ないんだけどね。意識せずとも、他人の魔力を吸ってしまう体質らしくてね。それを逆手にとって、魔力でできたものを壊すのは、得意なんだ」


 ああ、全身の毛が逆立って、ピリピリする。


 コランに近づいたときのピリッとする感じ、あれだ。


 あれの、強いやつ。


 レフは居心地が悪くて、もう少し、コランと距離を取った。


 コランの右手が光る。

 まるで濃い霧が晴れるように、さぁっと壁に穴が空いた。


「わぁ!」


 こんな魔法は初めてみたレフ。


 キョロキョロしながら穴に近づく。


 ピリつく感覚は、もう消えていた。


 穴を通って、先に進んでみる。


 壁の向こうにも、同じような道があった。


 そして向こうの壁にも、穴が空いている。


 その先も、何重にも穴が空いていた。


 ふたつめ、みっつめと進むごとに、穴のサイズは小さくなっていたけれど。

 いつつめの壁までは、コランの長身でも、身をかがめれば何とかくぐることができた。


「すっごいじゃん! やるじゃん!」


 コランの肩にのって、しっぽで背中をバシバシたたく。

 琥珀狐流、最大級の賞賛のつもりだ。


「ありがとう。僕も、意外と使えるだろう?」


「うん。今日だけは、ドヤ顔を許してあげよう」


「ドヤ……?」


「あ、自慢して良いよってこと」


 レフの魔法では威力がありすぎて、洞窟の中ではどんな二次災害が起こるかわからない。


 転移魔法も、レフの場合、着地点をイメージできないと、使えない。


 レフだけだったら、カーラの場所がわかったところで、迷路を地道に進むしかなかった。


(うん、心強い)


 レフは、目の前の王子を心底見直したのだった。

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