第27話 鼓動

「あ、あのぅ……」


「ん?」


「そんなに、ずっと見ないでください……」


 レフたちが去った後。


 長椅子に隣同士で座り合い、いろいろな話をした。


 その間もずっと、空色の瞳はカーラの顔を見つめていた。


 カーラ自身は恥ずかしくて、時々しかコランに目線を送れない。


 大体は部屋に置かれた花瓶だとか、扉の方だとか、テーブルに置かれた紅茶の水面だとかを眺めていた。


 でもチラッと見ただけで、いつもいつも目が合うので、ずっと見つめられていることに早い段階から気づいていた。


「だって、嬉しくて。君が、ここにいてくれることが」


「わ、私も嬉しいです。けど……少しずつ、慣らしていきたいというか……ひゃっ!」


 おもむろに抱き寄せられ、カーラはまた顔が熱くなるのを感じた。


 コランの鼓動が、こんなに近くで鳴っている。


 いま顔を上げたら、空色の目がそこにあるのだろうか。


 顔は埋もれているので見られる事がなくなったけれど、赤くなった首筋が見られているような気がして、さらに恥ずかしくなった。


「話したいことが、もっとたくさんあったはずなんだけどな。胸がいっぱいで、いまはただこうしていたいよ」


「殿下」


「コラン」


「コラン、様……」


「様は要らないかな。二人きりの時だけでもさ」


「コ、コラン」


「うん?」


「お、お手柔らかに……」


 ぷはっ、とコランが笑う気配に顔を上げると、思ったより近くに彼の顔があった。


 子供の頃と同じ笑顔でほっとする反面、子供の頃とは違う色気を感じて。


 そんな自分の思考が今日いちばんに恥ずかしく思い、やっぱり顔を上げていられない。


(しまった。いや、何がしまったというわけじゃないんだけど、でも)


「わかった。今日は、このくらいにしておくね」


 そう言って、コランはカーラの額にキスをした。





          ※





 その頃、厨房では……


「悪寒がするわ……!」


 厨房に置かれた小さなテーブルと椅子に腰掛け、レフは何かを察していた。


「風邪か? 神獣サマは病と無縁のはずだけどよ」


 向かいに座って足を組むプラシノは、口ぶりの割に、相変わらず真面目だ。


「違うの、カーラがとられそうな気がしたというか」


「それはご愁傷様だな」


 プラシノが鼻で笑う。


 気を利かせて2人きりにしたのだ、今ごろ甘ったるい時間が流れている事だろう。


「ふん、この複雑な乙女心、あんたにはわからないわよ!」


 完全なる八つ当たりだった。


「ええっと、おふたりさん」


 プラシノの分はシロップ入れに。レフの分はスープ皿に。

 それぞれに合った器に、かいがいしくホットミルクを注ぎながら、ロナルドが口を挟む。


「今日は、本当にありがとな」


 そう言って、器をふたりの前に置いた。


「私は私のやりたい事をしただけだよー、ね?」


「ああ」

 

 嫌な事ならやらないし、興味のない人間とは関わらない。

 プラシノも頷いた。


「そうだよな……」


 ロナルドの相槌が、なんだかキレがない。


「何か気になる?」


「気を、悪くしないでほしいんだが」


 そう前置きするロナルド。


「レフやプラシノは、人間ではないよな。俺たちのように、国という枠組みの中での貴族社会のしがらみなんかも無いわけで。いまはたまたま、俺たちの味方をしてくれているけどさ、もし気が変わったら、もしあの強大な力が敵に回ることがあれば、って考えてしまってさ」


 顔を見合わせる、レフとプラシノ。


「まぁねぇ。否定はしないよ。でも、私が私である限り、カーラの大切なものは一緒に守るよ」


 カーラの味方であることは言うまでもない。


 レフがあまりにも当たり前にそう言うので、もしもの事態を考えすぎる自分が、馬鹿らしく思えたロナルドだった。


「はっ。頼もしいな。余計な心配だったようだ」


「うん、そうだな。俺も嬢ちゃんの事は好きだし」


 砂糖菓子をつまみながら、プラシノが言う。

 レフはそれを聞き逃さなかった。


「え、あんたまさか……」


 プラシノが焦って両手を振る。


「そういうんじゃねぇよ! 嬢ちゃんのことも、嬢ちゃんの家族のことも、俺……俺たちは好ましく思ってるから、ここらの森に住んでんだよ、って意味で」


 わかってるわよ、冗談よ────と軽く流して、レフはカミングアウトする。

 この人たちなら、言っても良いだろう。


「しかもねぇ、私、前世はここじゃない世界で人間やってたの。最近、思い出したのだけれど。あ、カーラは知ってるよ。一番最初に話したから。でさ、だから、人間的な感覚も残ってるよ。記憶と一緒に、思い出したんだ」


「「えっ?!」」


「まじかよ」


「どうりで、言葉がよく出てくるんだな」


 腑に落ちたよ、とロナルドは言う。


 御伽噺の中の「言葉を得た使い魔」は、カタコトで描かれる方が多い。

 レフの滑らかなおしゃべりには、皆が驚いていたのだ。


「言語は、違うんだけどね。でも、読めるし話せるよ」


 しかし……と思案しながら、レフは続ける。


「とはいえ社会も環境も、全然違う異世界の感覚だからね。貴族の感覚なんて、わからないし。世間とはズレてることも、多いと思うけどね」


 肩をすくめて言ったあと、レフはスープ皿のミルクを舐めた。

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