第25話 信頼

「大丈夫、ふたりとも? 怪我はない?」


 結界の中に戻ったふたりに、カーラがかけ寄る。

 純粋にふたりの心配だけをしているようだ。


「なんともねーです。つか、この惨状をみてもまだ心配かよ……」


「ん?」


「い、いや、独り言っす。皆無事でよかったっす」


 言葉を濁す。


(あ、忖度した)


(黙っとけ狐)


「ふふん。カーラにとって、私はいつまでも可愛い子狐なのだよ」


 得意げに胸を張るレフをみて、脱力するプラシノ。


「この狐にこの飼い主あり、かー……」


(おおい、聞こえてるよー。プラシノくん。ま、否定はしないけれどもね)

(へいへい。……あ)


 はっと気づいたように、プラシノがカーラの顔近くに飛ぶ。


「あ、つか、すんません。お嬢。レフと魔力同調させるのはじめてだったんで、思ったより威力でちゃって。地面、ほっちゃいました」


 不可抗力とはいえ、スマラグドス家の領地の一部を吹っ飛ばしてしまったのだ。

 謝りながら、プラシノは頭を下げた。


 カーラは、まぁ、と目を見開いてから、にこりと微笑む。

 そんな事、と、首を振った。


「そんな事は気にしないで! 私が、すぐになおすわ」


 ころころと笑いながら、これくらいなんでもないわとカーラは言う。

 そして、土魔法で穴をすべて埋めてしまった。


「あ、じゃあ私もぉ」


 どこから現れたのか、シーミオが言った。

 白銀色の薄布が幾重にも重ねられたドレスを身にまとっている。無数の小さな装飾が月の光を受けて天の川のように煌めく。

 このドレスをこんなにも美しく妖艶に着こなせる人間は、きっと少ない。

 プラシノがぼーっと見蕩れていると、またしてもとんでもない事が起こった。


 シーミオが、白い手を優雅にかざして、木魔法を発動する。

 数秒もたてば、草が生え花が咲き、戦いの痕跡など残っていない。


「化け物ばっかじゃねぇか」


 プラシノは頰を引き攣らせて、ドン引きする。

 一瞬で頭が冷えた。


「かっこいいでしょう、カーラもママも!」


 レフが嬉しそうに自慢している。能天気が過ぎるぞとプラシノは呆れた。


(おいおい、かっこいいどころじゃねぇよ)


 こんな大規模魔法を息をするように使う人間が、まだこの世にいたのか。


 精霊のプラシノでさえ、伝説で聞くような規模の魔法だというのに。


 こんな力のある一族が王族に牙を剥いたら、国も獲れてしまうのではないか。


 それともプラシノが知らないだけで、王都にはこんな化け物がゴロゴロしているのだろうか。


「まっ、俺にゃ関係ないってか」


 そうだ、自分が悩む話ではない。


 切り替えが早いのは、プラシノの長所だった。


 自分が守るべきは、棲家の森と同胞のみ。


 人間の事は、人間に任せる。


 何より、この力の持ち主たちは、幸いにも敵ではない。

 信頼に足る者たちばかりなのだから。






「すごいな。騎士団の出番がなかったね」


 ロナルドがやってきた。

 屈託のない笑顔と賞賛に、プラシノが応える。


「おにーさんたちが、しっかり避難をさせてくれたから、俺たちが本気を出せたんだぜ」


「ふっ。ありがとうな」


(まぁ俺たちがいなくても、何とかしただろうけど)


 と、プラシノは推測する。


 カーラとシーミオによる、スマラグドス家の大規模魔法を見た後だ。


 きっとこのロナルドも、ナイトドラゴンくらいサクッとやっつけるのだろうなと、プラシノは思っている。


 しかし、と。

 カーラの肩の上で嬉しそうなレフを眺めながら、プラシノは口の端をあげて笑った。

 怒れるレフに、花を持たせてやれたのはよかったかなとも、思っている。


 友人として。


  




「ありがとう」


 次にやってきたのは、コランだった。


 王族のくせに、精霊にまで簡単に頭を下げる。


 目の前の優男。

 この王子の力量は、はたしてどの程度なのだろうか。


 カーラやその家族に比べたら、魔力はザコにしか見えないけれど。


 プラシノの不躾な値踏みする視線に、気づかない訳はないのに、王子は涼しい顔でにこりと笑う。


「本当に、助かったよ」


(読めねぇな。ま、おいおい)


「どういたしまして」


 そのうち、本気の王子を見ることもあるだろう。

 そう考えるくらいには、プラシノは、カーラやレフと交流を深める気になっていた。


 さて、と、コランはカーラに向き直る。


 その表情は恋人としてのそれではなく、王族としての威厳をまとっていた。


「カーラ。街道の安全を確認次第、お客様のお見送りが始まるとのことだよ。全てが片付いた後、部屋に訪ねても良いかい? よければ、君たちも一緒に。皆に話があるんだ」

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