第28話 報せ

 翌朝。


 晴天なり。


 清々しい気分で、カーラと庭でブランチをしようと楽しみにしていたのに。


 またしても、邪魔者があらわれた。


 レフは憮然として、カーラの側に寝そべる。

 耳と意識だけは、コランの声にかたむけながら。


 今朝早く、コランの姉────王位継承権第一位のヘルン殿下が行方不明との連絡が、王都からの早馬によってもたらされたのだ。


 カーラの執務室に、昨夜の顔ぶれが集まっていた。


 コラン、カーラ、レフ、ロナルド、プラシノ。


 プラシノは、昨夜からずっと我が物顔で屋敷にいた。


 ホットミルクだけでは飽き足らず、妹を嫁に送り出す気分のロナルドと一緒に遅くまで晩酌をして、そのまま一緒に寝落ちしていた。


 コランは近くにある王家所有の屋敷に戻り滞在していたが、朝早くに書簡を持って、再びスマラグドス家の屋敷を訪れていた。


「────と、いうわけなんだ。皆、朝早くからすまないね」 


 招集をかけたコランが、説明を終える。


 レフはコランから聞いた話に納得がいかず、口を尖らせる。


「次から次へと、邪魔が入るわねぇ」


 書簡は、先の────先代の、王妃からだった。


 コランに対する、緊急の要請。

 ヘルン王女が騎士団を率いて魔物討伐に出征したあと、魔物の生息域にて行方知れずのため、王子自ら探しに行け。というものだった。


 レフは首を捻る。もう一つ、気になることが。


「王女さまが、討伐隊のトップなの?」


「ヘルン姉様はね。カーラに匹敵する魔力の持ち主で、かつ、騎士団長と引き分ける剣の使い手だと言えば、内情がわかるかな?」


「なるほど」


 カーラの魔力は、王都でも規格外。

 しかしお仲間はいる。ということだな。


「でもさ、おかしいよ。こういう場合、王子は温存というかさ、王都に残したりしないわけ? 王位継承権のある人間がもし二人とも行方不明になっちゃったら、国的にマズいんじゃないの? その最強お姉様はともかくさ、コラン魔力少ないじゃん」


「継母は、本心では私の王位継承権を認めてはいないからね。自分の娘が万が一にも帰ってこないなら、いっそ私も道連れにとでも思っているかもね。あと、私もこう見えてやる時はやるんだよ?」


「うげぇ。本当に国の事、考えてないんだね」


 後半の主張はスルーするレフだった。

 別に、昨日の事にヤキモチを妬いているわけではない。

 決してない。

 ないんだから!


 コランは何やら苦笑している。


「元は、敵国の人間だしね」


「だからってさぁ」


 いまでは、この国で過ごした時間の方が、長いのではないのだろうか。


 やっぱり、釈然としないレフ。


 もし今、琥珀狐の一族とカーラが対立したとして、レフは迷わずカーラを守るつもりだ。


 例え、同族に牙を剥こうとも。


「この国が、継母にとっては……本当の居場所には、なり得なかったのかもしれないね。かわりに、国王の母という確固たる地位が、欲しいのかもしれないし」


「じゃあさ、国王はどう思ってるわけ? 止めなかったの?」


「知らなかった、ということはあり得ないな。わざと見逃したということだ。陛下には陛下の、思惑があるんだろう」


 ロナルドとコランが頷き合う。


「それはそれとして、私の思いとしても、姉は国の柱になり得る人材だ。万が一にも、ここで失うのはあまりにも惜しい。まぁ、彼女は強い。連絡が取れないからといって、命に関わる何かがあったわけでは、ないと思うが」


 膝を打って立ち上がる、コラン。


「私は私の意志で、探しに行くよ」


「────ちょっと待ってください!」


 立ち上がったのは、カーラだった。


「私も、行きます」


「カーラ」


「何を」


 妹を止めようと、ロナルドが腰を浮かせる。

 カーラは目線でそれを制止した。


「殿下と一緒にいたい気持ちは、本物です。でもこの判断は、殿下とヘルン様の帰還確率を上げるためのものです」


 一息ついて、レフとプラシノを交互に見る。


「レフ、プラシノ君。私と一緒に、来てくれないかしら」


 ふぅ────。


 プラシノが息を吐く。

 迷うように緑の髪をがしがしと混ぜてから、カーラを見据えた。


「俺らの、俺とレフの力を領外に出す事の意味。誰に知られるかわからないリスクも、承知の上で、だよな?」


「責任は、私がとる。あなたたちのことは、私が守る」


 カーラは迷いなく、そう言った。

 そして、ゆっくりと頭を下げた。


「だからお願い、この国を一緒に救ってください」


 レフは、ぴょんと飛び起きて、カーラの正面に座り直す。


「わかった! でも、プラシノは森から離れて大丈夫なの? 無理しないで、良いからね」


 レフは、カーラのために存在すると決めている。


 迷う事などない。


 でも、プラシノにはプラシノの事情がある。


 守るべきものが、違う。


 強要は、できない。


「俺の、一存では……。でも、長老たちに相談はするよ」


「ありがとう」


「ありがとう、プラたん!」


 じゃれつくレフから、鬱陶しそうに距離をとる。

 でも、まんざらではなさそうだった。


「プラたんはヤメロ」


 そのまま、窓の外に飛び立つプラシノ。


「じゃ、一旦、森に帰るわ。報酬は山盛りのたこ焼きだからな!」


 安い、安いぞ精霊。


 いや、物の価値など、人それぞれなのだけれど。


 レフは窓枠に駆け寄って、礼を言う。


「ありがとうね」


 照れたように顔を逸らして、ぽそっと呟く。


「まだ、わかんねぇよ」


 本人の気持ちとしては、同行するつもりでいるのだろう。

 その気持ちだけでも、礼を言うには十分だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る