第26話 変わりゆくもの

「疲れているところを、すまないね」


 カーラの執務室に集まったのは、コラン、カーラ、ロナルド、レフ、プラシノ。


 応接用のテーブルにはお茶菓子と紅茶が並ぶ。

 しかし誰も手をつけず、真剣な顔でコランを見ていた。


 皆を見まわして、コランが言う。


「私は予定通り、王都に戻るよ」



          



「今、この国で王位継承権を持つものは私と姉のふたりだけだ」

 

 国王は健在であり、すぐに争いが起こる事はない。

 本人たちに、争う気もない。


 しかし、まわりがみなそうとは限らない。


 貴族の中には、勝手な思惑で動く者もいるだろう。

 甘い汁を吸うために、力ある人間にいらぬ入れ知恵をする者もいるかもしれない。


 先の事を考え、コランは自分の立ち位置を明確にしようとしていた。


「私がスマラグドス家に近づくことによって、貴族の中にはまだまだ順位の変動が考えられると思う者たちもいるだろう。しかし私は、現在継承権1位の姉が変わらず継ぐべきだと思っている」


 カーラの方を見て、言葉を続ける。


「私は、カーラのそばにいたい。カーラを王都に連れて帰ることも考えた。しかしこの国の防衛力を考えても、カーラやきみたちの力は、辺境でこそ必要だろう」


 そして、レフやプラシノは、カーラの近くにいる方が良い。

 ナイトドラゴンの一件でそう判断した。


「私が一旦、スマラグドス公爵領の所属になるという結論に帰着できないか、模索するつもりだよ」


 ああ、それでか、とレフは納得する。

 なぜこの場に公爵とシーミオ夫人がいないのかと不思議だったのだ。


(正式に娘さんを僕にくださいってする前に、婿入りの相談はしたくないわよね。男として)


「私が退くほうが、先の王妃も満足するだろうしね。継承権を完全に手放すと言えば、揉めはしないと思うよ」


「ねぇ、コランの母様は亡くなっているのよね? お姉様のママが先の王妃なの?」


 レフが口を挟む。

 コランは頷く。


「そうだね、私が……男児が産まれたことによって、側妃であった母上が正妃になった。しかし、母上が亡くなってからは、先の王妃が王に次ぐ有力者である事は間違いないのだけれどね」


 名目上の正妃は、亡きコランの母のままなのだと言う。


「で、その継母にコランは嫌われているのね。どんな人なの? カーラは会ったことがあるのよね」


 そもそもカーラに無理な婚約を押し付けた張本人が、先の王妃のはずだった。


「ううん、個性的な方というか……」


「はっきり言って良いよ、カーラ。彼女は、自己保身と目先の利益しか見えていないんだ」


 言葉を濁したカーラに取って代わり、コランが厳しい批評をする。


「私とスマラグドス家の結びつきを阻止するために、稚拙な策を弄するような人だよ」


(あ、あのおじさんとカーラの婚約の事、そうとう根に持ってるな、これ)


 当の本人だって、十年もほったらかしだったくせに。

 カーラが絡んだ時の感情の起伏がジェットコースターだなと、レフは心の中でひとりごちた。


「でも、彼女も、政治の犠牲になった1人なのよ。仕方ないとはいえ、国同士の道具のように異国に連れてこられ結婚したかと思えば、王は昔馴染みの娘を側妃に迎え、コラン様が産まれたら、正妃の座を譲ることに。頼れるものは、自分だけ、だったのじゃないかしら。頼みの綱の一人娘、ヘルン様は……。広い目で国のことを先々まで考えられる、奇特な方で。あまり母親のことは相手にしていないというか。私はヘルン様のことはとても好ましく思っているのだけれど。母娘で生き方や考え方が違いすぎて、なんというか……」


「水と油」

 そう言ったのはロナルドだ。


「そうなのよね……」

 カーラが相槌を打ち、コランは黙って頷いている。


「なるほどね。まぁ誰だって何かしら抱えているのだし。寂しがりの構ってちゃんだからって、他人に迷惑をかけて良いわけじゃないけどね」


 レフは伸びをしながら言った。


(自分の境遇を人のせいにするタイプかしらね。単純で細かな計略には向かなそう。ある意味、扱いやすくはありそうね)


「うん、だいたいのことはわかったよ。今日は皆疲れたでしょ。これくらいにして、休もうよ」


 レフは続けてそう言うと、ロナルドの右肩に飛び乗った。


「ねー! ロナルド! 私、ホットミルクが飲みたいな!」


「あ、じゃあ私が……」


「カーラはいいよ、王子とゆっくり話しなよ。積もる話もあるだろうしさ」


 レフは頬を薄く染めるカーラに、ウインクする。


(してみたかったの! 空気の読めるキューピッド!)


「あ、ありがとう……」


「感謝する」


 コランもレフの意図を察し、笑っている。


「さ、いくわよプラシノも!」


「わーったよ。なあなあ兄さん、蜂蜜も入れてくれよ」


 ロナルドの左肩にのり、飛ぶことも放棄して省エネモードのプラシノ。

 どうやら、ずいぶんロナルドのことが気に入ったようだった。


「はいはい。我が家がこんなにうるさ……賑やかになるとは思わなかったな」


 しっしっしー。とレフが笑う。


「笑い声は多い方が良いでしょ、ロナルド」

 

 プラシノも、我が意を得たりと頷く。


「だな」


「ははっ! 違いない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る