第30話 転移

「皆、準備はいーい? あ、これ、あっちで食べてね」


 珍しくパンツスタイルのシーミオが、何やら包んだ食べ物を皆に持たせてくれる。


 どの世界でも、実家の母というものは旅立つ子供たちに荷物を増やさせたいらしい。

 近衛の騎士たちも、公爵夫人の手渡しに緊張しながら、嬉しそうに受け取っていた。


「さて。送り出すのは私の魔力、目的地への着地にはカーラの魔力を使うのね?」


「おう! ちょっと多めに借りるから、拒否らないように頼むよ。ママさん」


「わかったわ。プラシノくん、よろしくね。皆も、気をつけて」


「無理はするなよ」


 ロイル公爵と交互に、カーラをぎゅっと抱きしめる。

 夫妻は最後にコランに向かって、言葉をかけた。

 

「娘を、頼むよ」


「帰ったら、あなたたちが決めた未来を聞かせてちょうだいね」


「はい。お任せください。カーラには、怪我ひとつさせません」


「ええ。もちろん、あなたもよ」


「はい。皆で戻ります」


「行ってきます」


「行ってくるね!」


「じゃ、いくぞ────」


 フォン!


 プラシノのかけ声で、一行は眩い光に包まれる。






「まさか……本当に……信じられない……」

 

 ロナルドが呟く。

 さっきまで、屋敷の中庭にいたのだ。


(馬車でも1日じゃ無理だ。2日はかかる場所だぞ)


 転移魔法といえば、見えている範囲を移動するものという理解が一般的である。


 それですら、強い魔力と卓越した魔力コントロールを行える者にしか使えないのが、常識だった。


 カーラとシーミオの強い魔力と、プラシノの卓越したコントロールが合わさって、なせる技だとわかっている。


 理解したから、身を委ねたつもりだった。


 しかし頭ではわかっていても、常識にとらわれた心には、到底理解が追いつかない。


 目の前に広がる景色は、紛れもなく目的の沼地だった。


 ロナルドは、騎士団の調査に同行して、ここに何度か訪れたことがあった。

 だから、間違いない。

 

 畑を開拓しにくく、人も住みづらい場所だ。

 盗賊団のアジトなど問題の温床になりやすいため、定期的に国による調査が行われていた。


 今回のメンバーは、コラン、カーラ、ロナルド、レフ、プラシノ。そして近衛から精鋭が10名。


「この人数を……」


 開いた口が、まだ塞がらない。


 そのロナルドの左肩で、足をぶらぶらとしているのは、プラシノだった。

 

「ロナルド、もう済んだことはいいじゃーん」


 ケラケラと笑う。

 軽い。軽すぎる。


「これがどういう事か……! いや、そうだな、優先すべき事をしよう」


 冷静になれ、と己を律する。

 悩むのは、後でもできる。

 まずは、現状把握に努めないと。


 我にかえったロナルドに、頃合いをみてレフが聞く。


「本当に、ここで合ってる?」


 沼地。


 ただの沼地。


 本当に目的地なのか、他の沼地なのか、それすらもレフにはわからなかった。


「ああ、それは間違いないよ」


「あったりまえだろー?! 俺様が間違える訳ないじゃんか!」


「ふぅん。何もないね」


 低い下草くらいしかないので、視界は開けている。

 なのに、怪しいものが見つからない。


 それがかえって怪しいといえば、そうだけれど。


「お姉さんは、一部隊を引き連れて行ったのよね? こんなに何の形跡も……足跡さえないのは、おかしいわよね」


 まるで、誰かが証拠を隠滅したようだ。


 まさか、全員が沼に引き込まれたとでもいうのだろうか。

 

 王女────ヘルンは、かなりの強者と聞いているけれど。


 うんうん唸って考えこむレフに、コランが言った。


「間違いなく、ここだと思うよ」


 右手を空中に向けて、目を閉じている。

 何かを探しているようだ。

 目を開けたコランの表情が、厳しくなった。


「微かに、姉の魔力の残滓が残っている」


 その隣では、ロナルドが近衛たちに指揮を開始していた。


「足を取られるからな。浮遊魔法をかけていない者は、まだ奥まで立入らないように」


 そうか、沼に入らなくても浮けば良いな。

 つくづく魔法は便利だな。と、魔法のない世界とくらべてしまうレフだった。


 前世だったら、そもそも沼に入る機会もなかったけれど。


 そういえば、忍者が昔使っていたらしい、水蜘蛛という道具があったなと思い出す。

 要は、足場を広くとって、体重を分散させるのが大事なのだ。


 万が一、何かで魔法が切れた時のために、代わりになるものを探しておこう。


(あ、あの丸太、使えるかも────)


 自分の体に浮遊魔法をかける。

 カーラの肩から降りて、沼の上を────少し浮いて、歩いていく。


(あれ?)


 誰かの、視線?


 連れの誰かではない、でも見られているとわかる。


 レフはこの感覚を知っているように思い、考えこんだ。

 

 その時、突然、レフの足元が光った。


 転移トラップだと、気づいた時には遅かった。

 

 上空へ飛びあがろうとするけれど、発動した魔法の気配はレフにまとわりついてくる。


 カーラが、レフに手を伸ばすのが見える。


 そのカーラの足元も、一呼吸遅れて光るのを、レフは見た。


「カーラ!」


「レフ!」


 ────しまった。


 レフは喉の奥で、ぐるると唸る。


 カーラもレフもプラシノも引っかかるまで気づかないなんて、とんだ上級隠蔽魔法を仕込んでくれるじゃないか。


 先に来たヘルンたちは、このトラップにより、どこかへ送られたのだろう。


 誰が? 何のために?


 わかっていることは、ひとつ。


 レフもカーラも、その後を追うのだ。

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