第29話 出立前

「で、具体的には、どこに向かうんだ?」


 無事、精霊の長の了承を得て、プラシノが早朝から屋敷を訪れていた。


「北の草原の向こうの、沼地らしいよ」

 

 お気に入りのクッションに寝そべり、大事な尻尾の毛づくろいをしながら、レフが答える。


 応接室に集ったのは、プラシノ、レフ、ロナルド。


 カーラはコランを出迎えに出ている。


 ロナルドとプラシノの前には、美味しそうなモーニングセットが置かれていた。


 丸い白パンを横半分に切って軽くトーストしたものと、ミニサラダと、スクランブルエッグに燻製肉のソテーがワンプレートに並ぶ。

 ドリンクはペグの実のフレッシュジュースだ。


 最初よく来るケイトのおかげもあって、この屋敷では前世でおなじみのメニューを目にすることが多くなった。


 カーラの身の回りが落ちついたら、ジャスミンやケイトに助力を頼んで、またお店をやるのも良いかもしれない。

 この身体では、客寄せの看板狐くらいしか出来ないけれど。


 レフ自身は、朝はあまり量を食べない派なので、フレッシュジュースのみ。

 ペグの実をベースに、バナナに似たリラの果肉と、リンゴに似たパダの実をブレンド。さらにモロヘイヤも入れた健康スペシャルドリンクだ。


(モロヘイヤは、なぜかモロヘイヤとして流通しているのよね……)


 種を持ったまま転移してきた栽培農家がいるのかもしれなかった。


 こちらも、余裕ができたら旅をして探してみるのも良いかもしれない、と思う。


 でもまずは、目の前の厄介事をやっつけねば。


「王宮の衛兵が既にこちらに向かっている。合流次第、向かうことになるよ」


「ふぅん。弱いやつを巻き添えにしないためにも、俺たち以外は人数絞った方が良いな。移動も楽だし」


 ロナルドの説明を聞いたプラシノが、顎をさすりながら言う。


「そうね。移動日数は余裕をみて、馬車で2日というところかしら」

 答えたのは、カーラだ。


「おかえり、カーラ。コラン、おはよう」


「おはよう。待たせたね」


 ウケる。と言わんばかりに、プラシノが転げ回って笑う。

 目の端に涙まで浮かべて。

 精霊の笑いのツボはよくわからない。


「いやいや、日帰りでおっけーでしょ。……どーも、王子さま」


 ちょっと遠足にでも行く感覚でいる、プラシノだった。


「あのねぇ、カーラたちは一応、これでも、まだ人間なんだよ! 精霊みたいに転移できないんだから。私だって、何人も同時に送るのは無理だし、そもそも知らない場所には飛ばせないんだよ」


「一応まだ人間、ってどういうことかしら……。まぁでもそうね、荷物だってあるし、移動法は限られるのじゃないかしら?」


「だから、そのための最適化だろ」


 フォン!


 プラシノのまわりの空気が変化する。


(あ、こいつ今、私の魔力勝手に使ったわね)


 あたたかい魔力の流れと、静電気のように毛が引っ張られる感覚が肌をなでる。

 

 テーブルの上にあったペグの実ジュースの入ったグラスが、一度消えた後、プラシノの手に握られた状態で現れた。


 やれやれ、と首を振るプラシノ。


 なんだろう。ちょっとイラっとするレフであった。


「そもそもだけどさ、レフはもちろん、お嬢とお嬢のママさんの魔法だけでも、俺がちょちょっといじれば、イケるぜ」


 こんなふうに、と言いながら、美味しそうにジュースを飲む。

 転移による変質もないということだ。


 カーラとシーミオが得意とするのは、土魔法と木魔法、そして風魔法。


 魔力の最適化とコントロールで、転移魔法まで使えるようになるとは。


「本当に、君たちが味方でよかったよ……」


 ロナルドが頭を抱え、独り言を言っている。


 そんなに心配性で、この先、大丈夫かしら。毛量とか。

 ロナルドの額を眺めながら、将来の生え際が心配になるレフであった。

 余計な事を言わない、大人の分別くらいは持ち合わせているけれど。


 レフの思いなどつゆ知らず、ロナルドは考える。

 そんな事が可能なのだとしたら、魔法の常識や戦争の概念が覆される。


 その力を求めて、レフやプラシノに危害を加えようとする輩もいるだろう。


 尚更、知る人間は少なく済ませなければ。そして口の固い人材を厳選しないと。


 信用のもとに、提案してくれているプラシノに、誠意で応えようと心に誓うロナルドであった。

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